「処方記録と合わない」
テオはその小さな文字を声に出さなかった。だが唇の内側で、一度だけ同じ形に動いた。紙の端をつまむ指先に、古い埃がざらりと付いた。
戸口のドゥシクが低く言った。
「そこまで見たなら、閉じてください」
テオは答えず、束を机の上へ移した。紐は丁寧に結ばれていた。叔父の性格そのもののように、ほどく順番まで決まっている気がした。死亡診断書控、処方記録、往診メモ、薬品払出台帳の写し。紙の種類はばらばらなのに、日付ごとにきちんと揃えられている。
ミラが受付の内側から一歩だけ近づいた。
「先生……」
「ここにいてください。誰か来たら、診療は少し待つように」
「はい」
声は震えていたが、ミラは逃げなかった。
テオは一枚目を開いた。死亡診断書には、キム・ヨンス、七十八歳。死因、老衰。死亡時刻、午前三時二十分。筆跡は叔父のものだった。小さく整い、余白に余計な線を残さない。
隣の処方記録をめくる。
同じ日付。同じ名前。午後十時四十五分、酸素投与。午後十一時十分、けいれん様運動。十一時十五分、ジアゼパム少量。十一時四十分、嘔吐。翌午前一時、意識混濁。
テオの眉が動いた。老衰で処理するには、記録が騒がしすぎた。
「自然に眠るように亡くなった人間に、これは使いません」
ドゥシクは答えない。床板の一点を見ていた。
二枚目。オ・ギョンスク、六十六歳。死因、心不全。処方記録には発熱、手指振戦、呼吸苦。利尿薬の追加だけではなく、脱水補正の点滴、酸素、血圧低下への処置が残っていた。
三枚目。パク・チャンホ、七十一歳。死因、脳血管疾患疑い。だが診療メモの端に叔父の字で「発疹、上腕内側」「同日二児発熱」と書かれていた。
テオは一度、目を閉じた。子ども、老人、発疹、震え、けいれん。ばらばらの診療記録が、死亡診断書の上でだけ急に静かな病名へ押し込められている。
「ミラさん。この人たちの家、分かりますか」
ミラは紙をのぞき込み、顔をこわばらせた。
「キムのおじいさんは北の坂の上です。オさんも、その下の井戸の近くに住んでいました。パクさんは……玉石浜へ行く道の途中です」
北側。
テオは机の端に置いた模造紙を引き寄せた。赤、青、黒の印が並ぶ症状表の横へ、死亡診断書の名前を置く。年は違う。月も少しずれる。けれど丸で囲まれた日付は、見覚えのある間隔で並んでいた。
五日前。十二日前。前月の同じ頃。そして古いカードの、折れた端に残っていた日付。
ヤン・ボクナムの名が頭をよぎった。若い頃のカードには、手の震え、発疹、高熱が同じ欄に書かれていた。今日の子どもたちの発症月と重なるあの数字が、死者の記録にも潜んでいた。
「叔父は、分かっていた」
テオの声は低かった。
ドゥシクがようやく顔を上げた。
「所長は、分かろうとしただけです」
「なら、なぜ診断書をこう書いたんですか」
「書かなければならなかったんでしょう」
「誰に」
問いは短かった。ドゥシクの喉が動いたが、言葉は出てこない。
テオは次の束を開いた。赤鉛筆で囲まれた名前は六つ。横には同じように小さな注記がある。処方記録と合わない。急変時刻と死亡時刻が離れすぎ。家族説明なし。搬送要請記録なし。
叔父は隠したのではない。少なくとも、自分にだけは嘘を許さないように、違和感を残していた。
だが同時に、公式の紙には別の死因を書いた。
「チェさん」
テオは紙から目を離さずに呼んだ。
「あなたは、これを知っていましたね」
「知っていたら何ですか」
「この人たちは、自然に死んだんじゃない」
ドゥシクの手が拳になった。
「死んだ人間の名前だけなら、まだいい」
低い声だった。怒りではなかった。長く閉じ込めたものが、すき間から漏れている声だった。
「先生は、紙の上の死因を直せば終わると思っている。でも島では、死んだ人間にも家があり、子どもがあり、墓がある。あの時何を飲んだか、どこに住んでいたか、誰が黙ったかを掘れば、生きている人間の家まで割れます」
「だから今も子どもがけいれんを起こしてもいいと?」
ドゥシクの肩がわずかに揺れた。
「そうは言っていない」
「では、何を守っているんですか」
沈黙が落ちた。待合室の掛け時計だけが、古い針を鳴らしている。ミラは唇を噛み、テオとドゥシクの間で視線をさまよわせていた。
ドゥシクは入口の敷居に片足をかけた。帰るつもりだった。精米所へ戻り、この会話をなかったことにするつもりなのだと、テオには分かった。
だが男はそこで止まった。
「島の病に触れれば」
また同じ言葉だった。
「生きている人間まで傷つく」
「もう聞きました」
テオは死亡診断書を一枚持ち上げた。
「キム・ヨンスさん。オ・ギョンスクさん。パク・チャンホさん。ここに名前がある人たちも、生きている時に傷ついていた。叔父はそれを見ていた。あなたも見ていた。違いますか」
ドゥシクは床を見たまま、答えなかった。
「この記録を伏せようとした理由を教えてください」
「先生は、帰る人でしょう」
「今はここにいます」
「今だけです」
その言葉は、テオの胸の奥を静かに刺した。一か月だけ。後任が来るまで。自分で何度も引いた線だった。だが机の上の紙束は、その線の外からこちらを見ている。
テオは短く息を吐いた。
「帰るかどうかと、これを見るかどうかは別です」
ドゥシクの口元がゆがんだ。笑いではない。
「所長も、そう言いました」
その一言に、テオは手を止めた。
「叔父が?」
「昔です。まだ、こんなに年寄りが増える前の話です」
ドゥシクはそこまで言うと、急に口を閉ざした。言いすぎたと気づいた顔だった。彼は踵を返そうとした。
その瞬間、受付の電話が鋭く鳴った。ミラが慌てて受話器を取る。数秒後、彼女は顔色を失って診察室へ駆け込んできた。
「先生!」
「どうしました」
「北の坂のチョさんからです。ボクナムじいさんと、ほかの老人二人が……またいなくなったって」
テオは立ち上がった。
「また?」
ミラは喉を鳴らした。
「村の北へ行ったそうです。玉石浜のほうへ。家族が止めても、今日は行かなきゃならないって」
ドゥシクの顔から血の気が引いた。
「今日?」
彼の声は、初めてはっきり震えていた。
テオは机の上の死亡診断書へ目を落とした。赤く囲まれた日付。その数字は、ミラが告げた今日の日付と同じだった。古い死亡時刻、処方記録の急変時刻、老人たちが春先に悪くなると言った日。そのすべてが、一つの点に吸い寄せられる。
「三人の名前は」
「ヤン・ボクナムさん、イム・ドンチョルさん、チョ・サムスさんです。チョさんの奥さんが、昔から同じ日に北へ行くことがあるって。でも今日は、朝からずっと名前をつぶやいていたって……」
「誰の名前ですか」
ミラは受話器を押さえたまま、首を振った。
「聞き取れないそうです。ただ、死亡診断書にある人と同じ日付だって、今、先生が見ていた紙と……」
言葉がそこで途切れた。彼女も理解したのだ。これは偶然の徘徊ではない。
ドゥシクが一歩後ずさった。
「行くな」
テオは記録綴りを閉じ、紐で縛り直さずに抱えた。
「なぜです」
「浜へ行っても、何も戻らない」
「戻すために行くんじゃありません。今、生きている人たちを連れ戻します」
「先生」
ドゥシクの声が低く沈んだ。
「そこで聞いた名前を、村へ持って帰るな」
テオはドゥシクを見た。男の目は、怒りより深い恐怖で濡れていた。島の秘密を守るためというより、名前そのものが刃物になることを知っている目だった。
テオは答えず、携帯電話を取り出した。画面にソジンの名を出し、通話を押す。呼び出し音が一度、二度、診察室の空気を細く切った。
三度目でつながった。
「先生?」
ソジンの声は外にいた。風が混じっている。
「ソジンさん、今どこですか」
「北の道です。さっき、ボクナムじいさんたちを見かけました。玉石浜へ向かっています」
テオの手に力が入った。
「止められますか」
電話の向こうで、波の音が大きくなった。ソジンはすぐには答えなかった。
「先生」
その沈黙だけで、テオは嫌な予感を覚えた。
「彼ら、ただ歩いているんじゃありません。三人で水際に並んで……海に向かって、何か同じ名前をずっとつぶやいています」
その島では、雨が降る前に患者が増える
13話 北の玉石浜に立つ老人たち
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