夕刻の冷えが倉庫前の板壁に降り始めても、俊瑞は護衛名簿の前から離れなかった。
小平、郭進、李俊瑞。そこまでは予想していた。問題は残り三名だった。薄い紙の中段に、南宮世琳(ナムグン・セリン)、都賢九(ト・ヒョング)、そして趙傑の名が並んでいる。
「兄弟子まで入ってるのかよ……」
小平が喉を鳴らした。丸い顔は青ざめていたが、逃げるとは言わなかった。逃げれば自分一人では済まないと、三日で嫌というほど知ってしまったからだ。
俊瑞は名簿を写し取り、倉庫の奥へ向かった。雲星商団が通る洛陽西道は、ただの道ではない。丘陵の切れ目を通り、古い採石場の横を抜け、幅の狭い峡谷を越える。前の身体の記憶にも、流河門の古い護衛記録にも、そこで荷を奪われた商団の名が残っていた。
「小平。三年前からの護衛記録を出してください。破れていても構いません。郭進は地図の端を押さえて。腕に力を入れすぎないように」
「俺、字を読むのが遅いぞ」
「地名だけでいいです。同じ地名が出たら丸を付けてください」
夜の倉庫で、紙の山が広がった。山賊の出没地点、荷馬車が横転した場所、雨の時に車輪が沈む泥道。俊瑞はそれらを一つの表にまとめていった。峡谷入口の幅は荷馬車二台半。中ほどは一台と人二人が限界。出口前だけ少し広く、馬を回すなら半径は三歩半では足りず、五歩必要だった。
小平は途中で目をこすった。
「そこまでいるか? 山賊が出たら、強い奴が前に出て斬るんだろ」
「前に出た者が戻れない時、後ろの馬車は止まります。止まった馬車に次が詰まれば、逃げ道も塞がります」
俊瑞は筆先で峡谷の中ほどを叩いた。
「剣が速いかどうかの前に、詰まる場所があります」
三日間は短かった。俊瑞は眠る時間を削り、六人分の役割紙を作った。先頭突撃は禁止。俊瑞は隊列中央で全体を見る。小平は補給と負傷者の一時処置。郭進は後方連絡と人夫の誘導。南宮世琳は左右の高所と脇道の監視。都賢九は狭所で馬車と人の間を塞ぐ防御役。趙傑は商団側の主護衛と連携し、勝手に隊列を離れない。
翌朝、練武場の端に六人を集めると、最初に紙を投げ返したのは趙傑だった。
「何だこれは。俺に下級どもの後ろを歩けと言うのか」
「前へ出る必要がある時は、合図を出します」
「敵を見つけてから合図? 臆病者のやり方だな」
趙傑の笑いに、周囲の兄弟子たちが薄く同調した。だが南宮世琳は紙をじっと見つめていた。背は高くないが、足首が細く、立っているだけで次の一歩へ重心が乗っている。末端の中で一番足が速いと記録にあった。
「高所を見ろって、私が上に行くの?」
「はい。敵の数を斬るより、数を知らせる方が重要です。見えたものをそのまま言ってください。多い、少ないではなく、弓、槍、岩、馬の有無です」
世琳は不満げに眉を寄せたが、紙を懐へしまった。
都賢九は大柄な肩を縮め、自分の紙と郭進の紙を見比べていた。石臼を一人で運べる腕を持ちながら、彼は人の前へ出るたびに叱られるのを恐れる癖があった。
「俺は……立って塞ぐだけでいいのか」
「塞ぐだけではありません。馬が暴れた時、車輪が浮いた時、最初に押さえる役です。力がない者にはできません」
都賢九の太い指が紙の端を握り直した。
郭進は吊った左腕を見て、後方連絡の欄で止まっていた。
「俺が走れなかったら」
「走る距離は一番短くしました。後方が乱れた時に声を出す役です。腕を使って斬る役ではありません」
小平が自分の紙を見下ろし、薬包の数を数えるように唇を動かした。
「補給と処置って、俺が傷を見るのかよ」
「布を渡す、薬を出す、誰が倒れたか書く。全部、小平が一番慣れています」
「慣れたくて慣れたんじゃないぞ」
「知っています。だから任せます」
その言葉に小平は文句を続けそこねた。
動線の確認は、練武場に石を置いて行った。石が荷馬車、桶が馬、人が護衛。俊瑞は「止まれ」「右高所」「後方負傷」の三つの合図だけを繰り返させた。趙傑は二度目で飽きたように剣の柄を鳴らし、三度目にはあからさまに欠伸をした。
「何度も同じことを。山賊が石みたいに動かないと思っているのか」
「だから、石が動かないうちに人の動きを決めます」
俊瑞は短く返し、都賢九の位置を半歩下げさせた。荷馬車の角に近すぎれば、車輪が跳ねた時に足を潰される。郭進には声の通る位置を何度も変えさせた。世琳には練武場の壁へ上らせ、上から見える死角を言わせた。
二日目の夕方、閔光の従者が装備を運んできた。矢筒の中の矢は羽が欠け、鏃にはうっすら錆が浮いている。馬屋から引かれてきた二頭の馬は腹が落ち、目だけがぎょろりとしていた。
小平が声を裏返した。
「これで行けってのか?」
従者は鼻で笑った。
「末端の試しには十分だ。足りなければ、その帳簿で矢でも作れ」
趙傑が離れた場所で肩を揺らした。閔光の姿はなかったが、意図は明らかだった。俊瑞は矢を一本ずつ抜き、使えるものと使えないものに分けた。使えない矢には赤い糸を巻き、荷に混ぜないよう小平へ渡す。
「半分も使えないぞ」
「残った本数で表を直します。矢を浪費する配置はしません」
「馬は?」
俊瑞は疲れた馬の脚を見た。長く走れない。だが短い距離なら荷を引ける。
「先頭に置きません。後ろで余力を残します。疲れたものを前へ出せば、最初に止まります」
郭進が小さくうなずいた。自分の腕のことを言われたように聞こえたのかもしれない。
出発の辰刻、雲星商団の荷馬車は流河門の山門前に並んだ。絹を積んだ箱は縄で固く結ばれ、隊主らしき男が苛立った顔で護衛の少なさを数えている。趙傑は彼の前で胸を張り、俊瑞たちを背後へ押しやるように立った。
「心配はいらん。山賊が出れば、俺が斬る」
俊瑞は反論しなかった。今ここで趙傑を折れば、出発前に隊列が割れる。代わりに小平へ視線を送り、薬包と布の位置を確認させた。郭進は後方の人夫二人に、自分の声が聞こえたら馬の綱を緩めずに止まるよう説明している。都賢九は黙って最後尾の馬車の横へ立った。世琳はすでに門柱の上へ軽く跳び、道の先を見ていた。
西へ進む道は、最初の半日だけ穏やかだった。畑の間を抜けるうちは、商団の車輪も軽く回った。だが丘陵へ入ると風が乾き、道の左右に岩肌が増えた。俊瑞は歩きながら表の線を頭の中でなぞった。次の曲がり角を越えれば、最初の狭い谷。さらに半刻で問題の峡谷だ。
「合図を確認します」
俊瑞が低く言うと、小平がうんざりした顔で答えた。
「止まれは右手を上げる。高所は二回笛。負傷者は郭進へ」
「後方が詰まったら?」
「俺が布じゃなくて声を出す」
郭進が先に答えた。声はまだ細いが、逃げてはいなかった。
その時、岩場の上から小石が一つ転がり落ちた。
俊瑞が顔を上げるより早く、世琳が崖下の細い足場を駆け戻ってきた。息は乱れていない。だが目だけが鋭くなっていた。
「表にない足跡がある。新しい。十人以上。峡谷の上を、こっちの進行方向と同じに歩いてる」
小平の顔が白くなった。都賢九が馬車の側面に手を置く。趙傑は剣に手をかけ、むしろ嬉しそうに笑った。
「ほら見ろ。やはり斬るだけだ」
だが俊瑞の頭の中で、地形表の線が一つずれた。過去の記録にない高所。使える矢は少ない。馬は疲れている。峡谷の手前で止まれば商団は不審がり、進めば上から落とされる。
俊瑞は右手を上げかけた。隊列全体を止める合図だった。
その瞬間、峡谷の奥から、まだ姿の見えない誰かが短く笛を吹いた。俊瑞たちが決めた合図と、同じ二回だった。
剣気より業務マニュアル 下級武人になった大企業代理、帳簿一冊で長老を裁く
7話 峡谷に響いた非常停止
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