濡れたカーブの向こうを、ブラスラインの車両が昼の光の中で押し上がってくる。
ドギョムはフェンスの隙間から目を離さない。白く塗られた車体の側面に、青い線と社名が入っている。夜間輸送時刻表にだけ出ていた番号と同じだった。ルーファスは息を止めたまま、作業場の陰へ半歩下がる。
「夜の車じゃないのか」
「時刻表ではな」
車両は解体屋の前を通り過ぎ、鉱山進入路へ曲がる。荷台は空に見える。だが後輪の沈み方が軽すぎない。何かを積みに行く前の重さではなく、積んだあとにまだ余力を残した重さだ。
ドギョムは赤いフォードのキーを握り込む。
「屋上へ上がれるか」
ルーファスは短く顎を引く。作業場の裏にある鉄階段は錆び、踏み板の端が二枚曲がっている。二人は音を殺して上がる。屋上には古いタイヤ、外したボンネット、割れたサイドミラーが積まれ、峡谷へ向かう道がフェンス越しに細く見えた。
昼の輸送車両は鉱山進入路の奥へ消え、二十分後、別の道から戻ってくる。リハビリセンター方面ではない。換気塔の脇にある臨時積載場を回った線だ。
「今夜だけじゃ足りない」
ドギョムが言う。
「何晩見る」
「二晩」
ルーファスは嫌そうに鼻を鳴らすが、拒まない。拒んだところで、もう昼のブラスライン車両を見てしまった。見なかった男には戻れない。
その夜、解体屋は表向き閉まる。ルーファスは看板の電球を一つだけ残し、作業場のラジオを古いカントリー局に合わせる。ドギョムは屋上の低いパラペットの内側へ身を沈め、双眼鏡を構える。雨は細く、金属板の上で小さく跳ねる。
午前零時を過ぎて七分、最初の輸送車両がリハビリセンター裏口に現れる。白い門の中へ入る時間は六分。出てきたとき、後部のサスペンションがさらに沈んでいる。積み荷は箱だ。人ではない。少なくとも、立って歩く重さではない。
「二台目」
ルーファスが低く言う。
五分遅れて同じ型の車両が出る。二台は距離を開け、鉱山の換気塔脇へ向かう。臨時積載場には投光器が二本立っているが、道路側からは光が直接見えない。新しい鉄板の囲いと古いコンテナが、積み替え作業を峡谷の影に隠している。
一台目はそこで三分止まる。二台目は四分半。箱は減らない。むしろ、荷台の奥へ押し込まれる。リハビリセンターで積んだものに、鉱山側のものを足している。
「弟も、ここを通ったのか」
ルーファスの声は雨に混じる。
ドギョムは答えない。答えれば慰めになる。慰めは証拠にならない。
輸送車両は坑口の本線を使わない。いったん峡谷の迂回路へ落ち、カジノの裏道へ抜ける。そこから郡道八十一号線の本線に入る。ミゲルの紙とジョアンの時刻表は正しかった。だが二台の車は、本線へ入る前に必ず二度止まる。
一度目は古い排水溝の横だ。運転手が車を降り、無線機を持って外へ出る。時間は一分。ライトは落とさない。助手席の男は外を見ている。
「ここは無理だ」
ドギョムはつぶやく。
「一分じゃ、ドアにも触れねえ」
ルーファスも同じ結論に追いつく。
二度目はさらに下った先、峡谷の壁が道路へ迫る場所だった。折れた街灯が一本あり、その上を走る電線が、別々の柱からそこで一本に束ねられている。街灯は点くが、傘が曲がっているせいで光は道の中央ではなく崖側へこぼれる。車体の左側、運転席の下だけが濃い影に沈む。
運転手が降りる。助手席の男も一度だけ首を外へ出すが、すぐ車内へ戻る。無線のやり取りは長い。二分を過ぎ、三分を越え、四分に届く。
「四分」
ドギョムは腕時計を止める。
ルーファスの喉が鳴る。
「昔の鉱山電話の線が、あそこに集まってた。今は街灯と監視カメラの電源をまとめてる。一本切れば、あの区画だけ暗くなる」
「切らない」
「なんでだ」
「切れば、誰かが来る」
ルーファスは黙る。ドギョムは双眼鏡を下ろさない。切る必要はない。影はもうある。四分もある。問題は、その四分で何を壊し、何を持ち出すかだ。
二晩目も同じだった。時刻は二分だけずれる。リハビリセンター裏口で箱を積み、換気塔脇の臨時積載場で止まり、峡谷の迂回路へ落ち、カジノの裏道を抜ける。排水溝横で一分。束ねられた電線の下で四分。
違ったのは、二台目の運転手が降りる前、荷台の中で一度だけ白い粉袋のようなものが箱の隙間から見えたことだ。薄いビニールが破れ、粉が内側の床へこぼれている。ドギョムは箱番号を読み取る。B-L-17。小さな黒い印字だ。ジョアンのCR-7映像の端にも似た印があった。
夜明け前、二人は屋根から下りる。ルーファスは何も言わず、作業場奥の戸棚を開ける。中から油垢がこびりついたホースカッターと、古いマスターキーの束を取り出し、食卓代わりの傷だらけの台へ置く。
「ブレーキホースなら切れる。完全にやれば死ぬ。半分だけ裂けば、圧がかかった時に抜ける」
ドギョムはホースカッターを手に取る。刃は鈍っていない。使われていない道具ではない。
「キーは」
「古いブラスラインの整備車が三台、ここへ来たことがある。ドアの型が同じなら開く。合わなきゃ諦めろ」
「諦めない」
「そう言うと思った」
ルーファスはそこで初めて椅子に沈む。顔に眠気はない。十年分の怒りが、ようやく形のある道具を見つけた目をしている。
ドギョムはヘナの屋根裏へ戻る。昼の営業前、食堂はまだ薄暗い。ヘナは焼け焦げた匂いのしないコーヒーを淹れ、ミゲルは学校へ行く前の短い時間だけ、放送室の周波数表を持って待っている。屋根裏ではアルマが眠っている。眠りは浅いが、昨日より呼吸が長い。
ノートパソコンの画面には、ジョアンの地図とミゲルの時刻表が重ねられている。そこへ新しい赤い線が走っていた。ラウクが敷いた外郭検問路だ。ヘナが客から聞いた道路課の臨時工事情報、ミゲルが拾った保安官無線、ルーファスが見たパトカーの動き。すべてを重ねると、赤い線は八十一号線本線だけを丁寧になぞっている。
峡谷の迂回路だけが空いている。
ヘナが画面を見て、声を落とす。
「ラウクが見落とすと思いますか」
「思わない」
ミゲルの手が鍵を握る。黄色い札が掌の中で少し曲がる。
「じゃあ、わざと?」
ドギョムは答えない。ラウクが空けた道なのか。誰かを追い込むために残した道なのか。どちらでも、使わなければ次はない。使えば、向こうの紙にまた一行足される。
彼は画面の空白に指を置く。束ねられた電線の下、四分止まる地点。影が最も濃い場所。街灯は曲がり、峡谷の壁は近く、赤い線はそこを避けている。
無線受信機が短く鳴る。ラウクの声ではない。知らない男の声が、ブラスライン二号車に今夜の出庫前倒しを告げて切れる。
ドギョムはホースカッターとマスターキーをダッフルバッグへ入れる。赤いフォードのキーを最後に握る。
「決行は今夜だ」
その瞬間、屋根裏の床板の上で、眠っていたはずのアルマが息を止める音がした。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
33話 峡谷に消えた輸送キー
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