黒い錠前は赤い補助灯が脈を打つたび、濡れた口のように光る。
ドギョムは背後を振り返らない。鉱車が消えた分岐の闇から、まだ車輪の微かな振動が床へ残っている。ミゲル、アルマ、子供三人。そこへ意識を置きすぎれば、目の前の扉を開ける手が遅れる。
鍵束を広げる。班長を坑木に縛った時、ベルトの内側から抜いたものだ。普段の鍵束とは別に、小さな革輪でまとめられたマスターキーが三本ある。外部業者の刻印。郡リハビリセンター本館の資料室で見た錠と同じ会社。同じなら、開く順番も似ている。
一本目は奥で跳ね返る。二本目は半分入ったところで嫌な金属音を立てる。ドギョムは指の腹だけで抜く。力を入れれば折れる。折れれば、この扉は壁になる。
床の無線機が濁った音を出す。
「作業場、応答しろ。キャビネット列、閉鎖確認」
外側の番の声だ。命令を繰り返しているだけの手。だが、その手が扉を閉める。
三本目を差す。奥まで入る。親指で錠の腹を押し、手首をほんの少し内へ返す。
鈍い音が落ちた。
ドギョムは錠を受け止め、床に落とさず掌に包む。扉の隙間から湿った冷気が流れる。薬品の甘い臭いではない。古い水、汗、錆、長く閉じ込められた布の臭い。彼は安全帽の明かりを床へ落とし、扉を人ひとり分だけ開ける。
中は二坪ほどのコンクリートの部屋だった。天井は低く、換気孔はあるが格子の外側から溶接されている。壁際には水の染みが縦に走り、床の中央には薄いマットレスが一枚ある。
その上に、女が横向きに倒れていた。
黒い髪は肩の上で乱れ、頬は骨に貼りついている。片方の手首は鉄鎖で坑木の根元につながれ、鎖の輪が皮膚へ沈むほど締められている。足首にはもっと古い鎖の跡が二重に固まり、皮膚の色が黒く変わっていた。
ドギョムは部屋へ入り、入口を背で半分塞ぐ。倒れている女の胸が小さく上下している。生きている。喉の奥で砂をこすったような呼吸だ。
女の右手が、マットレスの端を握っていた。いや、握ろうとしていた。爪がない。五本すべて、根元から剥がされ、指先は血と薬で黒く固まっている。左手の爪も二本ない。
怒りは上がる。だが、ここで怒りに手を貸せば、扉の外の時間が死ぬ。
「聞こえるか」
女のまぶたが震える。
彼は安全帽の明かりを低くし、直接目へ当てない。顎、鼻、頬骨、切られた髪の線だけを照らす。雨に濡れ、掲示板の端で色あせていた行方不明者ビラの写真が、その顔の上へ重なる。笑っていない。カメラをまっすぐ見る前の、何かを聞き出す目。
ジョアン・リバース。
彼女の唇が開く。乾ききっていて、最初の息は言葉にならない。ドギョムは腰の小さな水筒を開け、布に一滴だけ含ませて唇へ当てる。飲ませすぎれば吐く。喉が動くのを見て、もう一滴だけ落とす。
「名前を言えるか」
彼女は首を横へ動かそうとして失敗する。口の端が裂ける。血が新しくにじむ。
「……二つ目の……写し」
自分の名ではなかった。
ドギョムは目を細める。ジョアンのノートパソコンに残っていた一行。鉱山の埋もれた場所。ここまで彼を引っ張った、死者かもしれない女の声が、本人の口からもう一度出ている。
「場所は」
ジョアンの瞳が焦点を失い、すぐ戻る。痛みが戻ったのだ。彼女はマットレスの縫い目を握っていた右手を、わずかに開く。血で固まった指の間に、小さな紙片がある。紙は何度も折られ、汗と湿気で柔らかくなっていた。
ドギョムはそれを無理に取らない。先に鎖を見る。手首の輪は南京錠ではなく、細いワイヤーで古い鉄鎖に固定されている。結束バンドカッターで太い輪は切れない。だが留めているワイヤーなら切れる。
彼はバッグから小さなカッターを抜き、刃を鎖の根元へ入れる。
「動くな」
ジョアンは笑ったように見えた。笑いではない。顔の筋肉が痛みに負けただけだ。
一度目で刃が滑る。二度目でワイヤーの一本が切れる。三度目、鉄鎖の力が抜け、手首がマットレスへ落ちる。ジョアンの喉から息とも悲鳴ともつかない音が漏れた。
外で金属音が鳴る。誰かが別の鉄扉を閉めた音だ。
ドギョムは彼女の肩を支え、上体を少し起こす。軽い。ヘナの屋根裏でアルマを背負った時よりも、さらに乾いている。
「歩けるか」
ジョアンは目だけで否定する。
「なら運ぶ」
「……だめ」
声はほとんど空気だ。それでも、命令の形をしている。
「二つ目……B-4。換気管。弁当箱……錆びた、鉱夫の……」
「B-4か」
まぶたが一度閉じ、開く。肯定。
ドギョムは紙片を受け取る。そこには震える筆跡で、名前と住所が書かれていた。
ドナルド・フィントン。
ハンクス郡保健局長。町外れの湖畔の平屋。グラディスの資料にあった、午前二時四分前後に署名テンプレートを呼び出した文書処理室。その上に座っていた名が、ここで手書きの血に近い線になっている。
ジョアンの唇がまた動く。
「二時……四分。フィントンが、開いた。死んだことにする欄を……でも、死因を書かなかった。空白の人間を……売るために」
ドギョムは紙を折り、シャツの内側へ入れる。認識票の横。メイソンの名を思い出す場所だ。
「マローンはなぜ殺さなかった」
「カード……見つけてない。五人……つながる。町長、判事、銀行、ラウク、マローン……フィントンは手」
ジョアンはそこまで言って咳をする。短く二回。壁の外で聞こえていた合図のような咳が、目の前で体を折る。ドギョムは彼女の背を押さえ、血が混じっていないかを見る。少しある。時間はない。
彼はマットレスをめくる。縫い目は内側から裂かれ、紙片を抜いた痕がある。ほかには何もない。爪のない指で、ここまで隠したのだ。
「B-4はこの分岐の上か、下か」
ジョアンは左手を動かそうとする。動かない。ドギョムは安全帽のライトを床へ向け、コンクリートの粉を指先に集める。短い線でD-3の作業場を描き、分岐を二つ置く。ジョアンは震える手首を少し上げ、二つ目の分岐よりさらに奥、上側へ落とす。
「休憩室……天井。換気管の二つ目の曲がり。JR32……開く」
JR32。
ロックされたエクセルのヒント。掲示板のビラの端に書かれていた黒い小さな文字。すべてが、まだ一枚のカードに届いていない。
ドギョムはジョアンを背負う体勢を取る前に、入口へ戻る。外の作業場は赤い補助灯だけが残り、縛った班長の体が坑木の影で動いた。意識が戻りかけている。口の布はまだ噛んでいるが、腰の無線機が床に落ち、赤いランプを激しく点滅させていた。
次の瞬間、その無線機が割れるように鳴り始める。
「班長、応答しろ。JRの扉を確認しろ。応答がなければ、そっちへ入る」
ノイズの奥で、別の声が重なる。低く、乾いた声だった。
「三十秒待つな。開けろ。中にいるなら、その場で撃て」
ラウクではない。ヴィンス・マローンだった。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
77話 五人をつなぐカードの在処
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