ヘッドライトの白が雨を裂いた瞬間、ドギョムは地面へ沈む。光は鉱車の端をかすめ、ジョアンの顔の上を通る前に止まる。運転席の扉の陰で、男が片手を伸ばしたまま無線機を探っていた。見張りがいないわけではなかった。積み込みのために車内で待たせていたのだ。
ドギョムは水たまりを踏まず、車体の影へ入る。男が「山道出口、車両確認」と言いかけた時、ドギョムの左手が口を塞ぎ、右肘が喉の横へ入る。声は雨に混じる前に消える。男の膝が抜け、ドギョムはその体をタイヤの内側へ寝かせる。拳銃から弾倉と薬室の弾を抜き、無線機の送信ボタンをテープで固定して通信を塞ぐような真似はしない。ただ、音量だけを下げて座席下へ蹴り込む。
「……誰か、いたの」
ジョアンが鉱車の中で目を開ける。
「もういない」
ドギョムは男のベルトから鍵束を抜く。ブラスラインの刻印、D-3のカード、そしてルーファスが渡したものと同じ型の古いマスターキー。荷台の錠は外からは開いているように見えたが、内側の横棒が降りている。彼はマスターキーを差し、錆びた芯を半回転させる。硬い音がして、荷台の扉が雨の中へ少し開いた。
中は空ではなかった。奥に古い毛布、固定ベルト、黒いビニールシート。人を荷物のように運ぶための準備が、そのまま残っている。
ドギョムはジョアンを鉱車から抱き上げる。彼女の体が痛みにこわばるが、声は出さない。荷台のいちばん奥へ寝かせ、爪を剥がされた指先が床に当たらないよう毛布を折る。次に、山道の側溝から小さな影が三つ現れる。先に逃がした子供たちだ。ひとりは肩を貸され、ひとりは裸足のまま震えている。
「ミゲルは」
ドギョムが低く問うと、いちばん年上の少女が顎で斜面の上を示す。
すぐにアルマが出てくる。片腕でミゲルを支え、もう片方で小さい少年の手を引いている。ミゲルの顔は白く、添え木を当てた指を胸に抱えたまま、それでも弁当箱を離していない。
「姉さんを先に」
「全員だ」
ドギョムはミゲルの肩をつかみ、荷台へ押し上げる。アルマを最後に乗せ、子供三人を壁際へ横にする。固定ベルトは使わない。縛られていた者に、またベルトを渡す理由はない。代わりに毛布と空箱を間へ噛ませ、揺れで体がぶつからないように詰める。
アルマがジョアンを見て息を止める。
「……ビラの人」
ジョアンは目だけを動かす。名乗る力はない。だがアルマの声を聞いた一瞬、彼女の喉が震える。
ドギョムは荷台の扉を半分閉じる前に、ミゲルの弁当箱を見た。
「まだ持っているか」
ミゲルは血の乾いた唇を結び、弁当箱を自分の腹の上へ置く。
「一本だけ。底に」
「それでいい」
遠くで無線が鳴る。ラウクの声はもう近い。
「山道出口、応答しろ。車両を止めたか。応答しろ」
ドギョムは返さない。運転席へ向かう前、彼はトラックの下へ滑り込む。雨水と油が首筋へ落ちる。車体の右側、荷台下から運転席裏へ伸びる細い同軸ケーブルを指で探る。位置発信機と短距離無線アンテナを兼ねる線だ。完全に切れば、すぐ異常になる。残せば、追跡される。
彼はナイフの刃を寝かせ、ケーブルの被覆を縦に長く裂く。銅線は切らず、網目状のシールド線だけをほぐす。雨水がそこへ入り、信号は死なず、正しくも残らない。地図の上では、車両は山道出口に残ったり、二百ヤード先へ飛んだり、峡谷の斜面へ沈んだりするはずだ。
「走れ、走れ……」
荷台の中でミゲルが息だけでつぶやく。
ドギョムは運転席へ上がり、男の上着でハンドルを一度拭く。ライトは消さない。消せば逃げる車になる。点けたままなら、積み込みを終えた車に見える。エンジンの回転は低く、燃料は半分。十分だ。
トラックはゆっくり動き出す。山道出口のコンクリートを離れ、ぬかるんだ下りへ入る。後方のD-3から、遅れて怒鳴り声が上がる。だがすぐに無線のノイズへ飲まれる。裂いたケーブルのせいで、座席下の受信機は誤った位置報告の数字を何度も吐き出す。
「山道出口にいる。いや、信号が跳んだ。待て、外郭路へ出てる」
ラウクの声が割れる。
「追うな、位置を確定しろ。車を見た者だけ報告しろ」
その命令は遅い。ドギョムは最初の分岐で本線を捨て、外郭の未舗装迂回路へ入る。ルーファスが昔、鉱山の廃材を運ぶ時に使った道だ。草に隠れた轍は深いが、雨で新しいタイヤ跡もすぐ崩れる。荷台の中で誰かが痛みに息を詰め、アルマが小さく「大丈夫、ここにいる」と繰り返す。
夜は長くない。東の空が灰色にほどけるころ、トラックは町外れの崩れかけた教会へ戻る。焼け残った十字架は雨を吸い、礼拝堂の床板はまだ湿っている。ヘナは地下への蓋を開けたまま待っていた。左手首の新しい火傷の線が、古い跡の横で赤く光る。
「生きてる?」
「全員」
その言葉だけで、ヘナは救急キットを開く。ジョアンが最初に運ばれる。コンクリートの床に毛布を敷き、彼女の右手をそっと置く。ヘナは剥がされた爪の指先を見ても顔をそむけない。消毒液を薄くかけ、ガーゼを重ねる。足首の鎖跡には、血の固まった皮膚をはがさないよう包帯を巻く。
ジョアンは痛みで何度も目を閉じる。閉じるたびに、ヘナが低く言う。
「ジョアン。ここ。聞こえる?」
「……ヘナ?」
乾いた声だった。
ヘナの手が一拍だけ止まる。それから、いつもの低い声に戻る。
「しゃべらないで。まだ仕事が残ってるなら、生きてから」
グラディスは地下室の隅で、濡れた書類鞄を開く。死亡診断書の写しの束は端が波打っている。彼女は震える指で名前を追い、ジョアン・リバースの行を探す。死亡日も死因もない空白の行。そこへ赤ではなく、鉛筆で小さな丸を描く。
「死者の欄じゃない」
彼女は自分に言い聞かせるように言う。
「まだ、ここにいる人の欄よ」
ディナは封筒ノートの写しを一部取り出し、アルマの外套ではなく、今度はジョアンの外套の内ポケットへ挟む。ジョアンは動けない手でそれを押さえようとする。ディナが代わりに布をかぶせる。
「あなたが見つけたものよ。持っていて」
ドギョムはコンクリートの壇の上へ、胸元からメモリーカードを取り出して置く。その横に、弁当箱から抜いた紙片と、ジョアンの震える字で書かれたドナルド・フィントンの名と住所のメモを並べる。JR32。会計の写し。郡保健局長。五人をつなぐ鎖の輪が、ようやく目に見える形でここにある。
ミゲルは毛布に座ったまま、しばらく誰とも目を合わせない。アルマが隣へ座る。言葉はない。彼は初めて、自分から姉の肩へ頭を預ける。アルマの手が、折れた二本指に触れない位置で弟の髪を押さえる。泣き声は出ない。ただ、二人の肩だけが同じ拍で震える。
その静けさを、換気口の向こうのラジオが破る。
「ブラスヒル再生特別訪問について、町長室よりお知らせします。エヴァン・プライス町長は、州知事訪問イベントを来週に前倒しし、郡コンベンションホール屋外広場にて正式開催すると発表しました」
地下室の全員が顔を上げる。
ラジオの中のプライスは、いつもの柔らかい声で続ける。昨夜の混乱を乗り越え、町は回復の姿を州へ示す。外部からの妨害に屈せず、予定を遅らせない。それどころか早めるのだと。
ドギョムは壇の上のメモリーカードへ視線を落とす。残された時間は増えなかった。削られた。ラウクもマローンも、証拠が外へ出る前に、町を晴れ舞台ごと封じるつもりだ。
ヘナが救急キットの蓋を閉じる音が、地下室に硬く響く。
ドギョムはフィントンの名を指で押さえ、次にコンベンションホールの方角を見る。雨の向こうで、町長の声だけがまだ明るい。
来週。ブラスヒルを全国へ売る日が、処刑台の時刻に変わった。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
80話 決戦の夜を定める
次の話