待機室の電話二台は、どちらも人事チームからだった。
壁の内線を取った若い運転手が、受話器を耳に押し当てたまま顔色を変えた。机の上の黒電話はオ・マンシクが取った。彼はいつもの調子で「車両班です」と言いかけ、すぐに声を落とした。
「……はい。パク・ソンロクはここにいます」
二つの受話器から、同じ名前が漏れた。パク・ソンロク。人事チーム面談室。すぐに来い。
ソンロクは赤い管理対象札を一度だけ見た。剥がすでもなく、言い訳するでもなく、制服の上着を正した。ジェユンは入口脇の柱の陰で、父の横顔を見ていた。肩幅はいつもどおり広いのに、その背中だけが急に薄く見えた。
「何の用だ」
オ・マンシクが黒電話を置き、前へ出た。
「俺が一緒に行きます。班長ですから」
「班長は待機です」
内線を切った若い運転手が、会社から聞いた言葉をそのまま伝えた。目がソンロクではなく床へ落ちている。
「人事チームから、本人だけだそうです」
待機室の空気が固まった。誰も煙草に火をつけなかった。昨日まで同じ食卓で給料の話をしていた男たちが、今日はロッカーの金属扉や靴先を見ていた。生活が喉を押さえれば、正しい言葉は簡単に出てこなくなる。ジェユンはそれを責められなかった。前世の秘書室でも、沈黙はいつも給料日と家族の名前を人質に増えていった。
「ソンロク」
オ・マンシクが低く呼んだ。
「知らないことは知らないと言え。余計なことは言うな」
「分かっています」
ソンロクの返事は短かった。だが声の底には、家を出る朝の「遅れられない」と同じ硬さがあった。会社に従うための硬さではない。折れないために、今だけ自分を縛る硬さだった。
ジェユンは父が待機室を出るのに合わせて、半歩遅れて動いた。子どもが本館の廊下を一人で歩いても、誰も気にも留めない。むしろ大人たちは、見たくないものほど子どもの姿へ押し流してしまう。
人事チームの面談室は、本館地下駐車場に面した小さな部屋だった。外側は防音ガラスで区切られ、駐車場の蛍光灯が白く反射している。ジェユンは柱の陰に身を寄せ、ガラス越しに中を見た。声はほとんど聞こえない。だが口の動き、紙の位置、座る順番だけで、十分な情報になる。
中には三人いた。
ソンロクは入口に近い椅子へ座らされていた。正面にはチャン・ムンシク。細身の体に黒い外套、膝の横に置いた書類かばん。声を荒げなくても相手を黙らせる男の姿は、ガラスの向こうでも変わらなかった。
その隣に、ジェユンがまだ近くで見たことのない男が座っていた。四十代半ばほどで、首の太い男だった。机の上の名札には、テガン建設管理チーム長、パク・ギチョルとある。福利基金の青い角印の向こう側にいた名前が、ようやく顔を持って現れた。
パク・ギチョルは薄いファイルを開いた。最初に出したのは説明会の出席者名簿だった。次に銀行の一括振替照会の控えらしき紙。最後に、コピー室の使用記録が載った一覧表を机の中央へ滑らせた。
ソンロクの唇が動いた。
「知りません」
声は聞こえなかった。それでも、言葉は読めた。
ムンシクが何かを尋ねる。ソンロクは首をわずかに横へ振った。
「知りません」
もう一度。
ギチョルの指が机を叩いた。紙の上の日付を示し、次に時計の時刻を示す。説明会当日の五時台。地下コピー室。車両班のカード使用。ジェユンの背中に、あの古いコピー機の熱と紙粉の匂いが戻ってきた。父が鉄クリップを戻したとき、数ミリずれた位置まで思い出す。
『まだ浅い。ここまでは読めていた』
ジェユンは自分に言い聞かせた。コピー室の記録が出ることは予想していた。父が知らないと言い切ることも。問題は、向こうがどこまで持っているかだった。
パク・ギチョルは次の紙を出した。守衛室の通過記録。地下二番ゲート。子ども。弁当かばん。
ソンロクの唇が止まった。
それは一瞬だった。だがジェユンには、父の息が喉で詰まったのが分かった。知らないと言い続けていた口が、弁当かばんの文字で固まった。あの日、父は息子を外へ出した。写しを持たせた。守ろうとして選んだ沈黙の中に、息子の足跡が残っていた。
ムンシクが背もたれへ体を預け、ゆっくり口を動かした。
「子どもを使ったのか」
正確に聞こえたわけではない。だが、その形だった。ジェユンは柱の陰で拳を握った。爪が小さな掌に食い込む。
ソンロクは首を振った。強く、短く。
「知りません」
三度目のその言葉は、今度は意味が違った。自分を守るためではない。息子を切り離すための言葉だった。
胸の内側で、何かが重く沈み込む音がした気がした。ジェユンはこれまで、紙を動かせば相手の手も動くと計算していた。名簿を止めるには写しが必要だった。写しを出せば、流出経路を追われる。そこまでは分かっていた。
けれど、目の前で刃を受けているのは父だった。
何組かの家を守った紙が、そのまま父へ向けた刃になっていた。前世で自分が誰かの罪を背負わされたとき、書類の上ではそれもただの手続きだった。今、父の名前も同じように、机の上で処理されようとしている。
『僕がやった』
喉の奥まで言葉が上がった。今出て行ってそう言えば、父は助かるのか。助からない。子どもが関わった証明になり、ジョンヒまで呼ばれる。写しを受け取った家族も、銀行の苦情記録も、全部「扇動」として並べられる。テガンは子どもを叱る会社ではない。子どもを使った父を処分し、家族ごと黙らせる会社だ。
だからジェユンは動けなかった。
ガラスの向こうで、パク・ギチョルは弁当かばんの写真を指で押さえた。監視カメラの粗い白黒映像だった。小さな背中。胸に抱えた布のかばん。父の横をすり抜ける自分。
ソンロクは写真を見なかった。机の端だけを見ていた。肩が一度だけ上下した後、動かなくなった。
面談室の外、待機室からオ・マンシクの声が少しだけ漏れてきた。彼は廊下に出ようとして、人事チームの社員に止められていた。
「俺も説明します。班長として同席させろ。昨日の押印の流れは俺も見ている」
「指示は本人面談です」
「ソンロク一人にする話じゃないだろう!」
その声に、待機室の運転手たちが顔を上げた。だが誰も続かなかった。若い運転手の一人は帽子を握りしめ、別の男は壁の配車表を見つめ続けた。彼らも知っていた。今日、ソンロクの隣に立てば、明日、自分のロッカーにも赤い札が貼られる。
オ・マンシクはそれでも扉の前に立った。大きな体で通路を塞ぐようにしていたが、社員二人に押し戻されると、唇を噛んでそれ以上は進めなかった。守りたい者がいても、守る力が足りない場所では、怒鳴り声だけが宙に残る。
面談は長くなかった。ムンシクは最後に、一枚の紙をファイルから抜いた。ソンロクの前へ置く前に、わざと裏返したまま机の端へ滑らせる。
その口が短く動いた。
「会長車の配車から外れろ」
今度は聞こえた。防音ガラスを抜けても、その一言だけははっきりと届いた。
ソンロクの顔から表情が消えた。会長車の運転手であることは、彼にとって誇りであり、鎖でもあった。だが鎖を外す手が、自由ではなく追放の形をしているとき、人は簡単には息を吸えない。
パク・ギチョルが腕時計を見た。まるで次の会議へ移るだけだというように立ち上がる。ムンシクも書類かばんを持ち、椅子を戻す音も立てずに出口へ向かった。ソンロクだけが、裏返された紙の前に残された。
ジェユンは柱の陰から一歩出かけ、止まった。今、父の前に立てば、父はきっと自分の顔を見てしまう。見れば、知らないと言い続けた意味が崩れる。
ソンロクの手が机の上へ伸びた。紙をめくるためではない。ただ、その上に置かれた。指先が震えていた。ハンドルを握るときには一度も揺れなかった手だった。深夜の城北洞へ向かう道でも、外国銀行の裏口でも、会長車のキーを回す指は正確だった。
その手が、紙一枚の上で震えていた。
やがて震えは止まった。力が戻ったのではない。何かが内側で切れ、もう揺れる場所がなくなったような止まり方だった。
ソンロクは紙をめくらなかった。だが蛍光灯に透けた裏面の文字が、ガラス越しにも薄く浮かんでいた。ジェユンの目は、その中の地名を拾ってしまった。
忠南(チュンナム)。
次の刃は、父を本館の外へ飛ばすために用意されていた。
財閥家の末息子ではなく、財閥家の運転手の息子に転生した
17話 牙山辞令と夜明けの車
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