ソンロクの手は、裏返された紙の上で止まったままだった。
面談室の扉が開き、チャン・ムンシクとパク・ギチョルが先に出てきた。ムンシクは柱の陰にいる子どもへ視線を向けなかった。見えていないのではない。見なくてもよいものとして通り過ぎただけだった。ギチョルは一度だけガラスに映るジェユンの影を見たが、すぐに書類かばんを脇へ抱え直した。
室内に残されたソンロクは、ようやく紙をめくった。
蛍光灯の白い光の下で、黒い活字がはっきり現れた。人事異動通知。パク・ソンロク。現職、会長専用車両担当。新任、忠南牙山(チュンナム・アサン)テガン物流第三倉庫支援勤務。発令日、翌々日。
たった数行だった。だがその数行で、父が何年も守ってきたハンドルと、本館地下の席と、会長車のキーは奪われた。
ソンロクは紙を折らなかった。握り潰しもしなかった。ただ両手で持ち上げ、最後まで読み、机の上へ戻した。顔には怒りも抗議も浮かばなかった。その静けさが、ジェユンにはかえって怖かった。
待機室へ戻ると、誰もすぐには声をかけなかった。オ・マンシクだけが前へ出て、辞令の紙を見ずにソンロクの顔を見た。
「どこだ」
「牙山です」
ソンロクの声は掠れていなかった。
「第三倉庫。車両支援だそうです」
若い運転手の一人が、息を呑んだ。会長専用車の運転手が、地方倉庫の車両担当へ落とされる。それは処分だと、誰もが分かった。だが口に出せば、次は自分の番になる。
オ・マンシクは拳を握りしめた。
「こんなの、あんまりだろう。俺が上に——」
「やめてください」
ソンロクは短く遮った。
「班長まで赤い札を貼られます」
その言葉で、待機室はさらに静かになった。ジェユンは入口脇で、父の背中を見ていた。父は彼を見なかった。見ないことで、面談室で守った線をまだ保とうとしていた。
家へ戻る道は長かった。地下鉄の窓に映る父の横顔は、昼間より老けて見えた。ジョンヒは半地下の扉を開けた瞬間、夫の手にある紙を見て何も聞かなかった。靴をそろえ、食卓の上の通帳と写しを端へ寄せ、辞令を置く場所を作った。
ソンロクはその静けさに耐えられなかったのかもしれない。
「お前は、これで満足か」
声はジェユンへ向けられていた。
ジョンヒが顔を上げた。ジェユンは返事を探したが、喉の奥に硬いものがつかえて出てこなかった。
「何組かの家の金は守れた。そうだろう。通帳も止めた。会社の紙も外へ出した」
ソンロクの手が辞令を叩いた。薄い紙が食卓の上で乾いた音を立てた。
「その代わりに、俺はここを出る。会長車から外されて、牙山の倉庫だ。お前はそこまで考えていたのか」
「あなた」
ジョンヒが止めようとしたが、ソンロクは初めて息子へ声を荒げた。
「答えろ、ジェユン!」
半地下の低い天井に、その声がぶつかって落ちた。ジェユンは小さな肩を揺らさないようにした。前世では、怒鳴られることも、切り捨てられることも、書類に名前を載せられることも慣れていたはずだった。だが父の声は、胸の内側の別の場所を裂いた。
「……考えました」
「嘘をつくな」
ソンロクの目が赤かった。
「子どもが、父親の職場を飛ばされるところまで考えられるか」
考えられた。前世のヒョヌなら、処分の順番も、左遷先の意味も、家族を揺さぶる手順も読めた。だからこそ言えなかった。子どものジェユンがそれを言えば、父の怒りは恐怖に変わる。
「すみません」
口から出たのは、それだけだった。
ソンロクはさらに何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。怒鳴ったこと自体に自分で驚いたように、椅子へ崩れるように座った。辞令の紙を見つめる父の手は、もう震えていなかった。震える余地を失った手だった。
ジョンヒは泣かなかった。泣く代わりに、帳面を開いた。家賃、保証金、学校、通勤費、引っ越し代。市場で使う短い鉛筆で、余白に数字を書き出していく。
「牙山なら、ここは引き払うしかないわね」
声は平らだった。
「学校は転校。制服はまだ買い直さなくていい。布団二組、鍋、食器、タンス。大きいものは置いていく。保証金が戻るまで、店主さんに前借りをもう一度頼むしかない」
ソンロクが顔を上げた。
「ジョンヒ」
「怒鳴っても、辞令は変わらないでしょう」
ジョンヒの鉛筆が紙の上を走った。
「あなたが折れたら、この家は本当に終わる。だから今は、持っていくものを数えるの」
その言葉で、部屋の空気が少しだけ変わった。ソンロクは何も返せなかった。ジェユンも同じだった。何組かの家族を救った。だがその代わりに、父の居場所を奪った。計算では分かっていた損失が、家の畳と母の鉛筆の音の中で、ようやく重さを持った。
夜遅く、荷物の一覧が三枚目に入った頃、半地下の扉が叩かれた。短く二度、ためらって一度。
ソンロクが立ち上がった。
「誰だ」
「俺です。オです」
扉を開けると、オ・マンシクが路地の冷たい空気を背負って立っていた。大きな体をいつもより小さく丸め、手には菓子箱でも酒でもなく、折りたたまれた銀行の控えを持っていた。
「こんな時間にすみません」
マンシクは部屋へ入ると、ジョンヒに頭を下げ、次にソンロクの前へ立った。
「うち、今日、家を失わずに済みました」
ソンロクの眉が動いた。
「何の話だ」
「同意書が通っていたら、退職金だけじゃありませんでした。借り換えに入れていた保証金まで、銀行で止められるところでした。あの写しがなかったら、うちの女房は何も言えなかった」
マンシクは銀行控えを畳の上へ置いた。
「ソンロク。俺は班長なのに、昨日、お前の横に立てなかった。今日も、扉の前で押し戻されただけだ」
「やめてください」
「やめない」
マンシクはゆっくり腰を折った。運転手たちの前で豪快に笑っていた男が、半地下の狭い部屋で、ソンロクへ深く頭を下げた。
「すまなかった。そして、ありがとう。お前の家が飛ばされたのに、俺の家だけ助かった顔はできない」
ソンロクはしばらく何も言わなかった。怒りの残った目が、畳の上の控えと、頭を下げたマンシクの背中と、食卓に置かれた辞令の紙を順に見た。
やがて、ソンロクの表情がゆっくり揺らいだ。崩れたのではない。固く閉じていたものの端が、ほんの少しだけ開いた。
「頭を上げてください、班長」
声は低かった。
「うちだけの話なら、俺も怒鳴って終わりにできた。でも……そうじゃなかったんですね」
マンシクは顔を上げられなかった。ジョンヒは黙って湯を沸かし、ジェユンは食卓の端で拳を膝の上に置いた。謝る相手が多すぎた。だが今、父の目の中にあったのは、息子だけを責める色ではなかった。
翌日の夜明け前、路地に小さな引っ越しトラックが入った。家財と呼べるものは多くなかった。布団、鍋、古いタンス、学校かばん、ジョンヒの帳面。ソンロクは運転席に座り、いつもの会長車ではなく、借り物のトラックのハンドルを両手で握った。
ジェユンは助手席の足元にノートを置いた。ソウルで拾った記録は、まだ終わっていない。終わっていないまま、低い場所が移動するだけだった。
トラックが路地を出ようとした瞬間、坂の上から黒い乗用車が静かに下りてきた。道幅いっぱいに斜めへ停まり、進路を塞ぐ。ナンバープレートの枠には、テガン本館車両管理の小さな刻印があった。
ソンロクの肩が、目に見えてこわばった。ジェユンが窓の外へ視線を向けると、黒い車の後部座席で人影が動いた。まだドアは開いていない。だがその車が、ただ見送りに来たものではないことだけは、夜明けの薄い光の中でもはっきり分かった。
財閥家の末息子ではなく、財閥家の運転手の息子に転生した
18話 保証念書と牙山の鉄門
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