ジェユンはその表を、湯飲みの輪染みのない場所へ静かに置いた。食堂裏の小部屋は、外から見れば灯りの落ちた調理場の物置にしか見えない。スネは食堂の表の扉に鍵をかけ、鍋の蓋まで閉め直してから戻ってきた。
「今日は、ここを開けないほうがいいわね」
「はい」
ジェユンは短く答え、長机の上に紙を並べ直した。シン・ジョンホは喫茶店からそのまま来ていた。袖口の擦り切れた背広に、まだ外の冷気が残っている。マンシクはタクシー会社の休憩室から持ってきた封筒を脇に抱え、ミョンスは門番日誌の写しを胸に当てるようにして立っていた。
「まず日付です。会社名ではなく、日付で見ます」
ジェユンは鉛筆で一番上の行を叩いた。
「三月二日。本社状況室へ配車依頼。午前十時十二分。車両番号未記入のまま午後六時まで放置。夜になって、下請け側の納品遅延通知」
シンが唇を歪めた。
「その日、うちは朝から待っていた。運転手も荷も倉庫前にいた。車を出さなかったのは本社だ」
「同じ日の門番日誌です」
ミョンスが紙を差し出した。
「本社から電話一回。『待機続行』って俺が書いた。出発欄は空欄。だけど翌日の責任通知には、協力業者都合ってなってる」
スネが伝票裏のファクス控えを置いた。薄い紙には受信時刻だけが残っている。
「食堂のファクスに来たのは、夕方の五時四十九分。『本日中納品困難時、下請け側確認』って文だけ。荷番号は書いてない」
ばらばらに見れば、誰かの不運だった。シンの会社には未払い、ミョンスには空欄の出発、スネには責任だけを押しつけるファクス、ソンロクには本社配車未確定という補助簿の一行。
だが日付を合わせると、紙は同じ方角を向いた。
ジェユンは次の行へ進んだ。
「三月十七日。支払い予定日。受領確認あり。支払い保留。翌週、損失見込み増額」
マンシクが封筒から運転手班の遅配扱い表を出した。
「この週、妙に多い。大田、天安、群山。道が悪かったわけじゃない。配車が出なかった日ばかりだ」
「それなのに、売却資料では現場の配送能力不足になります」
ジェユンの声は低かった。怒鳴らなくても、紙の上の数字だけで十分だった。
シンは両手で膝を押さえた。
「つまり、支払いを止めてうちを詰まらせ、配車を遅らせて遅延にし、その数字を損失に入れる。そういうことか」
「はい。下請けが弱っているように見せれば、物流全体の価値を下げられます。買う側には安く見える。本社には、整理する理由ができます」
「ふざけるな」
ミョンスが小さく吐いた。若い声は震えていたが、後ずさりするような震えではなかった。
スネは湯飲みを握ったまま、シンの顔を見た。
「でも、代表さんたちは名前を出せるの」
その問いに、部屋の空気が重くなった。シンは視線を落とした。マンシクもすぐには茶化さなかった。
「ハン・ドギョムに目をつけられたら、取引は切られる」
シンの声は、喉を削るようにかすれていた。
「うちだけじゃない。運転手も、保証人になっている親戚も、銀行も全部来る。正しいから出せと言われても、出した翌月に会社が潰れたら、誰がうちの若いのを食わせる」
誰も反論しなかった。ジェユンも、その恐怖を折ろうとはしなかった。前世で何度も見た。正論で人は動かない。失うものの重さを知らない者だけが、勇気という言葉を軽く使う。
「名前を出さなくていいです」
シンが顔を上げた。
「証言しろと言わないのか」
「今は、しません。必要なのは、一枚の大きな告発状ではありません。同じ日付を、別々の場所で残すことです」
ジェユンは紙束を四つに分けた。
「シン代表は、未払いの請求書控えと受領確認を会社ではなく家に置いてください。できれば、奥さんか兄弟が分かる場所に。マンシクさんは運転手班の遅配扱いの日付だけを、三人に分けて記録させてください。紙を一冊にしないでください。スネさんは食堂ファクスの受信時刻を伝票裏に残し、原本は食材の仕入れ帳に挟んでください。ミョンスさんは門番日誌の空欄出発と本社電話の時刻を、日誌本体ではなく別の紙に写して、門番室には置かないでください」
ミョンスが眉を寄せた。
「誰かが奪われたら?」
「その人の紙だけなくなります。全部はなくなりません」
「お前は全部持たないのか」
「持ちません。僕が全部持てば、僕を探せば終わりです」
その言葉に、ソンロクの肩がわずかに動いた。父は部屋の端で、ほとんど影のように座っていた。会議の間、一度も口を挟まなかった。整理対象者名簿の先頭に自分の名があったのに、息子がまた危ない中心へ歩いていくのを見ているだけだった。
ソンロクの手が、膝の上で握られた。
「ジェユン」
低い声が出かけた。止める言葉だった。やめろ、と言えば、父としては正しい。これ以上近づくなと言えば、家族としては当然だった。
ジェユンは父を見た。
ソンロクは口を閉じた。しばらく目を伏せ、作業服の内ポケットから小さな帳面を取り出した。今日の運行日誌だった。第三倉庫の公式帳面には載らない、彼自身が補助で残した一冊。
父はそれを、長机の中央へ押し出した。
「今日の分だ」
それだけだった。
ジェユンは帳面を見下ろした。父の字で、車両番号、待機指示、出発保留、本社連絡時刻が短く並んでいる。余計な説明はなかった。だが、どの紙よりも重かった。
前世で彼が欲しかったのは、誰かの全面的な信頼ではなかった。黙って横に置かれる一行。あとで消されない、自分以外の手の字。それが今、父から差し出されていた。
「ありがとうございます」
敬語が出た。子どもとしては少し変な返事だったが、ソンロクは咎めなかった。ただ、疲れた目で紙を見つめた。
シンはその様子を見て、ゆっくりと紙袋を引き寄せた。
「分かった。原本は持ち帰る。写しは作らない。だが日付だけは、ここに残す」
「はい」
「ただし、うちの名前を勝手に出すな」
「出しません。出す時は、先に言います」
「子ども相手に契約みたいなことを言う日が来るとはな」
シンは苦く笑った。けれど、その手はもう紙袋を隠す動きではなく、持ち帰るために整える動きだった。
マンシクが腕を組んだ。
「じゃあ、ベイブリッジに見せる紙はどうする」
「現場の検収台に置きます。告発状にしません。送り状、受領確認、未収金確認、門番日誌の時刻。整理された現場記録に見えるようにします」
「見るやつが見れば分かる」
「はい。見ない人には、ただの紙です」
スネが小さく息を吐いた。
「本社の人間が先に見たら」
「だから、実査の日に置きます。会議室ではなく、荷を確認する場所です。数字を見る相手の手元へ、現場の紙として届けばいい」
その時、食堂の表にある電話が鳴った。
全員が動きを止めた。スネが立ち上がりかける。ジェユンは首を横に振り、自分で黒電話へ歩いた。こんな時間に食堂へかかる電話は、たいてい本社か、もっと悪い知らせだった。
受話器を取ると、向こうでイ・ヨンジェの息が乱れていた。
「牙山か。そこに、パク・ジェユンはいるか」
「います」
「予定が変わった。ベイブリッジの実査だ」
ジェユンの指が受話器を握り直した。
「十一日では」
「十日早まった。明日の午前だ。ロバート・カンが直接来る。ドギョム専務側は、現場資料を全部片づけろと言ってる」
食堂裏の小部屋で、誰も声を出さなかった。だがジェユンには、背後で紙袋を抱える音、日誌を閉じる音、誰かが椅子を引く小さな音がはっきり聞こえた。
明日。
十日分の準備時間が、受話器の向こうで消えた。
ジェユンは黒電話のコードを見下ろし、ゆっくりと言った。
「片づける前に、置きます」