点灯した送信先一覧は、一度浮かんだだけでは終わらない。
電子黒板の白い文字が、上から順に濃くなる。ハンビット工業高校職員室。ソンジン下請け共有フォルダ。ジンミョン人材。三つの名前の横に小さな丸が並び、ひとつずつ黒く塗り潰されていく。
「止めろ!」
マ・サンチョルが怒鳴り、壁際の電源タップへ飛びつく。だが彼の手がコードを引き抜くより早く、事務所の奥でプリンターが甲高い音を立てた。紙が一枚、二枚、続けて吐き出される。研修資料用の白い紙に、階段の踊り場でジヒョクが封筒を奪う場面が粗い画像で焼きつく。
「何だ、何で印刷される!」
サンチョルは紙を掴んで丸める。だが次の紙には、祖母の声をまねて笑う動画の静止画が出る。その次には、ミンギュ宛ての削除済みメッセージ。旧棟の制御盤。予備手袋。廃棄リレー。失敗したらお前一人だ、という一文。
イ・ミンギュが、ムンホに押さえられたまま嗚咽のような息を漏らす。
「ほら……ほら、あっただろ……俺だけじゃないって……」
チャン・ムンホは答えない。彼の作業服の胸元で、学校名の刺繍だけが蛍光灯に鈍く光る。さっきまでミンギュ一人の名を書いていた教師の顔から、責任を切り離す余裕が消えている。
その時、ムンホが机に置いていたノートパソコンの画面が勝手に明るくなった。ロック画面の上に黒い窓が開き、ファイル名が縦に走る。
暴行記録。
恐喝記録。
実習室工作指示。
ソンジン廃棄リレー混入指示。
未成年実習生派遣契約。
賃金控除帳簿。
最後の二つを見た瞬間、サンチョルの顔色が変わる。ジヒョクの携帯から出ていた校内暴力だけなら、まだ生徒同士の問題に押し込めると思っていたのだろう。だが画面はもう、学校の廊下を越えている。
「それは違う! そのファイルは関係ない!」
サンチョルがムンホのパソコンを閉じようとする。だが画面は閉じる直前に外部送信ログを表示した。宛先はジンミョン人材の社内共有、ソンジン下請けの取引先一斉メール、そしてハンビット工業高校の職員室複合機。
オ・ミョンシクの携帯が震える。
彼は青ざめた顔で画面を見た。学校からの着信だ。通話に出ると、向こうの騒ぎが廊下まで漏れる。
「先生! 職員室のプリンターが止まりません! カン・ジヒョクの動画と、何か契約書みたいなものが何十枚も――」
「電源を抜け! 全部止めろ! 誰にも触らせるな!」
ミョンシクは叫ぶが、向こうでは別の教師の声が重なる。
「校長先生のパソコンにも来ています! 教育庁の共有メールにも転送されたかもしれません!」
ミョンシクの唇が白くなる。彼は通話を切らずに、電子黒板へ走った。壁の主電源を落とす。黒板は一瞬暗くなる。廊下も、事務所も、急に静かになる。
だが静けさは、止まった証拠ではなかった。
ムンホのノートパソコンだけが、まだ細いファンの音を立てている。バッテリーで生きている画面には、進捗バーが残っていた。九十七パーセント。九十九パーセント。完了。
「遅い……」
ムンホが低くつぶやく。
その声に、誰も反論できない。
テオは肩を押さえたまま、廊下の壁にもたれている。かすった傷は浅い。だが制服の裂け目から染み出した血が指を濡らし、痛みは遅れて戻ってくる。彼は画面を見ていないふりをしながら、すべてを見ている。
未成年実習生派遣契約。
その文字が、頭の奥に引っかかる。カン・ムンシク。ジンミョン人材。ソンジン下請け。学校。自分の物流の仕事も、実習室の推薦書も、祖母の住所を読み上げたあの脅しも、細い一本の線ではなく、もっと太い束の端だったのだと分かる。
プリンターがまた動いた。
今度は事務所ではない。階段の下、別室の複合機だ。紙が吐き出される音が床を伝って上がってくる。続いて、誰かの携帯が鳴る。別の職員のもの。次も、その次も。着信音が乱れ、狭い廊下が急に会社全体の心臓みたいに騒ぎ始める。
「社長からです!」
下の階から社員の声が上がる。
サンチョルの顔が引きつる。
「誰の社長だ!」
「ジンミョン人材のカン社長です!」
その名が出た瞬間、ジヒョクの肩がびくりと跳ねる。
サンチョルの携帯が震えた。画面に表示された名前を見て、彼は一瞬だけ歯を食いしばり、すぐ通話に出る。
「社長、これは何かの――」
受話器の向こうから、男の怒鳴り声が廊下へ漏れた。
「何をした、マ社長! うちの社内ネットワークに何を流した! 取引先から電話が鳴りっぱなしだ。未成年を現場へ回した契約書だと? 賃金控除帳簿だと? 誰が出した!」
「こちらも今、確認中で――」
「確認じゃない! 誰が資料を抜いた! 学校か? お前の会社か? ジヒョクはそこにいるのか!」
ジヒョクの名が受話器から飛び出した瞬間、彼は壊れた携帯の破片から手を離す。指先には細かい黒い粉と血がついている。いつものように舌打ちしてごまかすことも、笑って誰かを見下ろすこともできない。
「父さん……」
かすれた声が漏れる。
サンチョルは彼へ携帯を押しつけようとするが、ジヒョクは受け取らない。受け取れない。数歩後ずさった彼の膝が折れ、廊下の壁に背中をぶつける。ずるずると沈み、床に座り込む。
「違う。俺じゃない。俺は、そんな契約書なんか知らない……」
誰に言っているのか分からない言葉だった。
ミンギュが笑う。泣きながら笑う、壊れたような声だ。
「お前も払えよ……俺だけじゃないって、言っただろ……」
ムンホがミンギュを黙らせようと肩を押さえるが、その手にもう力はない。オ・ミョンシクは壁の電源を落とした姿勢のまま、息を荒くしている。彼の視線はテオを避け、黒板を避け、吐き出された紙束だけを見つめる。
テオは何も言わない。
自分が何もしていないことを、彼自身が一番よく知っている。ジヒョクの携帯に触れていない。電子黒板を操作していない。学校の職員室へファイルを送ってもいない。
だが、月影堂で黒い蝋燭に刻んだ名を覚えている。
カン・ジヒョク。
パク・ドンス。
イ・ミンギュ。
マ・サンチョル。
濡れた紙がめくられる音。鏡の中の自分が告げた、契約は受け取ったという声。あの夜に願った言葉は、拳や刃ではなく、彼らが隠した紙と記録を引きずり出している。
恐ろしい。
それでも、胸の奥のどこかで、冷たい満足が小さく灯る。祖母の声を笑った動画。給料封筒。予備手袋。全部が、ようやく暗い場所から外へ出た。その事実を見て、ざまあみろと思う自分がいる。
テオはその感情を噛み殺す。
『違う。俺がやったんじゃない』
心の中でそう言っても、指先の痺れは消えない。
カン・ムンシクの怒鳴り声はまだ続いている。
「ジヒョクを電話に出せ! 誰が流したのか言わせろ! 全部止めるんだ。今すぐだ!」
サンチョルが携帯を持ってジヒョクへ近づく。ジヒョクは首を振る。壁に背を押しつけ、両脚を投げ出したまま、逃げ道のない子どものように震えている。
ついさっきまで彼が使っていた言葉が、そのまま彼自身へ戻っている。
仕事先へ電話する。
ばあさんの薬を探しに行く。
失敗したらお前一人だ。
今は、彼の父親の怒鳴り声が、同じ形で彼の首を締めている。
テオはゆっくり壁から背を離した。肩が痛む。ミョンシクがようやく彼を見る。
「ユン、お前はここに残れ。事情を――」
「救急箱、借ります」
短く言って、テオは廊下の端へ歩き出す。残れと言われても、もうここにいる必要はない。彼が説明しなくても、紙が勝手にしゃべっている。動画が、契約書が、帳簿が、彼らの口を押しのけて話している。
「ユン・テオ!」
ジヒョクの声が背中に刺さる。
テオは振り返らない。
「お前だろ……お前が、何かしたんだろ……!」
その声には、怒りよりもすがるような恐怖が混じっていた。誰かを犯人にしなければ、自分が崩れてしまう。そんな声だ。
テオは廊下の曲がり角で足を止める。
「何も」
それだけ返す。
低く、乾いた声だった。ジヒョクが何かを叫びかける。だがその声は、また鳴り始めたプリンターの音と、カン・ムンシクの怒号に呑まれる。
テオは階段へ出る。
古い窓の外はもう暗い。雨は降っていないのに、路地のアスファルトは湿って光っている。肩の痛みが呼吸のたびに鈍く響く。階段を一段下りるごとに、月影堂の匂いが鼻の奥へ戻ってくる。焦げた紙、濡れた土、古い帳簿。
携帯電話が震えた。
テオは足を止める。表示された番号はない。発信者名もない。ただ、通知欄に画像ファイルが一枚届いている。
開くな。
そう思うより先に、指が画面を触れていた。
表示された写真に、音が消える。
そこには月影堂の鏡が写っていた。黒い布は落ち、埃をかぶった木枠が暗闇に浮かんでいる。誰もいないはずの地下商店街の最奥。テオが逃げるように去ったあの店。
鏡の中央に、赤い光がひとつ灯っていた。
小さな光なのに、携帯の画面越しでも目を刺す。まるで、鏡の奥で誰かが片目を開けたように。
その赤い点の下で、濡れた紙をめくる音が、今度は携帯のスピーカーからはっきり鳴った。
黒い蝋燭にいじめっ子の名前を刻んだ夜、俺は裏社会の鏡王になった
17話 鏡の奥の笑い声
次の話