「水を止めます」
テオは保健室の床に膝をついたまま言った。声を張ったわけではないのに、近くにいた教師とキム係長が同時に顔を上げた。
「学校だけでは足りません。北の貯水槽から来た水を口に入れた可能性のある人を分けます。子どもはここに残さない。重い子は保健支所、歩ける子と保護者付きの子は集会所へ移します」
「集会所ですか。そこは診療所じゃ――」
「横になれる場所と水を止められる場所が必要です。今はそれでいい」
キム係長は献立表を握ったまま、廊下のほうを見た。保護者たちの声は、すでに給食から水へ移りかけていた。誰かが「北の水だって」と言い、別の誰かが「うちも昨日飲んだ」と叫ぶ。噂は、テオが名前を書くより早く広がっていく。
「ミラさんに電話してください」
テオはソジンへ言った。
「保健支所の点滴、解熱剤、経口補水液を全部確認。重症の子どもを受ける準備を。解熱剤は体重と体温で分けます。先に来た順ではありません」
ソジンは短くうなずき、職員室へ走った。テオは若い担任に、名前を書いた紙を二枚に分けさせた。意識がぼんやりしている子、吐き続ける子、尿が出ていない子は保健支所。自分で座れ、少しずつ水分を取れそうな子は集会所。ただし水道水は使わない。
「水はどこから」
担任が青ざめて聞いた。
「持ち込んだ未開封のものだけです。なければ飲ませないでください」
言いながら、テオはチェ・スアの点滴ルートを固定した。女の子のまぶたは重く、返事はまだ遅い。最初の搬送はこの子からだ。
グムレが入口に立った。
「海女会の車を使う。誰を乗せる」
「左の列から四人。横に寝かせます。親は一人だけ。泣いても手を出さない人を乗せてください」
「聞いたな」
グムレは後ろを振り返らずに言った。海女たちがすぐ動いた。毛布を持つ者、軽トラックの荷台を空ける者、集会所の鍵を取りに走る者。いつものような文句も、島の面子を守るための遠回しな抵抗もなかった。
テオはその背中を一瞬だけ見た。グムレは、今は怒る相手を間違えなかった。
キム係長はようやく携帯を取り出し、画面を何度も叩いていた。
「先生、食中毒の届出書は先に作っておきます。原因未確定でも、様式上は食品衛生で――」
「書くなら空欄を残してください」
「空欄では受け付けが」
「水を保存する前に食中毒で固めないでください。あとで書類に合わせて現場が消えます」
キム係長は唇を閉じた。テオは続けた。
「学校に残っている水筒を全部集めます。中身を捨てない。子どもの名前と、どこで水を入れたかを紙に貼る。家から持ってきたもの、学校で入れたもの、浄水器から入れたものを分けます」
「全員分ですか」
「全員分です」
テオは手袋を替えた。
「それと、各家の貯水容器。ポリタンク、やかん、ペットボトル、何でも。北の貯水槽の水を受けた可能性がある家から回収します。高齢者の家を先に」
廊下で話を聞いていたグムレが、低く舌打ちした。
「年寄りの家の水まで運ぶのか」
「飲ませないためです」
「分かった」
その短さに、キム係長が驚いた顔をした。グムレは振り返り、海女たちへ命じた。
「北側の家を回れ。独り暮らしの家は戸を叩け。耳が遠い年寄りには紙を見せろ。水は捨てるな、容器ごと持ってこい。重ければ二人で持て」
「会長、集会所も――」
「若いのを行かせろ。年寄りの水が先だ」
海女たちは散った。ゴム靴の音が廊下と校庭へばらばらに走っていく。テオはその音を聞きながら、次の点滴をつないだ。
一時間後、学校の保健室は半分だけ静かになった。重症の子どもたちは保健支所へ運ばれ、集会所には軽症者と保護者が並べられていた。パク・ミラからの電話では、点滴は数本ずつ残量を見て割り振り、解熱剤も体重別に紙へ書き出したという。
「先生、点滴は足りますか」
若い担任が聞いた。
「足りません」
テオは正直に答えた。
「だから、必要な子から使います。吐き気だけの子には、少しずつ未開封の水で経口補水液。飲めない子は支所へ」
担任は泣きそうになりながら、うなずいた。
校庭の片隅には、集められた水筒がビニール袋に並び始めていた。キャラクター柄の小さなもの、へこんだ金属製のもの、名前シールがはがれかけたもの。子どもたちの日常そのものが、急に証拠品へ変わっていた。
ソジンは一本ずつ番号を貼っていた。細い顎に汗が落ち、眠っていない目は赤い。だが手は早かった。
「学校で入れた水筒が多いです。朝、家で入れたと言っている子も、途中で足したかもしれません」
「聞き取りはあとで重ねます。今は中身を残す」
キム係長が簡易検査キットの箱を抱えて戻ってきた。水質検査用と書かれた紙箱は、濡れた手で握られて角がつぶれている。
「面事務所にあった分です。これだけしか」
開けると、試験紙は十数本しかなかった。学校の水筒だけでも足りない。各家の容器まで含めれば、到底足りなかった。
テオは一瞬、箱の中を見たまま黙った。ソウルなら外注検査へ一括で送る。だが今は船が止まり、島の夜は閉じている。
「全部には使いません。臭い、濁り、沈殿があるものを先に」
「先生、見た目で選ぶんですか」
「見た目で安全とは言いません。ただ、限られたキットを無作為に使う余裕もありません」
彼は水筒を一本ずつ光にかざした。ほとんどは透明に見えた。だが底に細い粒が沈んでいるものがあった。別のポリタンクは、ふたを緩めた瞬間、土と金属が混ざったような臭いがした。
「これを別袋に」
ソジンがすぐ厚手の袋を差し出した。
テオは水筒の番号を読み上げ、キム係長に記録させた。臭いが強いもの。白く濁っているもの。底に黒い細かな沈殿があるもの。家から持ち込まれた容器の中にも、同じ特徴のものが混じっていた。
夜が深まるにつれ、校庭には水の入った容器が増えていった。海女たちは息を切らし、両手にポリタンクを下げて戻ってきた。年寄りの家から回収したものには、新聞紙でふたを巻いた古い瓶もあった。
「ナムじいさんの家の水だ」
グムレが言った。
「夕方、孫が沸かして飲ませようとしていた。止めた」
テオは瓶を受け取り、ふたの周囲を確認した。かすかな濁り。底に薄くたまった黒い粉。彼は別袋を指さした。
「これも」
グムレは何も言わなかった。だがその目が一瞬だけ、瓶から校舎の奥へ移った。もし止めるのが少し遅ければ、という想像が、言葉より重く沈んでいた。
午後十一時を過ぎると、子どもたちの嘔吐は少しずつ落ち着き始めた。保健支所から、スアが短く返事をしたとミラが電話で知らせてきた。テオは受話器を握ったまま、初めて細く息を吐いた。
「そのまま尿量を見てください。体温が上がり直したらすぐ連絡を」
電話を切ると、ソジンが近づいてきた。
「貯水槽の管理倉庫へ行けます。鍵は面事務所の管理ですが、キム係長が持っています」
キム係長は嫌な顔をした。
「夜中にですか。明朝、担当者を呼んでからでも」
「今夜、誰かが触るかもしれません」
テオが言うと、キム係長は言葉を失った。
三人は懐中電灯を持って学校を出た。グムレも黙って後ろについた。北へ続く道は風が強く、草の葉がライトの端で白く揺れた。貯水槽そのものは暗い丘の上に沈み、管理倉庫はその下に低く建っていた。
キム係長が鍵束を探す音だけがした。
「ここは普段、施錠しています。点検の時だけ――」
「照らします」
ソジンが先に倉庫の扉へ近づいた。懐中電灯の光が南京錠を白く切り取った。古い錠だった。輪の部分は赤茶色に錆び、海風でざらついている。
その光の中で、ソジンの動きが止まった。
「どうしました」
テオが一歩近づく。ソジンは答えず、光を錠の輪へ寄せた。
古い錆の上に、一本だけ銀色の線が走っていた。細く、鋭く、まだ湿った光を返すような傷だった。長い年月の中で自然についたものではない。ついさっき硬い金属で引っかいたように、周囲の錆だけが剥がれていた。
キム係長の鍵束が、手の中で小さく鳴った。
テオは南京錠から目を離せなかった。子どもたちが倒れた今夜、彼らがここへ来る前に、誰かがすでにこの扉の前に立っていた。
そしてその誰かは、北の貯水槽が疑われることを、テオたちより早く知っていた。
その島では、雨が降る前に患者が増える
24話 切り取られた管理名簿
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