「待て。門主への報告は俺が行く」
郭進が走り出そうとした瞬間、外堂の年長弟子が横から声を上げた。俊瑞は一息だけ考え、郭進を呼び戻した。西門客桟へ行くなら、世琳の木牌の刻みを読める者が要る。門主へは折れた木牌の写しと、薬材搬出表の写しを持たせれば足りる。
「郭進、客桟の外を見る。中へ入るな。馬車、荷担ぎ、薬箱の出入りだけ数えろ」
「分かった」
郭進は返事をしたが、顔色は悪かった。世琳が捕まったと知って、彼の右手はずっと震えている。それでも目は逃げなかった。
「都賢九は裏口です。逃げ道を塞ぐ。斬り合う必要はありません。人が出たら、通さない」
都賢九は大きな肩を縮めたまま、しかし役割紙を受け取る時と同じ顔でうなずいた。
「通さない」
三人は夜の洛陽へ出た。西門に近づくほど、酒と馬糞と煮薬の匂いが混じった。西門客桟は門前の大路から半歩奥へ引っ込んだ場所にあり、旅商人の馬車と浪人の影が絶えず出入りしていた。正面から踏み込めば、世琳を盾に取られる。俊瑞は客桟の向かいの茶棚へ身を寄せ、荷を運ぶ下人たちの手元を見た。
薬箱は二つ。どちらも粗い麻布で巻かれていたが、片方の角に赤黒い漆の点があった。流河門の棚番号を隠すために削った跡だ。完全には消えていない。木目の割れと、薬材箱に小平が付けた赤糸の痕が一致した。
『ここだ』
俊瑞は剣を抜かなかった。剣を抜いた瞬間、客桟中が敵になる。彼は荷担ぎが裏庭へ入る時刻を見て、郭進へ二本指を立てた。郭進はうなずき、路地の反対側へ消えた。
裏口へ回った都賢九の影が、土壁の角に沈む。大柄な身体は隠れるには不向きだったが、門を塞ぐには最適だった。彼が立つだけで、狭い裏口は半分死ぬ。
俊瑞は客桟の横壁へ近づいた。倉庫の小窓は、油紙を内側から貼ってある。隙間は指二本分。中から声が漏れていた。
「……だから、女はまだ殺すなと言っただろう」
陳武の声だった。焦りがある。普段の小さな威張りは消えていた。
それに答えたのは、乾いた老人の声だった。
「殺しておらん。縛っただけだ。流河門の小娘一人に、ここまで手間をかけるとはな」
俊瑞は小窓の下へ身を低くした。木箱の隙間から、倉庫奥の暗い角が見えた。世琳がいた。両手首を後ろで縛られ、口元には布を噛まされている。だが彼女の目は伏せられていない。床に転がった薬籠の陰から、陳武と馬老人の位置を測っていた。
怯えていない。聞いている。
「長老へは?」
陳武が早口で聞いた。
「もう使いを出した。下級武人が長老を陥れるため、帳簿をでっち上げているとな。女弟子を夜の客桟へ出入りさせて証人に仕立てた、とも添えた」
馬老人は小さく笑った。
「門派というものは、外の敵より内の体面を恐れる。先に太鼓を鳴らした方が勝つ」
俊瑞の奥歯が鳴りそうになった。だが怒りで動けば、世琳が死ぬ。彼は小刀を抜き、窓枠の隙間を測った。刃は短い。投げるには近すぎ、外せば音が出る。
世琳がわずかに身体を倒した。背中の縄が木箱の角へ寄る。彼女は俊瑞に気づいていた。目だけで、縄の位置を示す。
俊瑞は息を止め、小刀を滑らせるように投げ込んだ。刃は床を鳴らさず、木箱の下へ消えた。世琳の指先がそれを探り当てる。彼女は縛られたまま手首をひねり、刃を縄へ当てた。
倉庫の中央では、陳武が薬瓶を数えていた。
「活血丹はもう危ない。次は霊薬を出す。だが李俊瑞が三重に記録を分けた。医薬堂の処置時刻まで合わされると、こちらも動きにくい」
「だから先に潰す」
馬老人は欠けた右手で薬瓶の栓を摘んだ。そこには小さな印が押されている。閔光の個人印と同じ輪郭だった。
「長老は大殿で待つ。お前は戻って、女が勝手に外出したと証言しろ。客桟の帳場は、銀子の記録を今夜中に書き換える」
縄が切れるかすかな音がした。
世琳はまだ動かなかった。切れた縄を手首に巻きつけたまま、逃げられないふりを続けている。彼女の足元には、破れた紙片が一枚落ちていた。取引覚書の端だろう。瓶数と銀子の額だけが読める位置にある。
俊瑞は戸口へ回る時間を計算した。正面に入れば遅い。小窓から合図する。世琳は自分で動ける。
彼は窓枠を爪で二度叩いた。峡谷で使った、側面退避の合図だった。
世琳の動きは速かった。膝を立てると同時に、足で薬籠を蹴った。乾いた薬草が床へ散り、陳武の視線がそちらへ落ちる。その隙に彼女は紙片を指に挟み、馬老人の手元へ転がっていた薬瓶の栓を拾った。
「逃がすな!」
陳武が叫ぶ。
俊瑞は小窓の格子を肩で押し割った。大きな音が出たが、もう十分だった。世琳は窓へ向かって走り、半身を滑り込ませる。俊瑞が腕をつかんで引き出すと、彼女の袖が裂けた。背後で短剣が木枠に刺さる。
「走れるか」
「走れる。聞いた。全部じゃないけど、十分」
世琳の声はかすれていたが、報告の形を失っていなかった。
路地の奥から二人の下人が追ってきた。だが裏口へ回った一人は、次の瞬間、前へ進めなくなった。都賢九がそこに立っていたからだ。
「通さない」
低い声とともに、都賢九は両腕を広げた。下人が棒で殴りかかったが、大柄な身体は半歩も退かない。棒が肩に当たる鈍い音がして、都賢九の顔が歪んだ。それでも道は空かなかった。
郭進が路地の反対側から叫んだ。
「外に馬車二台! 一台は空、もう一台に薬箱! 客桟の者じゃない!」
「薬箱の印は」
「赤糸の跡あり!」
俊瑞は世琳を郭進の方へ押し出した。
「先に門へ。証拠を離すな」
世琳は首を振りかけたが、俊瑞の目を見てやめた。彼女は取引覚書の切れ端と薬瓶の栓を胸元へ押し込み、走った。郭進が並び、片腕で人の流れを割る。
陳武が倉庫から飛び出してきた。顔には恐怖と怒りが混ざっている。
「李俊瑞! お前が何を持ち帰ろうと無駄だ! 長老の前で、誰が下級武人の紙を信じる!」
俊瑞は答えなかった。答える時間が惜しい。彼は都賢九へ退く合図を出し、狭い路地を三人で抜ける。背後から馬老人の笑い声が追ってきた。
「走れ、走れ。もう遅いわ」
老人は倉庫の戸口に立ち、欠けた指を袖の中へ隠した。
「伝言は届いた。下級武人が長老を陥れるため帳簿を作った。女弟子を夜の客桟に忍ばせ、邪派の名を借りて証拠をでっち上げた。流河門の大殿では、今ごろその話が先に広がっておる」
俊瑞の足が一瞬止まりかけた。
先に太鼓を鳴らした方が勝つ。
馬老人の言葉が、耳の奥で冷たく残った。
その時、洛陽の夜気を裂いて、遠い太鼓が鳴った。
一打目は低く、二打目は長く尾を引いた。三打目で、西門の人混みがいっせいに顔を上げる。流河門の鐘楼から響く、公開尋問を告げる太鼓だった。門派の罪と弁明を、弟子全員の前で問う時だけ鳴らされる音。
俊瑞は世琳の胸元に隠された紙片と栓を見た。証拠は手に入った。だが大殿では、すでに閔光が先に席を取っている。
太鼓の四打目が城内を横切った。俊瑞は剣の柄から手を放し、走り出した。
次に遅れれば、裁かれるのは薬を盗んだ長老ではない。帳簿を書いた下級武人の方だった。
剣気より業務マニュアル 下級武人になった大企業代理、帳簿一冊で長老を裁く
17話 大殿に散る焦げた原本
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