次に向かうべき場所は決まった。だがその決定は、イソたちだけの胸に留めておける種類のものではなかった。
ラオンの「補給コンテナ主群の真下」という言葉は、監視要員の耳をかすめ、配給列へ漏れ、数分もしないうちに中央居住膜全体へ広がった。予定地地下の生体信号という曖昧な恐怖と、七百三キロ先の補給という具体的な希望が、同じ方向を指してしまった。
「補給があるなら行くべきだろ」
「でも、生体って何だ。地球の汚染なのか」
「そんなことより食料だ。三日分しかないんだぞ」
ざわめきは熱を持ち、冷えた膜の内側を走った。イソはその熱が危険だと感じた。飢えに近い不安は、人を正しい方向へも、取り返しのつかない方向へも押し出す。誰かが補給へ向かうと叫べば、十分な装備もない者まで外へ出かねない。
ドヒョンは一声で通路を切った。
「全員、持ち場に戻れ。補給確保は指揮部が統制する」
彼は中央端末に予定地までの簡略経路を出した。クレーター斜面と砂地の帯が赤茶色に伸び、その先に補給ビーコンの点が青く並ぶ。
「ローバー二台を再起動する。整備、医療、通信、警備を職能別に分け、第一探索隊を編成する。目的は補給コンテナの確保。未確認表示の解釈は任務外だ」
「任務外ではありません」
イソは通路の中央へ進み出た。人々の視線が、また彼女とドヒョンの間に集まる。昨夜の寝床、外縁五の切断跡、ダソムの補助腕。そのたびに二人は違う答えを出し、人々はその結果の中で眠り、震え、生き延びてきた。
「補給コンテナの真下に、ダソムが警告した座標があります。原因を確認しないまま大人数を向向かわせれば、補給を取る前に危険を踏み抜く可能性があります」
「可能性で人を飢えさせる気か」
「未確認データだと言ったのは指揮官です。なら、最初にやるべきことは大規模確保ではなく、確認です」
ドヒョンの顎が固く動いた。
「確認のために何を持ち帰る。砂か。地熱か。機械が見せた幽霊の証拠か」
「環境値、地下反応、汚染リスク。それと、予定地が本当に人間居住に不適合なのかの根拠です」
「補給を確保できなければ、その根拠を読む人間がいなくなる」
配給列の後ろで誰かがうなずいた。別の誰かは首を振った。イソには、どちらも責められなかった。死なないためには食料がいる。だが知らないものの上に居住地を置けば、次に傷つくのは自分たちだけではないかもしれない。まだその言葉を人々へ向けて言うには、証拠が足りなかった。
ハリンが医療箱を肩にかけて近づいた。
「大人数で行けば、戻ったあと隔離できません。未知のリスクがあるなら、最初は最小人数が妥当です」
ミンジェも工具箱を下ろした。包帯を巻いた右手を胸に固定し、左手でローバー格納庫のほうを指す。
「ローバーは一台なら今日中に動かせます。二台同時は無理です。前方軸が歪んでる。無理に出したら帰れないほうが出ます」
「修理に何時間だ」
「一台なら二時間。二台なら夜を越えます」
居住膜に重い沈黙が落ちた。日没までの時間、食料の残量、外気温。どれも二時間を許すか許さないかのぎりぎりにあった。イソはその沈黙の中で、ドヒョンがすぐに否定しなかったことを見逃さなかった。
「小規模探索にしてください。私が行きます。ミンジェが操縦と修理。ハリンが汚染遮断と医療判断。目的は補給回収ではなく、進入可否の確認です」
「通信担当は」
ドヒョンの視線がラオンへ動いた。ラオンは補助コンソールから顔を上げ、赤い目で一瞬だけイソを見た。
「僕は残ります。主線の監視が必要です。ローバー通信は外部中継で補助できます」
「都合がいいな。ここで何をするつもりだ」
「監視付きでかまいません。ログは指揮部へ同時送信します」
ラオンの声は平らだった。だがイソには、彼が何かを隠している時の、妙に丁寧な発音に聞こえた。
ドヒョンは通路の端に立つ男へ目を向けた。硬い防護服に警備タグをつけたイム・テソクが一歩前へ出る。これまで発電機材の周辺で見かけたことはあったが、イソの前に立つのは初めてだった。目の動きが少なく、命令の出所だけを見ている男だった。
「イム・テソクを同乗させる。通信記録、採取物、移動経路、すべて指揮部へ報告させる。許可外の採取、予定外の進路変更は認めない」
「監視要員を入れれば、汚染遮断キットが一つ足りません」
ハリンがすぐに言った。
「テソクには簡易外皮だけで行かせる。採取には触れさせない」
「危険です」
「だから監視だ」
ドヒョンの声は変わらなかった。テソクも表情を動かさない。イソは、ここでさらに押せば探索そのものが消えると判断した。
「条件を受けます。ただし、予定地地下反応が上昇した場合は即時撤退。補給コンテナへ近づく判断は、現地データを見てからです」
「現地での最終判断は指揮部にある」
「現地の危険は現地の人間が先に見ます」
二人の言葉がぶつかり、通路にいた人々は静かに見つめた。誰が正しいのか、誰にもまだわからなかった。補給を急げと言うドヒョンの現実も、原因を確かめろと言うイソの警告も、どちらも生きるための言葉に聞こえたからだ。
やがてドヒョンが短く言った。
「二時間後に出発。ローバー一台。四名。任務時間は最大十二時間。帰還遅延は遭難と見なす」
承認というより、制限をかけた命令だった。それでも通路の空気がわずかに動いた。誰かが安堵し、誰かが不安に顔を伏せる。補給への道は開いたが、その道が何につながっているのかは、まだ誰も知らない。
準備はすぐに始まった。ミンジェは格納庫でローバーの前方軸を開き、歪んだ支持リングへ補強板を噛ませた。包帯を巻いた手では力が入らず、左手と膝で工具を押さえている。イソは航路図を低温端末へ落とし、ハリンは汚染遮断キット二つと低温サンプル容器を厳密に数えた。テソクは無言で指揮部の記録器を胸に固定し、その赤い送信灯を確認していた。
出発十五分前、ラオンが格納庫の隅へイソを呼んだ。彼は監視カメラの死角に立っていたが、顔はいつもより白かった。
「これ、さっきの断片の残りです。座標一覧じゃありません。削除前検査の復旧ログに、文字化けせず残った単語が一つだけありました」
彼は薄い透明フィルムを折りたたんで渡した。表示面には黒い帯が何本も走り、前後の文字列は崩れて読めない。だが中央に、漢字四文字だけが異様に鮮明に残っていた。
《生態実験》
イソはその単語を見た瞬間、喉の奥が冷たくなった。予定地はただの危険地帯ではない。誰かが、何かを試した場所かもしれない。地球管制安全監査局の黒塗りも、補助腕の認証者欄も、同じ黒い帯でそこへつながっている。
「指揮部には」
「同時送信ログには入れてません。今渡せるのはこれだけです。戻ったら、残りを探します」
「無理はしないで」
「もう遅いです」
ラオンはかすかに笑ったが、目は笑っていなかった。
イソはフィルムを折り、胸ポケットの内側へ押し込んだ。ローバーの扉が開き、薄い火星光が格納庫の床へ赤く伸びる。ミンジェが運転席でうなずき、ハリンが後部の容器固定を終えた。テソクの記録器の赤い灯だけが、彼らの動きを指揮部へ送り続けている。
イソは座席に体を固定しながら、ポケットの中の単語を握った。
生態実験。
補給を取りに行くはずの道は、その瞬間、二十年前に誰かが火星で隠した実験へ続く道に変わった。ローバーの外扉が閉じる直前、通信機からラオンの低い声が届いた。
「イソさん。復旧ログのファイル名、末尾だけ読めました」
ノイズの奥で、彼は短く言った。
「アレス、ゼロスリーです」
帰る船を燃やした朝、火星に憲章が生まれた
13話 砂の下に眠る格子構造
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