短いトンネルの闇が、バンの窓を一瞬だけ塗りつぶす。
その瞬間、ドギョムは両手首を同時に内側へねじ込む。肩は動かさない。肘も浮かせない。骨の角度だけを変え、手錠の輪の溶接部へ力を通す。
左が先に折れる。
続いて右の輪の継ぎ目が、乾いた枝のように裂ける。
鈍い金属音は、トンネルの壁を叩くディーゼルエンジンの振動と、タイヤが濡れた砂利を噛む音に溶ける。助手席の若い代理は無線機のノイズへ顔を向けている。運転席の代理は前のSUVのテールランプだけを追っている。
ドギョムは動かない。
折れた輪を膝の上で押さえ、まだ拘束されている男の姿を保つ。トンネルの出口が白く広がる。前のSUVが曲がり道の向こうで半分消え、岩壁の陰に飲まれる。
今ではない。
バンがトンネルを抜ける。峡谷の風が窓の隙間から細く入り、泥と錆の臭いを運んでくる。前のSUVの赤い光が、もう一度だけ濡れた岩に反射する。そして完全に消える。
そこでドギョムは動く。
腰を浮かせるより先に、親指でシートベルトの留め具を探る。見張りが外へ引きずり出しやすいよう、後部座席のベルトは最初から留められていなかった。
だが前の二人は違う。助手席の若い代理は体を斜めにしてルームミラーを見ており、ベルトの肩帯が首の近くを通っている。
ドギョムは前席との仕切りの隙間へ体を滑り込ませ、一気に間合いを詰める。折れた手錠の鎖が膝から落ちる。若い代理が振り返る。
「おい——」
声は最後まで出ない。
ドギョムの左腕が、背後から若い代理の首へ巻きつく。肘の内側で気道を塞がず、頸動脈だけを押さえる。殺す締め方ではない。眠らせる締め方だ。
同時に右膝を運転席へ叩き込む。膝頭が運転席の代理の側頭部を斜めに打つ。男の手がハンドルを握ったまま跳ね、バンの鼻先が右へ振れる。
「くそっ!」
運転席の代理が叫ぶ。ブレーキを踏む足が遅い。
バンは未舗装の路肩へ滑る。砂利が車体の下で跳ね、排水溝の縁をこする。ドギョムは若い代理の首を押さえたまま、もう一度運転席の男の耳の後ろへ膝を入れる。今度は短く、正確に。
男の体から力が抜ける。
ハンドルが左へ戻り、バンは斜めのまま止まる。エンジンは生きている。ワイパーだけが律儀に動き、フロントガラスの泥を左右へ伸ばしている。
ドギョムは助手席の若い代理をゆっくり座席へ沈める。気を失っているが、息はある。脈も強い。運転席の代理は額をハンドルに乗せ、低く呻いている。
前のSUVは戻ってこない。まだ異変に気づいていない。
四十秒。
護送車二台の間で、無線報告が途切れて許される時間はその程度だ。前方車両がカーブを抜け、後続の返答が来ないことを不審に思い、戻るか確認を飛ばすまで。長く見ても四十秒。短ければ二十秒。
ドギョムは助手席の若い代理の胸元から無線機を引き抜く。ベルトのホルスターから拳銃も抜く。弾倉を外し、薬室の一発をスライドで吐き出させる。金属の弾が床へ転がる。
運転席の代理が片手を腰へ動かしかける。
ドギョムはその手首をつかみ、ハンドルのスポークへ押しつける。
「動くな」
短い一言で足りる。
代理の目が焦点を結ぶ。怒りより先に、恐怖が入る。自分が撃たれない理由を探している顔だ。
ドギョムは予備の弾倉も抜き取り、床の弾も拾う。助手席のドアを開けると、峡谷の風が一気に車内へ入る。下は赤い土と濡れた低木、岩の斜面。雨は細いが、泥は深い。
彼は弾倉と薬室の弾をまとめて、峡谷の下へ投げ捨てる。
小さな黒い塊は赤茶けた斜面を跳ね、すぐ草の下へ消える。拳銃本体は助手席の足元へ置く。無線機だけは持つ。
殺しはしない。
殺せば話は簡単になる。だが簡単な話は、ラウクの報告書に都合がいい。護送中に危険なよそ者が保安官代理を殺して逃走。町長の声はもっと穏やかになる。ポスターの笑顔はもっと正しくなる。
ドギョムはそれを渡さない。
無線が割れる。
「二号車、応答」
前のSUVだ。
ドギョムは返さない。代わりに無線機の音量を下げ、車外へ降りる。軍用ブーツが泥に沈む。昨夜、留置場の壁へ叩きつけられた頭が一拍遅れて鈍く鳴り、肋骨の一か所が呼吸の底でひりつく。
痛みは動ける範囲にある。問題ない。
彼は後部ドアを開け、自分の折れた手錠の輪を床へ落とす。金属の片方だけを拾い、斜面の上の岩陰へ投げる。もう片方はバンの床に残す。ここで何が起きたか、ラウクにはわかる。わからせていい。
若い代理が浅く息を吸う。目はまだ開かない。ドギョムはその首の角度を直し、気道を確保する。運転席の代理の拳銃からも弾を抜く。弾倉は同じように峡谷へ投げる。
無線がまた鳴る。
「二号車、応答しろ。どうした」
前の声に硬さが混じる。二十秒は過ぎた。
ドギョムはバンの後方へ回り、路肩の低い柵を越える。手すりは錆びていて、濡れた赤土が靴底に厚く張りつく。一歩目で滑る。二歩目で体を低くする。斜面は思ったより急だ。乾いた草の根をつかみ、岩の突起へ足を置く。
上でバンの運転席の代理が咳き込む音がする。まだ動けない。
ドギョムは斜面を下る。走らない。走れば足を取られる。追手は道路を戻る。自分は下へ落ちるように進む。見下ろす角度からは、軍用外套の黒は岩影に溶ける。
泥がブーツの底へ重くこびりつく。左の肋骨がもう一度焼けるように痛む。留置場でわざと受けた拳の場所だ。肋骨の一本にひびが入っているかもしれない。だが肺は膨らむ。血の味も濃くならない。
まだ使える。
斜面の途中で、彼は一度止まる。上の道路から前のSUVのエンジン音が戻ってくる。タイヤが砂利を噛み、急ブレーキの音が峡谷に広がる。
「何があった!」
怒鳴り声。
ドアが開く音。靴音。誰かがバンの中をのぞき、短く罵る。
ドギョムは無線機を耳の近くへ持っていく。音量を少し上げる。ノイズの中で、前方車両の代理が早口に報告している。
「二号車停止、対象逃走。繰り返す、対象逃走。代理二名負傷、意識あり。武器は残されていますが——弾が抜かれています」
数秒、空白が落ちる。
その空白の向こうに、別の声が入る。
低い。乾いている。いつもの丁寧さは剥がれている。
「……あの野郎」
ラウクだ。
初めて、声に罵声が混じっている。郡庁舎の会議室にいるはずの男が、無線の向こうで歯を鳴らしている。アリバイのために作った距離を、今だけ忘れている。
ドギョムは斜面の端で振り返る。
上の道路では、白いバンの周囲にカーキ色のシャツが集まり始めている。黒いSUVのドアが開いたまま揺れ、赤いライトが濡れた岩壁を薄く照らす。彼らの視線はまだ道路とバンの周りを探している。下の斜面までは読み切れていない。
無線の中で、ラウクの声が戻る。今度は冷えている。罵声を飲み込み、紙へ書ける形へ整えた声だ。
「全車両へ。対象は武装逃走犯。外郭道路、貨物整備場、カジノ進入路を閉じろ。住民に接触した者は全員、事情聴取だ。匿った者も同罪として扱う」
その一文で、町の空気が変わる。
ドギョムはもう、バスが壊れて流れ着いたよそ者ではない。食堂でミートローフを頼んだだけの男でもない。保安官事務所の報告書の上で、名前のない暴力が形を持つ。
ブラスヒル全体が、彼を追う。
ドギョムは無線機を切らない。ラウクの怒りも、命令も、これから使う。泥に沈むブーツを引き抜き、峡谷のさらに下へ体を向ける。
そのとき、無線の奥でラウクが低く続けた。
「まずヘナズ・ダイナーを見ろ。あの女は、よそ者に水を出す顔をしていた」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
16話 封鎖された町の内側へ
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