無線受信機の赤いランプが、床板の隙間で小さく息をするように点いている。
ドギョムは屋根裏の窓から離れない。ヘナは電球を消したまま、アルマの肩を押さえている。アルマは動かない。息だけが浅い。外のパトカーは角を曲がったが、助手席の男が屋根の線と裏路地を覚えた目は、まだこの部屋に残っている。
受信機からは声が来ない。短いノイズだけだ。
ドギョムは床板を一枚ずらし、受信機のつまみをわずかに絞る。赤い光は消えない。誰かが保安官事務所の周波数を使い、送信を始めかけて止めた。あるいは、受信機の近くを低出力の車載無線が通っただけか。
どちらでもいい。止まらなかったパトカーは、見落としたのではない。覚えて帰った。
「下へ行く」
ドギョムが言うと、ヘナはすぐに首を振りかける。だが止めない。今、屋根裏で全員が固まっていれば、次に来るのは扉を叩く音だ。
アルマは毛布の中で目を開けている。眠っていない。ドギョムは彼女を見下ろし、短く言う。
「寝ろ。起きていても早くならない」
「ミゲルは」
「呼ぶ」
その一言で、アルマの瞼が少しだけ落ちる。信用したのではない。体が限界を越え、命令を支えに倒れ込む。ヘナが包帯を巻いた足を毛布で包み直すと、アルマは歯を食いしばったまま、やがて浅い眠りへ沈む。
夜明け前の食堂は、客を入れる直前の匂いがする。古い油、コーヒー粉、漂白剤、雨を吸った床板。ヘナはカウンターの向こうへ戻り、グリドルの火を小さく入れる。店を閉めれば疑われる。開ければ見られる。どちらも同じなら、普段どおりの形に近いほうを選ぶ女だ。
奥のテーブルには、まだ皿もナプキンも置かれていない。ドギョムはそこにジョアンのノートパソコン、折り畳んだ星形の紙、ミゲルの母の写真、二つの黒い布片を並べる。資料室で拾った血のついたカメラストラップ。廃棄物トラックの荷台に残っていた、より新しいJRの紐。別の場所で、同じ女が抵抗した痕だ。
裏口が、ごく小さく三度鳴る。
ドギョムはカーテンの影から外を見る。ミゲルが立っている。濡れたフードを深くかぶり、右手を胸に抱えている。目だけは眠っていない。
ヘナが鍵を外す。ミゲルは中へ入るなり屋根裏の天井を見上げる。
「姉さんは」
「眠ってる」
ヘナが低く答える。
ミゲルの肩が一度落ちる。安心で緩んだのではない。今すぐ駆け上がりたい体を、どうにか床へ縫い止めているだけだ。
「会える?」
「あとで」
ドギョムが言うと、少年は反論しかけ、唇を閉じる。折れかけた指の痛みをこらえる時と同じ顔をする。
「座れ」
初めて、ドギョムはミゲルを客ではなく、向かいの席へ座らせる。少年もそれをわかる。椅子を引く音が、食堂の奥で少し大きく響く。
ミゲルは鞄から紙束を出す。授業用ノートの切れ端、給食の献立表の裏、古い小テスト、レシート、バス時刻表。二か月かけて盗んだ時間が、ばらばらの紙の形でテーブルへ広がる。
「書くなと言われたあとも、前に書いた分は捨てられませんでした」
「見せろ」
ミゲルは一枚ずつ並べる。保安官代理の巡回時間表。清掃車の出庫時刻。白いバンが学校裏の通りを通る日。郡裁判所の更生命令の日付。町長の後援行事の日程。カジノシャトルの到着時刻。一行だけのメモごとに、赤、青、緑、黒と違うペンの跡が付いている。授業中に先生の目を盗み、廊下で、給水塔の影で、放送室の窓から書いた線だ。
ヘナはカウンターの向こうでコーヒーを落とし始める。入口のベルへ背を向けない。片手はカップ、片手はカウンター下の古い受信機のそばにある。
ドギョムはノートパソコンを開く。ジョアンの「数字」フォルダから抜き出した識別番号名簿を画面に出し、紙へ写した部分をテーブルに置く。五桁の番号、日付、空白欄。そこに鉱山の略図を重ねる。坑口。補修された換気塔。郡道八十一号線の南側分岐。リハビリセンター裏口。清掃車の線。
ミゲルの紙は町の表を示している。ジョアンの名簿は地下を示している。二つは今まで別々に息をしていた。
ドギョムは赤いペンで、清掃車が出る時刻と、カジノシャトルが到着して通りを塞ぐ時刻を結ぶ。次に、保安官代理の巡回が薄くなる四十分を囲む。さらに鉱山の換気塔の位置を、その上へ重ねる。
線が噛み合う。
ミゲルも息を止める。自分が集めた紙が、ただの怒りや祈りではなく、町の内臓へ届く道になったことを理解する。
「ここで、毎回道が空く」
ドギョムはカジノシャトルの欄を指す。
「シャトルが町の客を拾う間、保安官車両は広場へ寄る。清掃車はその前に出る。白いバンは後ろから来る。鉱山へ入る道だけが、十九分から四十分まで薄くなる」
ミゲルの喉が鳴る。
「だから姉さんを……」
「出せた。次は証拠を取る」
ヘナがコーヒーを二つ置く。ミゲルの前には置かない。少年の手は震えている。熱いカップを持てばこぼす。
ドギョムは別の紙を引き寄せる。保安官事務所の無線周波数を、ジョアンのノートパソコンから拾った古い記録と照合する。
「学校の放送室に、録音機材はあるか」
ミゲルの目が揺れる。
「あります。古い短波受信機と、カセット。昼休みの放送に使うやつです。でも、保安官の無線を録るのは……」
「できるか」
少年は口を閉じる。恐怖が先に来る。正しい反応だ。怖がらない人間は長く持たない。
やがて、ミゲルはうなずく。
「できます。アンテナを窓側に出せば。先生が帰ったあとなら、放送部の鍵で入れます」
「録るだけだ。追うな。聞いたことを誰にも話すな。カセットは二本に分けろ」
ミゲルはもう一度うなずく。今度は少し固い。仕事を受けた顔になる。
屋根裏で、小さく床板が鳴る。アルマが寝返りを打っただけだ。ミゲルは反射的に立ちかける。ヘナが視線だけで止める。
少年は椅子に座り直し、低く言う。
「姉さんは目を覚ましたら、まず母さんを探します」
その言葉はテーブルの上のどの紙より重い。ドギョムはミゲルの母の写真を裏返す。五桁の識別番号。日付欄は空白。死亡でも釈放でも移送完了でもない、名前を宙に吊るす空白。
その横に、血のついたジョアンのカメラストラップを置く。
記者の名と、母の番号。二つの間にはまだ線がない。だが空白は同じ形をしている。二人とも、紙の上で終わっていない。
ドギョムは指先でテーブルを一度だけ叩く。
「この間を埋める」
ミゲルの顔に、理解と恐怖が同時に走る。
「母さんも、そこにいるかもしれない?」
「死んだと書かれていない」
希望とは言わない。希望は町の連中が看板に使う言葉だ。ドギョムは事実だけを置く。事実なら、折れても拾える。
ヘナが入口のガラスへ目を向ける。まだ客は来ない。空は灰色になり、通りの向こうで最初のトラックが濡れたタイヤを鳴らす。
そのとき、カウンター下の無線受信機がはっきり震えた。
今度はノイズだけではない。低く、乾いた男の声が流れる。
「夜勤清掃班の名簿を全部持ってこい。写真までだ」
ラウクだ。
ヘナの手がカップの縁で止まる。ミゲルの顔から血の気が引く。エリック・ホールの名、仮入館カード、地下二階へ入った清掃員。そこへラウクの指が伸び始めている。
ドギョムはテーブルの紙を畳まない。むしろ、換気塔の地図を中央へ引き寄せる。隠す時間はもう終わっている。盤はすでに開かれた。
受信機の向こうで、ラウクの声がもう一度落ちる。
「それと、ヘナズ・ダイナーの今朝の客を数えろ。裏口から入った者もだ」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
31話 ルーファスの錆びた鍵
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