「放送室、確認しろ」
無線の声が正門側で割れた瞬間、ミゲルは階段の手すりから手を離す。走れば音が鳴る。だから走らない。息だけを殺し、弁当箱を胸と肋骨の間に押し込み、古い体育館へ下りる階段を一段ずつ踏む。
上の廊下で扉が開く音がする。保安官代理の靴音が、放送室の前で止まる。鍵束が鳴り、誰かがノブを回す。ミゲルは踊り場の影で体を薄くし、割れた窓から入る雨の匂いを吸い込む。
「鍵がかかってます」
「開けろ。中を見ろ」
その声を背に、ミゲルは体育館の用具室へ滑り込む。床に転がったバスケットボールが足首へ当たり、ゆっくり転がる。音は小さい。だが今の彼には銃声と同じ大きさに聞こえる。彼はボールを両手で止め、弁当箱を抱え直す。中でカセットが一度だけ硬くぶつかって鳴った。
裏口の非常扉は、押すと短い警報を鳴らす古い型だった。ミゲルはドギョムに言われたとおり、扉ではなく横の体育倉庫へ入る。窓のラッチは前から壊れている。雨で錆びた枠をゆっくり持ち上げると、外の非常階段へ抜けるだけの隙間が開く。
上の階で、放送室の扉が開く音がした。
ミゲルは体をねじ込み、濡れた鉄段へ降りる。靴底が滑り、膝を打つ。声は出さない。彼は下まで降りず、二段目から雨どいの裏へ手をかけ、隣の物置屋根へ飛び移る。右手の指に痛みが走る。視界が白くなる。それでも弁当箱だけは落とさない。
十分後、学校裏の排水溝沿いに、ミゲルはヘナズ・ダイナーの裏口へたどり着く。ヘナは扉を大きく開けない。鎖をかけたまま隙間から彼の顔、弁当箱、背後の路地を順に見る。
「追われた?」
「放送室を見に来た。でも、たぶん中は何も」
声が震える。ヘナは鎖を外し、彼を厨房へ入れる。ドギョムはいない。奥の棚の影、冷凍倉庫、屋根裏への梯子。ミゲルの目が一瞬だけ走るが、何も聞かない。
ヘナは弁当箱を受け取らない。まず布巾を一枚差し出す。
「手を拭いて。箱はそのあと」
ミゲルは従う。手の泥と雨を落とし、弁当箱をカウンター下へ滑らせる。ヘナは底板を開け、二本のカセットを見つける。ラベルに書かれた字は震えている。保安官事務所。ケイレブ/ロビー/サム。時刻と要点も、パンの包み紙に詰め込むように書かれている。
「帰って。学校へ戻らないで」
「姉さんは」
「眠ってる」
ミゲルはそれだけで頷く。裏口から出る直前、厨房下の受信機が低く鳴る。
「外郭モーテル、サンセットから始めろ。受付の老人も連れてこい」
少年の肩が強く跳ねる。ヘナはその背を押し、雨の路地へ逃がす。扉を閉めると、店の中にはまた油と古いコーヒーの匂いだけが残る。
ヘナはカウンター下の空のメニュー表紙を取り出す。表紙だけで、中身の紙は抜いてある。内側の薄い板の隙間に、小さな黒いノートを一冊挟む。今までは布巾の下で走り書きしていた。だが、これからは同じ場所に残してはならない。
最初の行に、今日の日付を書く。次に、封筒を持っていった者の顔。若い代理。九時過ぎ。封筒はいつもより厚い。持っていったメモなし。冷凍庫を見た。
鉛筆の先は止まらない。営業中、客がコーヒーを頼めば注文票に見える角度で書く。保安官代理が入れば、肉の焼き加減を聞くふりで一行を隠す。レジを打つたび、紙幣の湿り気と封筒の厚みを手で覚える。カウンターの下、空のメニュー表紙は、客に見せるものではなく、町の喉元へ差し込む薄い刃になる。
夜が更け、最後の客が出たあと、ヘナはノートを開き直す。昼に殴り書きした文字を、夜明け前の薄い光の中で別の紙へ写し直す。一か月分。封筒を取りに来た顔。曜日。時刻。封筒の厚み。紙片を一緒に持っていった日。持っていかなかった日。ラウクの無線から拾えた短い命令。
三日が過ぎると、線は勝手に形を持ち始める。
同じ保安官代理が、同じ曜日の、ほとんど同じ時刻に来る。だが封筒の厚みだけが違う。薄い日、重い日、紙幣が二つ折りで詰まった日。その差は売上では説明できない。雨の日でも客の少ない日でも、増えるときは増える。
ヘナはジョアンのノートパソコンから写したブラスラインの輸送表を横に置く。ドギョムが残していった星形の略図も、カウンター下の紙に小さく描き写してある。保安官事務所、銀行、裁判所、リハビリセンター、町長公邸。中心に換気塔。星の片側に、峡谷の迂回路。
封筒が厚くなる日は、峡谷を抜けた輸送箱の数が多い日と一致している。箱が五つなら封筒の厚みも五つぶん増える。二十一番箱が動いた翌朝は、代理がメモを一枚持っていく。B-L-17が消えた翌日は、封筒を数えず胸へ入れ、冷凍庫を見た。
ヘナは一行の横へ小さな点を打つ。点は星形の線へつながる。金は食堂から取られているのではない。食堂を通って、町の別の場所へ報告されている。
昼どき、雨で客が少なくなったころ、扉のベルが鳴る。ディナが入ってくる。四十前後の顔は、昨日よりさらに白い。片手には郡銀行の新しい借り換えローン案内、もう片方の手には、折り目だらけの面会申請書がある。受付印も却下印もない紙だ。水に濡れた端が、まだ乾ききっていない。
「コーヒーだけでいいの」
ヘナはカップを置く。
「食べていって」
「払えないわ」
「焦げたパンは売れない」
ヘナは平たい声で返し、厨房へ入る。ディナはカウンターの端に座るが、膝の上の書類をうまく押さえられない。郡銀行の案内には、低金利、町長財団保証、再起支援というきれいな字が並ぶ。指先はその上で細かく震えている。
「銀行の人が、これなら今月を越せるって」
ディナは笑おうとして、失敗する。
「越したら、次の月が来る」
ヘナはパンの塊を切り分ける。外側は硬く、中はまだ少し温かい。彼女は一瞬だけ店内を見る。窓際の老人は新聞を読んでいるふりをしている。二番テーブルの作業員はラジオに背を向けている。通りにはパトカーがいない。
ヘナはカウンター下から小さく折った紙を出す。ノートの一部を書き写したものだ。顔、時刻、封筒の厚み、輸送箱の数。星形の略図は描かない。だが、峡谷迂回路と箱番号だけは残す。誰かが読めば、ただの帳面ではなく、町の喉を締める記録だとわかる。
紙をさらに二つ折りにし、パンの内側へ差し込む。切れ目を指で押さえ、何もないように戻す。火傷跡のある左手首が一度だけ痛む。夫の死亡通知が三日遅れで来た朝と同じ痛みだ。
「持って帰って。温めずに」
ディナはパンを見る。
「どうして」
「焦げたから」
ヘナはそう言う。ディナは何かを感じたのか、顔を上げる。だが尋ねない。尋ねることが、ここでは人を殺すと知っている。彼女の震える指がパンへ触れた。
その瞬間、カウンターのラジオが曲を切った。ノイズが短く走り、ラウクの冷えた声が店内へ落ちる。
「外郭モーテル一斉点検。サンセットから東へ広げろ。名簿、泥跡、ドアノブ、カメラ。身分証なしの客は全員拾え」
カップを持っていた客の手が止まる。ディナの指はパンをつかんだまま固まる。ヘナはラジオを見ず、彼女の手元だけを見る。
初めて、客へ証拠を渡した。封筒を受け取らせる側ではなく、封筒の向こうを撃つ側へ、ひとりを押し出した。
ディナはパンをバッグへ入れ、面会申請書を落とす。紙はカウンターの下へ滑った。ヘナは拾わない。拾えば、今ここで二人が同じ秘密を共有したことになる。
扉の外で、パトカーのタイヤが水たまりを踏む音がした。ラジオの声は続く。
「ヘナズ・ダイナー周辺も巡回に入れろ。客に袋を持たせるな」
ヘナの手が、カウンター下の空のメニュー表紙へ伸びる。だが指が触れるより早く、入口のベルが鳴った。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
38話 午前二時四分の空白欄
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