燃えた屋根の隙間から保安官官舎の方角を見上げたまま、ドギョムはしばらく動かない。
小型ラジオの中では、もう別の曲が流れている。ルーファスの名も、崖下で横転した廃トラックも、雨に混じった鉄と血の匂いも、一分にも満たないニュースで片づけられた。飲酒。単独。関連なし。
その三つの言葉だけで、人は書類の上から消される。
ドギョムはジョアンのノートパソコンを布でくるみ、焼け跡の奥へ隠す。ヘナとアルマは路地の先、崩れた塀の裏へ移してある。ミゲルはまだ来ていない。なら、今だけは誰も彼を止めない。
彼は煤のついたシャツの内側へ手を入れる。二重の布の奥、冷えた認識票が胸骨に当たっている。薄い金属は雨と汗で冷たく、歩くたびに小さく鳴る。昔、その金属に刻まれた名前で七件の報告書を出した。七件すべてが、机の上ではなく誰かの引き出しの奥へ消えた。
ラウクは、それを読んでいた。
ドギョムは焼け跡を出る。灰色の夜明け前、通りはまだ消防車の水と雨でぬめっている。表では保安官代理が黄色いテープを張り、見物人を遠ざけている。彼は裏の板塀を越え、細い路地を二つ抜け、民家の庭と空き地の境目だけを選んで進む。
保安官官舎は、事務所の裏手から二ブロック離れた低い平屋だ。白い壁は夜の湿気で灰色に見え、ポーチの電球は消えている。だが居間だけに淡い明かりが残っていた。ブラインドの隙間から、椅子の背もたれと男の肩が見える。
ドギョムは裏庭の塀へ手をかける。
濡れた木のささくれが、手首の内側の古いたこを裂く。痛みより先に、湿った熱が指へ落ちる。彼は力を抜かず、体を引き上げる。塀の上へ腹を乗せると、認識票がシャツの内側で冷たく鳴った。
音は小さい。だがドギョムには大きすぎる。
庭に犬はいない。砂利は雨で沈み、足音を殺せる。台所の窓は半分ほど開いている。内側の掛け金は落ちていない。昨日までなら偶然と呼べた。だがラウクの家で偶然はない。開いている窓は、誘いでもあり、隙でもある。
ドギョムは塀の内側へ静かに下りる。
居間の片隅で、ラウクは背もたれ付きの椅子に座っている。カーキ色のシャツの襟は乱れておらず、星形バッジは外して机の上に置かれている。左手に無線機。右手にウイスキーのグラス。グラスの中の琥珀色は減っていない。
眠れない男の酒だ。
椅子の後ろまで、台所の窓から七歩。窓枠を越えるのに二秒。流し台から床へ下りるのに一秒。廊下の影を抜けるのに三秒。椅子の背後で左腕を顎の下へ入れ、右手で後頭部を押す。頸椎を折るまで、残り二秒。
十二秒あれば十分だ。
ドギョムは動かず、その十二秒を頭の中で一度走らせる。窓枠。流し台。床。廊下。椅子。首。グラスが落ちる前に終わる。無線機が鳴っても、声を出す前に終わる。
二度目を走らせる。
今度はラウクの左手が少し早く動く。無線ボタンを押しかける。ドギョムは肩を入れて椅子ごと倒し、喉を潰す。殺すだけなら、その変化も問題にならない。殺すために必要な時間は、いつも短い。生かして壊すために必要な時間のほうが、ずっと長い。
ミゲルの母の名前の横にあった空白が浮かぶ。
死者でもない。生存者でもない。処理を待つ欄。人間を番号へ変え、番号を空白へ変え、その空白を夜明けのラジオで埋める町。ルーファスの名も、いま同じ欄へ押し込まれた。
次に、ジョアンのカメラストラップが浮かぶ。血が固まった黒い紐。資料室の壁に爪で刻まれたJR。廃棄物トラックの荷台で揺れていた、もう一つの黒い布片。ジョアンはどこかでまだ、何かを残そうとしている。
峡谷の底で横転した廃トラックが浮かぶ。垂れた手。何もつかめなかった指先。山道の上で杭を抜く男たち。報告書の見出しを先に作る保安官事務所。
最後に、ヘナの手が浮かぶ。カウンターを拭いていた手。夫の署名を拒んだ夜に焼かれた古い火傷。その横に、新しく刻まれた細い赤い線。グリルを落とし、アルマを押し出し、封筒ノートを胸に入れた手だ。
頭は踏み込めと命じる。
ラウクが明日の朝も生きていれば、また誰かが消える。彼の声ひとつで、教会も学校も食料品店も閉じられる。証拠は燃やされ、空白欄は増え、町長の笑顔はまたラジオで流れる。
ドギョムの右手が、台所窓の鉄格子をつかむ。
五拍、止まる。
一拍目で、血が手首から指へ流れる。二拍目で、認識票が胸の奥で鳴る。三拍目で、ラウクの椅子の背がほんの少し軋む。四拍目で、雨どいから水が落ちる。五拍目で、外套の裾が後ろへ引かれた。
足音はなかった。
ドギョムは振り向かない。手は鉄格子をつかんだまま、肩だけをわずかに沈める。背後の闇に、ユン・ヘナが立っている。黒い外套を肩にかけ、左手首を布で巻いている。息は乱れていない。ここまで後をつけてきたことを、一度も気づかせなかった。
「あなたが今夜あの人を殺したら」
ヘナの声は低い。怒鳴らない。震えもしない。
「明日の朝のラジオには、よそ者の殺人犯ひとりだけが残ります。町長の望む絵そのものです」
ドギョムは窓の向こうを見る。ラウクは動かない。無線機を持ったまま、椅子に座っている。殺せる距離だ。まだ十二秒は残っている。
ヘナの指が、外套の裾から離れない。
「ルーファスさんは飲酒事故にされました。あなたは保安官殺しにされます。ジョアンのノートパソコンも、封筒ノートも、アルマの証言も、全部その見出しの下に埋められます」
「わかってる」
ドギョムは短く言う。
「なら、手を離してくれ。俺が引けば、あいつは明日も命令する」
「殺しても命令は残ります。紙も、無線も、町長も、判事も、銀行も。ラウクひとりの首で止まる町なら、ここまで腐っていません」
雨が庭の砂利を細かく叩く。ドギョムは鉄格子を握る手に力を込める。裂けたたこがさらに開き、血が黒い窓枠へにじむ。
居間の中で、ラウクがグラスを机へ置いた。
その小さな音に、ヘナの指が一瞬だけ強くなる。ドギョムはそこで初めて理解する。彼女は彼を止めに来ただけではない。踏み込めば、自分も一緒に引きずり込まれる覚悟で、ここに立っている。
「殺さないでください」
ヘナは言う。
「壊すなら、見える場所で壊して。あの人が書いた紙の上で」
ドギョムは目を閉じない。閉じれば、ルーファスの手が見える。ミゲルの折れた指が見える。アルマの裸足が見える。だから開けたまま、手を一つずつほどく。
親指。人差し指。中指。薬指。小指。
鉄格子から手が離れる。血が窓枠に細く残る。ドギョムは一歩下がり、塀の影へ戻る。ヘナの横に立つと、彼女の肩が初めてわずかに落ちた。
「教会へ行く」
ドギョムは言う。
「グラディスが用意してます」
「ミゲルは」
「来ます。アルマも歩けます」
「ジョアンのノートパソコンは」と、ヘナが尋ねる。
「焼け跡に隠してある」
ヘナは小さくうなずき、ただ、焼けた手首を外套の中へ隠す。
ドギョムは塀へ手をかける前に、もう一度だけ台所の窓を見る。内側の暗い金属格子には、自分の血が細い線になって残っている。
居間の椅子で、ラウクがゆっくりと顔を向けた。
まるで最初から、窓の向こうに誰かがいることを知っていたように。
彼は無線機を持った手を膝へ置き、しばらく空いたままの台所の窓を見つめる。グラスには触れない。銃にも触れない。ただ、窓の向こうの闇を見て、口元だけをわずかに動かす。
次の瞬間、ラウクの親指が無線機の送信ボタンを押した。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
60話 夜明け前の教会地下室
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