そのエンジン音を、町の北側にある古い鉄道駅の雨はまだ運んでこない。
ドギョムの耳にあるのは、廃トラックの冷えかけたエンジンが金属の腹で鳴らす小さな軋みと、貨物ホームの割れ目へ落ちる雨水の音だけだ。
彼はルーファスの残した廃トラックを、傾いた信号所の百メートルほど手前で止めている。ライトは消してある。ワイパーも止めた。泥に沈んだタイヤ跡はわざと浅く切り、最後だけ軍用ブーツの跡を濃く残した。
荷台の底には空の工具箱。助手席には潰した缶詰の包装紙。運転席の足元には、肋骨をかばうように片側へ重く残した泥の跡。
信号所の入口には、血のついた圧迫包帯の束が見える。
古い寝袋は半分だけ開かれ、缶詰三つは雨を避けるように錆びた制御盤の下へ並べてある。逃げた男が一晩息をつき、また動き出すつもりだったように見せてある。
ラウクなら見る。
見せすぎた餌だと気づく。気づいた上で、餌を食い切った顔をして別の場所を噛みに行く。
ドギョムは信号所へは入らない。貨車の影から、雨に濡れた砂利とホームの段差を挟んで、そこを見ている。
二人いる。
一人は貨物ホームの端、朽ちた木箱の陰に身を低くしている。カーキ色の袖に黒い雨合羽。肩の無線機から細いコードが首の下へ伸び、マイクを唇のすぐ横へ固定している。指は送信ボタンに触れたまま動かない。
もう一人は信号所の壁際、圧迫包帯の束の右側だ。拳銃は抜いていない。代わりに小型カメラを持っている。包帯、寝袋、缶詰、ブーツ跡を一つずつ撮り、証拠としてではなく、ラウクへ見せるために角度を選んでいる。
若い代理ではない。どちらもラウクが紙に残す前の目として使う男だ。
「信号所、確認。包帯あり。血あり。寝袋あり」
壁際の男が低く言う。
無線は雨のせいで少し割れる。返事はない。三秒、無音。もう三秒。
木箱の陰の男が舌打ちする。
「本隊、応答しろ。信号所、対象痕跡あり」
それでも返事は来ない。
ドギョムはその無音を聞き、広場か教会で別のチャンネルが開いていると読む。ラウクはここへ全員を投げていない。鉄道駅には、確認役だけを置いた。自分で来る前に、餌の温度を測らせている。
なら、先に測る手を折る。
ドギョムは貨車の連結器の下を抜ける。雨で濡れた砂利は音を食うが、枕木の上へ体重を乗せれば鳴る。彼は枕木を避け、割れたコンクリートの縁だけを踏む。
木箱の陰の男がもう一度送信しようとした瞬間、ドギョムの左手が背後から伸びる。
無線機のコードを引く。
細い黒い線が男の首へ食い込み、声が喉の奥で潰れる。男は反射で肘を後ろへ振るが、ドギョムはすでに半歩横にいる。右膝を男の肋骨の下へ押しつけ、背骨を木箱の角へ固定する。
「息を吸うな」
短く言う。
男は吸おうとして失敗する。ドギョムは締めすぎない。落とすだけだ。頸動脈の片側へ圧をかけ、無線機を握った手首を外側へ折らず、親指だけを送信ボタンから剥がす。
男の膝が砂利へ落ちる。拳銃の留め具が開きかける前に、ドギョムはホルスターごとベルトから抜き、弾倉と薬室を確認して弾を雨樋の中へ滑らせる。
意識が切れた男を木箱の裏へ寝かせる。首のコードはほどき、気道だけは残す。
壁際の男は、振り向くのが半拍遅い。
「おい、どうし――」
最後まで言えない。
ドギョムは低く走り、貨車の角を利用する。男が拳銃へ手を伸ばすため肘を引いた瞬間、その肘を貨車の鉄の角へぶつける。骨が硬い音を返す。男の体が前へ浮き、逃げる力が上へ逃げる。
ドギョムはその腕を取り、反対方向へ押し込む。
関節は曲がる方を間違えた時だけ、短く抵抗する。それから負ける。
男の口が開く。
悲鳴が出る前に、ドギョムは信号所に置いておいた汚れた布をその口へ押し込む。男は目を剥き、足で砂利を蹴る。ドギョムは首ではなく肩を押さえ、肘の壊れた腕へ余計な力が入らない角度で地面へ沈める。
殺さない。だが今夜はもう何も撃てない。
「無線」
男は布を噛まされたまま首を振る。ドギョムは合羽の内側を探り、小型無線を抜く。チャンネルは通常網ではない。鉄道駅用に短く切った予備線だ。送信履歴は少ない。信号所確認、痕跡あり、それだけ。
本隊ではない。
ドギョムは男の肩を貨車の側面へ押しつけ、腰の結束帯を抜き取る。二人分の手首を背中側で縛り、足首は貨車脇に積まれた古い坑木へ別々に固定する。口の布は外さない。鼻で息ができる角度だけを残す。
雨は強くなる。
貨物ホームの端から、広場の方角の光は見えない。教会の方角も暗い。町は同時にいくつもの場所で息を止めているはずなのに、ここだけが錆びた鉄と水音に閉じられている。
ドギョムは壁際の男が持っていたカメラを拾う。画面には信号所の中が映っている。血の包帯、寝袋、缶詰。さらに最後の一枚は、ドギョムがわざと残したブーツ跡ではなく、包帯の脇の砂利に落ちた雨粒の広がりを撮っていた。
この男が自らの判断で撮った写真ではない。角度が低すぎる。雨脚を測るような写真だ。
ラウクが現場へ来る前に、自分で欲しがる情報。足跡ではなく、いつ置かれたか。血ではなく、乾き方。寝袋ではなく、湿り方。
『鉄道駅には俺が行く』
無線で流れたラウクの一行を、ドギョムは思い出す。
あの言葉は、部下へ聞かせる命令であり、ドギョムへ見せる看板だった。
鉄道駅へ本隊を寄せるなら、ここにもっと足跡がある。車両のタイヤ痕が三本以上重なる。貨物ホームの南側を押さえる狙撃位置にも人がいる。
ない。
ラウクは餌を半分だけ噛んだ。
残りの歯は、広場と教会へ向けたままだ。プライスの壇上で崩れる言葉。グラディスの端末。ヘナの胸元の写し。ジョアンとアルマ。
ドギョムの手が一瞬止まる。
まだ知らない。だが配置はそう言っている。教会は叩かれている。広場はまだ燃えている。ラウクはその両方を見ながら、自分だけここへ抜けてきた。
「……俺を止めに来たんじゃない」
縛られた男が布の奥でうめく。ドギョムは見ない。
「俺に選ばせに来た」
鉄道駅にいれば、ラウクを止められる。離れれば、ラウクは背後から広場と教会へ戻る。ここで時間を使わせること自体が、ラウクの狙いでもある。
ドギョムは二人の無線機を壊さない。一台は貨車の下へ蹴り込み、もう一台は受信だけ残して自分のポケットへ入れる。ラウクの声が拾えるなら、まだ使える。
遠くで雷が鳴る。
そのあとに、別の音が混じる。
規則正しい足音だった。
軍用ブーツが濡れたコンクリートを踏む音。急がない。隠れない。貨物ホームの端から、一歩ずつ近づいてくる。雨の中でも間隔が乱れない。
ドギョムは貨車の陰から顔を上げる。
信号所の向こう、古いホームの端に黒い外套の輪郭が立っている。カーキ色のシャツの胸で、銀色の星形バッジが一瞬だけ雨を弾く。
カール・ラウクは縛られた部下二人を見て、それからドギョムを見る。
彼の右手は拳銃の近くにある。左手には無線機。
そして低い声が、雨の駅へ落ちた。
「遅かったな、ソ・ドギョム。教会の車は、もう出たぞ」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
97話 雨の線路に沈む拳銃と声
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