赤く滲んだ空の下で、広場の大型スクリーンが一度だけ黒く落ちる。
プライス町長はマイクに手を置いたまま、まだ笑顔を残そうとしている。五者の会計表、午前二時四分の七行、フィントンの印影。その全部をシステムエラーと言い切るには、画面は長く映りすぎた。家族席の住民はもう壇上を見ていない。自分の紙、自分の写真、自分の記憶の中の番号を、スクリーンの数字と照らし合わせている。
次の瞬間、画面が切り替わる。
大型スクリーンいっぱいに、夜のリハビリセンター裏庭が映る。上空からの映像だ。雨に濡れたアスファルト、搬入口の白い灯、灰色の作業服を着た人々の列。彼らは頭を下げ、両手を前で縛られたまま、一人ずつトラックの荷台へ上げられている。
「これは……ライブか?」
記者席の誰かが呟く。
映像の端で、赤い小さな表示が点滅している。ミゲルが学校屋上から飛ばした一機目のドローンだ。風にあおられ、画面は時折揺れる。だが焦点は外れない。荷台の側面に塗られた文字がはっきり映る。
BRASSLINE。
客席から、息を飲む音が広がる。
作業服の袖がずれ、手首の輪が見える。五桁の識別番号。白いプラスチックの内側に赤い発信灯が三秒ごとに光る。前列にいた老女が、自分の膝の上の紙を落とす。別の男は立ち上がったまま、声も出せず画面を指さしている。
「番号を拡大してる」
州知事随行の記者の一人が携帯端末を取り出す。すぐ隣の二人も同じように画面を撮り、メモ欄へ走り書きを始める。町長の原稿ではない。壇上の飾り文句でもない。いまこの瞬間、郡リハビリセンターの裏庭で人が荷物として積まれている映像だ。
中央後方に座っていた郡検察のオブザーバーが、ゆっくり膝の上の革鞄を開ける。中から出したのは端末ではなく、黒い表紙のノートだった。彼は最初のページに時刻を書き、次に「Brassline truck」「visible bracelets」「live drone feed」と英語で短く記す。
プライスの手がマイクの上で止まる。
「皆さん、これは確認されていない――」
声が薄い。さっきまで広場を包んでいた公的な響きは、もうない。彼の背後の大型スクリーンでは、男が作業服の女の肩を押し、荷台の奥へ詰めている。女が振り返りかけると、黒い雨具の男が顔を隠すようにライトを上げる。
だがドローンは逃がさない。
角度が変わる。上から荷台の内側が映る。床には黒いビニールシート。壁には固定ベルト。人を座らせるためではなく、動かない荷を縛るための金具が並ぶ。その金具の横で、三人分の手首が白く浮かぶ。識別番号は、雨粒より鮮明だった。
「カットしろ!」
舞台脇のスタッフが叫ぶ。だが音響卓にいた男は手を動かせない。彼の隣で、州知事随行の警備員がすでに無線を耳へ押し当てている。切れば誰が切ったか、全員から見える位置にいた。
広場の端、東入口と西側通路に散っていた外部の暴力要員二人は、ようやく動きかける。だが拳を振り上げる相手がいない。住民は怒鳴らない。走らない。ただ画面を見ている。記者のカメラは彼らではなく、ブラスラインのロゴと手首の番号を追っている。
二人は互いに目を交わし、封鎖が解けた入口の方だけをうかがう。
騒ぎを起こせば、もう外部勢力では済まない。MALONE TRANSPORTの支払い注記を見た直後に暴れた男たちとして、画面の外側まで記録される。プライスが用意した「よそ者が町を襲った」という絵は、舞台脇で始まる前に崩れていた。
プライスはそれでも口を開く。
「ブラスヒルは、事実確認を――」
そのときだった。
南側の峡谷山道出口の方から、重い爆発音が押し寄せる。
音は一つではない。最初の低い衝撃が広場のテントの骨を震わせ、続く鈍い破裂が腹の奥へ届く。大型スクリーンの支柱がきしみ、吊られた星条旗が雨の中で乱れる。客席の誰かが悲鳴を上げ、今度こそ人々が腰を浮かせる。
広場の南の空が、赤く明るくなる。
「倉庫……」
記者の一人が携帯端末を握ったまま声を漏らす。
フィントンの鞄にあった座標。マローンの薬品倉庫。零時に爆破するはずだった場所。それが、予定を待たずに吹き飛んだ。
プライスの顔から血の色が引く。
彼はまだマイクを握っている。だが喋らない。いや、喋れない。スクリーンの中では、リハビリセンター裏庭の積み込みが爆音に反応して止まり、黒い雨具の男たちが南の空を振り返っている。彼らにも予定外なのだと、その動きだけでわかる。
学校屋上で、ミゲルは歯を食いしばる。割れた下唇から血が滲む。右手の固定した指は震え、操縦スティックの上でうまく曲がらない。
「戻らなくても、映ればいい」
彼はもう一度、同じ言葉を吐く。
赤い一機目はリハビリセンター裏庭に残す。黒い二機目の画面を開く。峡谷山道出口、郡道八十一号線南側分岐、廃鉱進入路。バッテリー残量は少ない。雨粒がレンズを叩き、警告表示が端で点滅している。
それでもミゲルは黒い機体を南へ押し出す。
画面が暗い山道を滑る。爆発の火が雲の下を赤く照らし、濡れた道に二本の光の筋が走る。次の瞬間、黒いピックアップが一台、煙の縁から飛び出す。続いて二台目。どちらもヘッドライトを半分殺し、峡谷本線ではなく、廃鉱進入路の方へ曲がる。
「そこだ……」
ミゲルの声は喉で割れる。
広場のスクリーンはまだ生きている。赤いドローンの映像の端に、黒いドローンの小窓が割り込む。技術的な美しさはない。画面は荒れ、音声もない。それでも二台の黒いピックアップが、爆発直後に廃鉱へ逃げ込む姿は、隠しようがないほど明確だった。
郡検察のオブザーバーが立ち上がる。
三人の記者が同時に送信ボタンを押す。
そしてプライスの背後で、スクリーンの小窓が最後に大きく揺れた。二台目のピックアップの荷台後部が一瞬だけ開き、雨の光に白い布が見える。布の下で、誰かの裸足が跳ねた。
ミゲルの息が止まる。
画面の端に、廃鉱進入路の座標が白く浮かぶ。彼は震える左手で無線機をつかみ、鉄道駅の闇へ向けて押し込む。
「ドギョムさん。姉さんたち、D-3へ入ります」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
100話 廃鉱D-3への疾走
次の話