警備詰所の若い男は、来訪者名簿にソンロクの名を書かせる間も、左手を机の下へ隠していた。
門は軋む音を立てて開いた。引っ越しトラックが中へ進むと、倉庫の構内にはコンテナの列と古いフォークリフト、油の染みた白線が広がっていた。本館地下の磨かれた床とは違う。ここでは何も隠されていないように見えて、痛みだけが紙の下へ押し込まれていた。
「支援勤務のパク・ソンロクです」
ソンロクが書類を差し出すと、若い男は右手だけで受け取った。動きがぎこちない。名札には、ペ・ミョンスと丸い字で記されていた。
「警備はテガンの直雇いですか」
ジェユンが小さく尋ねると、ミョンスは一瞬だけ目を上げた。子どもに答える必要はない、という顔をしかけて、すぐに苦く笑った。
「違うよ。ハンソン警備。ここにいるだけで、テガンの人間じゃない」
事務室へ向かう途中、食堂の裏口から湯気が流れてきた。大鍋をかき混ぜていた中年の女が、濡れた手を前掛けで拭きながら顔を出す。
「新しく来た人? 運転手さん?」
「はい。パク・ソンロクです」
「私はチョ・スネ。食堂だけど、ここじゃなくてミジン給食の所属。ご飯が冷たかったら、テガンじゃなくて私に怒鳴るのよ」
冗談の形をしていたが、笑いは薄かった。奥の長机には、下請け工場の運転手たちが紙コップの水を飲んでいた。背中にそれぞれ違う会社名が縫い付けられている。テガン部品、セイル運送、東海梱包。だが運んでいる荷は、すべてテガンのラインへ向かうものだった。
ジェユンは歩きながら、その分断の線を目でなぞった。ソウルでは運転手と警備員を福利基金という一枚の紙で縛った。ここでは同じ門の内側にいる人間を、所属会社の名前で細かく切り分けている。怪我をしても、遅配が出ても、誰が責任を取るのか曖昧になるように。
事務室の前で、ミョンスが追いついてきた。左手のハンカチを替えるためだろう。廊下の隅に置かれた流し台へ向かう途中、布がほどけた。
人差し指の付け根から第一関節にかけて、赤黒い裂け目が走っていた。傷口はまだ湿っており、縁が白くふやけている。昨日今日の傷ではない。何度も開き、乾く前にまた働かされた傷だった。
「病院には」
ジェユンの声は小さかった。
ミョンスは慌てて布を巻き直した。
「行ったよ。薬局に」
「病院じゃなくて?」
「病院へ行ったら、受付で事故場所と会社名を書くだろ。そうすると面倒になる」
面倒になる、という言葉で済ませるには深い傷だった。ミョンスは流しの蛇口をひねり、歯を食いしばりながら指先を濡らした。
「コンテナの扉ですか」
ジェユンが言うと、ミョンスの肩が揺れた。
「なんで分かる」
「縁で裂けた形に見えました。挟んだのではなく、引っかけて切れた傷です」
ミョンスは返事をしなかった。子どもがそんな見方をすることへの警戒と、誰かに分かってもらった戸惑いが、顔の上で短くぶつかった。
ミョンスが傍らの事務机に置いた紙は、門の外から見えた個人不注意確認書だった。氏名欄にはまだ空白が残っていたが、事故状況の欄には先に文章が打たれている。
本人が安全確認を怠り、コンテナ扉を無理に開閉したため発生した負傷である。会社設備および作業指示とは無関係であることを確認する。
ジェユンは紙から目を離せなかった。ソウルで見た福利基金先払い同意書も、こういう形だった。空白の署名欄の周りを、すでに誰かの都合で固めておく。本人は最後に名前を置くだけになる。紙は支援ではなく、責任を弱いほうへ流す溝だった。
「これ、ミョンスさんが書いたんですか」
「俺が書く前から、机にあった」
ミョンスは笑おうとして失敗した。
「倉庫長が、仕事を続けたいなら早く済ませろって。労災にすると、俺の派遣会社が契約を切られる。派遣会社は俺を切る。そうしたら、誰も怪我なんかなかったことにできる」
ソンロクは何も言わず、確認書を見ていた。会長車の運転席にいたとき、彼は事故の処理書類を外から眺める側だった。だが今は違う。紙の前で立たされる人間の側に、父自身が落とされていた。
そのとき、倉庫の奥から年配の男が歩いてきた。腹の出た作業服の胸に、テガン物流第三倉庫長と刺繍された札がついている。男はミョンスの左手を一瞥しただけで、机の紙を指で叩いた。
「それ、今日中だ。門番が片手で突っ立ってると、入出庫が詰まる」
「はい」
ミョンスは反射的に答えた。
倉庫長は次にソンロクへ向いた。
「ソウルから来た運転手か。会長車にいたそうだな」
「以前は」
「ここじゃ会長は乗せない。パレットと部品と、時間に遅れた下請けを運ぶ。余計な顔はするな」
倉庫長は事務員に顎をしゃくった。棚から出されたのは、紺色の古い作業服だった。肘のところが白く擦れ、胸のテガンの刺繍は糸がほつれている。
「制服はこれだ。サイズが合わなくても我慢しろ。倉庫内はそれ以外で歩くな」
ソンロクの表情が一瞬だけ固まった。ソウルで着ていた黒い制服は、会長専用車の運転手であることを示す鎧でもあった。今渡された作業服は、誰が着ても同じになる布だった。
「分かりました」
父はそう言って受け取った。声は崩れなかった。だが作業服を畳む手は、少しだけ遅かった。
ジョンヒは荷物の手続きのため外へ戻り、ジェユンは事務室の隅に立ったまま、壁の掲示物を見た。入出庫予定表、派遣会社別勤務表、食堂納品時間、下請け部品車両の連絡先。どの紙にもテガンの名前があるのに、責任者欄だけは別々の会社名で埋まっている。
本館では、会長専用車が一台動けば多くの人間が黙って道を空けた。ここでは、数十台のトラックと臨時職と調理員と警備員が、互いの名前も雇用元も違うまま、同じ重さを支えている。会長車のドアが届かない場所のほうが、テガンの重みは細かく砕かれ、逃げられない隙間へ入り込んでいた。
『ここが底じゃない。底を見せないための床だ』
ジェユンはそう思った。
午後の受け入れ手続きが終わる頃、ソンロクは作業服に着替えていた。肩幅は合っているが、袖丈が短い。黒い外套の頃よりずっと小さく見えた。彼は車両キーの束を引き継ぎ、一つずつ番号を確認した。小型トラック、フォークリフト、古い一トン車。どれも会長車のように磨かれてはいない。
「父さん」
ジェユンが呼ぶと、ソンロクは短く振り向いた。
「大丈夫だ」
先にそう言ったのは父だった。何が大丈夫なのか、誰にも分からなかった。だがジェユンは頷いた。
「……はい」
ミョンスが確認書を胸に抱えたまま、警備詰所へ戻ろうとしていた。スネは食堂の戸口からそれを見て、何か言いたげに唇を結んだ。下請け運転手たちは、見ていないふりをしてコップを置いた。誰も無関係ではないのに、誰も同じ会社ではない。その距離が、紙よりも厚い壁になっていた。
夕方、倉庫の蛍光灯が一斉に点いた。外ではコンテナの影が長く伸び、正門の鷲の紋章が黒く沈んだ。ジェユンはノートを開き、日付の下に書いた。
ペ・ミョンス。左手人差し指。コンテナ扉。個人不注意確認書。ハンソン警備。
その横に、福利基金同意書と小さく書き添えた。形は違うが、仕組みは同じだった。弱い者に先に名前を書かせ、あとから会社の負債を背負わせる。父を牙山へ落とした力は、ここでは毎日、もっと安い紙で人を押し潰していた。
ノートを閉じようとした瞬間、倉庫長が事務室の扉を乱暴に開けた。
「パク・ソンロク。今夜、走れるな」
ソンロクはキーの束から顔を上げた。
「どこへですか」
「釜山の下請け工場だ。部品が足りない。夜のうちに積んで運べ」
倉庫長は配送表を一枚投げるように机へ置いた。出発欄は空白だった。到着予定だけが赤ペンで囲まれている。
「公式の運行日誌は?」
ソンロクが尋ねた瞬間、事務室の空気が変わった。ミョンスが警備詰所の窓からこちらを見た。スネの鍋を混ぜる音も止まった。
倉庫長は笑わなかった。
「別に書かなくていい。今夜の車は、最初からなかったことにする」
ジェユンの指が、閉じかけたノートの表紙に食い込んだ。釜山、下請け工場、空白の出発欄。ここでもまた、記録のない車が夜へ押し出されようとしていた。
財閥家の末息子ではなく、財閥家の運転手の息子に転生した
20話 消される夜間運行記録
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