スネの手から受話器が少しずれ、黒いコードが長机の角に触れて揺れた。
「……マンシクさんからよ。天安で、廃業した整備工の家が一軒、もう荒らされたって」
誰もすぐには声を出さなかった。さっきまで門の外に残っていた黒い乗用車の排気の匂いが、まだ事務室の窓際に沈んでいるようだった。
ジェユンは、帳面の上に置いた鉛筆をもう一度握った。
「けが人は」
スネは受話器を押さえ、短く聞き返した。
「家の人は無事。裏口の錠を壊されて、棚と押し入れを全部開けられたって。……日誌が見つかったかどうかは、まだ分からないそうよ」
「マンシクさんに言ってください。確認に行く人を一人にしないでください。家の中で探すより、誰が来たかを聞くほうが先です」
スネがそのまま伝える。ミョンスは門番日誌を抱えたまま立ち、唇を噛んでいた。
「本社の車が帰って、すぐかよ」
「偶然なら、もっと遅いはずです」
ジェユンは事務室の壁を見た。倉庫長が剥がしかけた古い配送表の糊跡が、茶色く残っている。剥がされた紙そのものはなくても、貼ってあった場所は消えない。
午前中にパク・ギチョルが事務室まで下りてきた時の声を、ジェユンは頭の中で何度も戻した。会長関連の夜間車両。別荘、城北洞、外部整備先。ある日付の前後。写しも控えも残すな。
ギチョルは最後まで、日付を口にしなかった。ジェユンの監査かという問いにも答えず、ただ探し出せと倉庫長へ圧力をかけていた。だが本当に監査なら、日付は必要だった。範囲も、部署も、保管責任者も紙に残す。それをしないのは、記録を集めたいのではなく、記録が結びつく前に潰したいからだった。
倉庫長はいつものように怒鳴らなかった。ギチョルの横で腹を押さえるように立ち、昔の記録など倉庫にはないと曖昧に笑っただけだった。あの顔は、知らない者の顔ではない。知っていて、触れれば自分まで泥を被ると分かっている者の顔だった。
ソンロクも同じだった。
父はギチョルから「父親を二度も巻き込みたくなければな」と言い捨てられた時、そこから一歩も動けなかった。言い返そうにも声が出ず、胸の奥にある古い夜が、足首を固くつかんでいるようだった。
ジェユンはそれを見なかったふりで帳面を閉じた。
「父さん」
「何だ」
「今日の運行補助簿、見せてもらえますか」
「今か」
「今です」
ソンロクはしばらく黙り、机の引き出しから薄い補助簿を出した。ジェユンは今日の出入りではなく、最近二週間の遅延欄を見た。雨の日の平沢だけではない。群山行きの小型箱、天安の戻り便、大田第一部品の納品待ち。遅れた理由が、道路事情ではなく本社配車の未確定になっているものが混じっていた。
『不利な動線を消すだけじゃない』
ジェユンはページをめくった。
『物流そのものを悪く見せる数字を作っている』
テガン物流を安く売る。そのために現場の遅延を増やし、下請けのせいにし、決済を止める。古い事故の記録を消す動きと、物流売却の前処理が、同じ時期に重なっていた。
その夜、ジェユンは家へ戻らなかった。食堂裏の灯りを落とし、事務室の片隅にある黒電話を借りた。スネは食堂の表に鍵をかけ、ミョンスは門番室へ戻ったふりをして、外の車の出入りを見た。
最初にオ・マンシクへかけた。
「天安の家は」
「棚をひっくり返されただけだ。床下までは見ていない。だが明け方までそこに置くのは危ない。俺が動かす」
「一人で行かないでください」
「分かってる。昔のタクシー仲間を二台つける」
「それと、最近の納品遅延を日付でください。公式配車が遅れた日、現場が待たされた日、下請けが責任を取らされた日です」
受話器の向こうで、マンシクの呼吸が一度止まった。
「古い日誌じゃなくて、今の物流か」
「つながっています。ギチョルが古い紙を探す理由は、売る前に余計な線を消すためです」
「誰に売る」
「まだ名前は見えていません。でも本社が物流を残すつもりなら、こんなに急ぎません」
マンシクは低く舌打ちした。
「分かった。運転手班で、遅配扱いにされた日を拾う。だが公式表だけ見るなよ。配車が出なかった日ほど、表はきれいだ」
「だから電話しました」
次に、ミョンスへかけた。門番室の電話は二回でつながった。
「門番日誌を開けますか」
「今、開いてる」
「本社からの電話があった日、食堂へファクスが来た日、出発時刻が空欄のまま車だけ出た日を分けてください」
「決済の保留は?」
「それも。下請けの運転手が、受領は出たのに支払いが止まったと言っていた日があるはずです」
ミョンスは紙をめくる音を立てた。
「多いぞ」
「多いほうがいいです。同じ理由で止まっているなら、線になります」
「お前、今度は何を作る気だ」
「遅れの表です」
「表で、本社が止まるのか」
「止まらなくても、売る相手は見るかもしれません」
しばらく沈黙があった。やがてミョンスは、分かった、とだけ言った。若い声だったが、もうただの門番の声ではなかった。
ジェユンは受話器を置き、補助簿、門番日誌の写し、食堂のファクス控えを三つに分けて並べた。日付はまだばらばらだった。だが、同じ週に遅延と決済保留が重なっている。さらに、その直後に本社管理チームが古い記録の回収へ動いている。
ソンロクは向かいの椅子に座っていた。何かを言いたそうにしながら、結局言わなかった。父の沈黙は、前より重かった。知らないふりではない。まだ言えないまま、息子の紙が自分の過去へ近づいていくのを見ている沈黙だった。
午前零時を少し過ぎた頃、事務室のファクスが突然鳴った。
全員が顔を上げた。こんな時間に本社から紙が来る時は、たいてい現場へ責任を押しつける時だった。
ジジッ、という音とともに、薄い用紙が吐き出される。宛先は忠南牙山第三倉庫、と打たれていた。
ソンロクが手を伸ばしかけたが、ジェユンが先に紙の端を押さえた。熱を持った感熱紙には、まだインクが濃く浮いていた。
発信元はソウル本社企画調整室。
文書名は、テガン物流構造調整検討。
起案欄には、ハン・ドギョムの名前があった。
「間違いファクスか」
ミョンスが小さく言った。
ジェユンは答えなかった。間違いではない。深夜の一斉送信で、どこかの番号が混ざっただけだ。あるいは、現場の末端へ見せしめとして先に落とすつもりだった紙が、ここへ流れたのだ。
一枚目には、営業損失の改善案と書かれていた。下請け単価調整。配送拠点効率化。非収益路線整理。見慣れた言葉ばかりだった。だが二枚目に入ると、表現は急に冷たくなった。
人員削減予定。
系列会社分離日程。
外部資本受け入れ前、負債および遅延損害整理。
忠南牙山第三倉庫、一次対象。
ジェユンは紙を折らなかった。感熱紙は折り目がつく。あとで誰かが見れば、読んだことが分かる。
ハン・ドギョムの動きは、思っていたより速かった。物流売却は検討ではない。もう結論が出ている。現場の遅延も、決済保留も、ギチョルの古い記録回収も、売る前に数字と過去を整えるための同じ作業だった。
この倉庫で飯を炊くスネの席も、門番日誌を書くミョンスの詰所も、ソンロクがようやく自分の字で運行を残し始めた机も、ソウルの図面の上ではすでに消しゴムをかけられていた。
ジェユンは最後の欄を見た。
一次整理対象者名簿、別紙参照。
吐き出された三枚目の上端に、最初の名前が現れた。
パク・ソンロク。
財閥家の末息子ではなく、財閥家の運転手の息子に転生した
32話 安値売却を暴く一覧表
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