杖の先が俊瑞の胸元で止まった。
練武場の空気は、泥に落ちた墨のように重く広がった。末端弟子たちは膝をついたまま顔を上げられず、小平は割れた板の欠片を握ったまま指を白くしている。郭進は医薬堂の戸口で左腕を吊り、唇を噛んでいた。
閔光は冷たい目で俊瑞を見下ろした。
「跪け」
俊瑞は一拍だけ郭進の呼吸を見た。熱で倒れそうな顔ではない。布の滲みも昨日より少ない。それを確認してから、彼はゆっくり膝を折った。
趙傑の口元に笑みが戻る。
「ようやく分を知ったか」
閔光は横へ手を伸ばした。従者が火皿を運んでくる。乾いた薪の上には、すでに細い火が立っていた。
「帳簿を出せ。割れた板もだ。今ここで燃やす」
小平の肩が跳ねた。薬材出納表は彼の懐にある。隠したところで、探られれば終わりだ。俊瑞は小平を見ずに言った。
「その前に、三日分だけ読み上げさせてください」
「口答えは許さん」
「処罰を逃れるためではありません。長老が罰する対象を、正確に知っていただくためです」
練武場の端で誰かが息をのんだ。閔光の眉間がわずかに動く。杖の石突きが地面を押した。
「読め。だが一言でも詭弁を弄せば、その口から先に打つ」
俊瑞は懐から折り畳んだ紙を出した。墨は滲み、端は指の跡で黒くなっている。立派な帳簿ではない。だが空白ではなかった。
「一日目。末端弟子二十六名中、基礎功に出た者は九名。歩法は六名。対練で負傷した者は三名。処置記録あり、一名」
趙傑が鼻を鳴らした。
「弱い者が勝手に怪我をしただけだ」
俊瑞は続けた。
「二日目。基礎功十三名。歩法十名。対練の負傷は一名。処置記録あり、一名。郭進の布替えは五回、熱の確認は六回。傷口の悪化なし」
郭進が自分の名に肩を震わせた。彼のそばにいた末端弟子が、思わず吊られた左腕へ目を向ける。昨日までなら、郭進は弱い者として笑われていた。だが今は、悪化しなかったという事実が、はっきりそこに立っていた。
俊瑞は紙をめくった。
「三日目。基礎功十七名。歩法十五名。対練の負傷は零。基礎剣一式の成功回数は、初日二十七回、二日目三十九回、三日目五十二回。対練時間を短く分け、回復欄を置いた後、成功回数は増えています」
ざわめきが低く起きた。末端弟子たちは互いの顔を見た。自分たちが増えていたことに、言われて初めて気づいた者もいた。
閔光の目は変わらない。
「数字を並べれば武功が上がるとでも?」
「数字は武功ではありません。ただ、どこで血が流れ、どこで時間が詰まり、どこを直せば弟子が立てるかを示します」
俊瑞は次の紙を小平へ向けて差し出した。小平は震える手で受け取り、そこに自分の汚い字があるのを見て顔を歪めた。
「薬材支給の記録です。初日、止血布の残数が合わなかった回数は二回。二日目は一回。三日目は零。小平が木札を付けてから、誰が何を出したかが残りました」
「俺は……」
小平の声は小さかった。
「俺は、ただ書いただけだ」
「それで減りました」
俊瑞が答えると、小平は黙った。練武場の隅で、誰かが「本当に郭進は膿んでない」とつぶやいた。別の者が「昨日、歩法の順番を見て並んだ」と返す。ざわめきは、閔光の杖の前でも完全には消えなかった。
趙傑が一歩踏み出した。
「くだらん」
彼は俊瑞の肩を乱暴に押した。跪いた姿勢のまま、俊瑞の身体が横へ傾く。紙が地面に散った。
「数字で武功を裁く気か。何回振った、何人来た、布を何枚替えた。そんなもので剣が速くなるか。敵が帳簿を見て待ってくれるのか」
「敵は待ちません」
俊瑞は地面に手をつき、倒れきらずに答えた。
「だから、負傷者を出す場所を減らします。立てる者を増やします。空の薬箱をなくします」
趙傑の目が怒りに濁った。彼の手が剣の柄へかかる。その時、練武場の外から別の声が響いた。
「何を騒いでいる」
声は高くなかった。だが兄弟子たちまで一斉に背筋を伸ばした。山門の方から、青灰色の長袍をまとった男が歩いてくる。痩せてはいないが、無駄な力みのない身体。腰の剣は古びているのに、鞘の口だけがよく磨かれていた。
門主、韓白林(ハン・ベクリム)だった。
閔光もわずかに頭を下げた。
「門主。下級弟子が帳簿を掲げ、門派の秩序を乱しました。杖刑を執行するところです」
韓白林は俊瑞を見た。次に、地面に散った紙、割れた板、郭進の吊られた腕を順に見た。
「下級武人が帳簿か。滑稽な話だ」
その言葉に趙傑の顔が明るくなる。だが韓白林は笑わなかった。
「郭進」
名を呼ばれ、郭進は慌てて膝をついた。
「腕を見せろ」
「は、はい」
郭進は震えながら布を少し外した。傷はまだ赤い。だが膿は出ておらず、周囲の腫れも大きくはない。韓白林は医薬堂の弟子へ視線を向けた。
「悪化しているか」
医薬堂の弟子は青ざめた顔で首を振った。
「い、いいえ。熱も下がり始めています。布替えの時刻を見ていたので、遅れませんでした」
韓白林はしばらく黙った。練武場では、火皿の薪がぱちりと鳴った。
「閔光」
「はい」
「杖刑は保留する」
趙傑が目を剥いた。閔光の白眉がぴくりと動く。
「門主。これは規律の問題です」
「分かっている。だから保留だ。許したとは言っていない」
韓白林は俊瑞へ歩み寄り、地面の紙を一枚拾い上げた。そこには出席と負傷の数が並んでいる。
「李俊瑞。お前の帳簿が役に立つと言うなら、練武場の隅ではなく外で証明しろ」
俊瑞は顔を上げた。
「外、ですか」
「数日後、雲星商団が洛陽の西へ絹を運ぶ。護衛が足りん。末端から六人を付ける」
末端弟子たちの間に緊張が走った。商団護衛は雑用ではない。道中に山賊が出れば、真っ先に血を見る仕事だった。
韓白林は続けた。
「その六人を、お前の表で動かせ。役割を決め、負傷を抑え、商団を無事に通せ。できれば、この滑稽な帳簿にも少しは意味があると認めてやる」
閔光が低く笑った。
「門主がそうお決めなら従いましょう。ただし失敗すれば、帳簿ごとこの者を流河門から追い出すべきです。下級弟子を惑わせた責は軽くありません」
「よかろう」
韓白林の返答は短かった。
「李俊瑞。受けるか」
小平が青い顔で俊瑞を見た。郭進は吊った腕を押さえ、声も出せない。趙傑は、すでに失敗を見物する顔をしていた。
俊瑞は散った紙を拾い集めた。火皿の熱が頬に触れる。前世で火に呑まれた瞬間の熱とは違う。今度は、燃える前に配置を変えられる。
「受けます」
声は大きくなかった。だが揺れてはいなかった。
韓白林が踵を返すと、練武場の緊張が一気に解けた。だが解放ではない。猶予が与えられただけだ。閔光は去り際、俊瑞の横で足を止めた。
「紙で人が生きると思うなら、山道で試すがいい。戻れぬ者の名も、きれいに書いてやれ」
その言葉を残し、長老は火皿を下げさせた。帳簿は燃えなかった。割れた板も、黒くならずに俊瑞の手の中へ残った。
夕刻、倉庫の前に正式な護衛名簿が貼り出された。末端六人。小平の名があり、俊瑞の名があり、そして一番下に、左腕を吊ったままの郭進の名があった。
出発は三日後の辰刻。
俊瑞は名簿の前で立ち止まった。体系を証明する場は、確かに用意された。だがその紙は同時に、失敗すれば最初に折れる者の名を、すでに示していた。
剣気より業務マニュアル 下級武人になった大企業代理、帳簿一冊で長老を裁く
6話 峡谷前に響いた二回笛
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