外縁睡眠膜五の十七個のタグは、熱分布図の端で小さな灯のように震えていた。
「十二分です」ラオンがもう一度言った。「最低温度まで、十二分。局所的にはもっと早いかもしれません」
イソは破れた割当表を握り直した。さっきまで混合宿舎への移動を拒んだ家族たちだ。自分たちだけで固まれば安全だと信じ、通路の奥に毛布と荷物で壁を作っていた。いま、その壁の内側から熱が抜けている。
「ミンジェ、通路を開けます。酸素ホースを持ち上げて。ラオン、十七人の名前を読み上げて。呼ばれた家族に返事をさせて」
「了解」
ドヒョンが低く言った。
「強制移動は認めていない」
「強制ではありません。救出です」
イソは振り返らなかった。中央宿舎の外側に座っていた整備班と親たちへ声を投げた。
「手が空いている人は通路へ。毛布を一枚ずつ持って。さっき私に怒鳴った人も来てください。今度は、あなたたちの声が必要です」
一瞬、誰も動かなかった。だが混合宿舎一の内側で震えていた老人の娘が立ち上がった。彼女はまだ泣いた目をしていたが、毛布を抱えて言った。
「母を見ていて。私、行く」
それで空気が変わった。さっきまで境界を守ろうとしていた人々が、今度は境界を破るために立った。イソは先頭に立ち、狭い連絡通路へ体を滑り込ませた。床には荷物が散乱し、酸素ラインが足首の高さで交差している。外縁へ近づくほど、膜の内側に触れた肩が冷たくなった。
「外縁五、聞こえますか。ここを開けてください」
返事は怒声だった。
「来るな! 子どもを連れて行かせない!」
「連れて行きます。親ごとです。家族は離しません」
「嘘だ。さっきの表で、隣に知らない男の名前があった!」
「その知らない男の体温が、あなたの子どもの肺を動かします」
言葉が届いたかどうかはわからなかった。中で誰かが咳き込み、別の誰かが低くうめいた。イソはミンジェに目で合図した。ミンジェは酸素ホースを肩にかけ、両手で荷物の山を持ち上げた。
「どかします。中の人、足を引いて!」
入口を塞いでいた折り畳み寝台が横倒しになり、隙間が開いた。凍った空気が流れ出す。火星の外気ではない。だが人が生きる場所の空気としては、あまりに冷たかった。
最初に見えたのは、膝を抱えた少年だった。唇が紫に変わり、母親の腕をつかんだまま目の焦点が合っていない。ハリンが背後から滑り込み、瞳孔を確認した。
「この子を先に。意識低下、低体温。母親も一緒に」
「いや、父を置いていけない」
母親が泣き叫んだ。奥で父親らしい男が壁にもたれ、片手で年老いた男性の肩を押さえている。その老人の体が突然びくりと跳ねた。歯を食いしばり、腕が硬直する。
「けいれん!」
ハリンの声が鋭くなった。彼女は老人の頭の下へ丸めた手袋を差し込み、横向きに倒した。
「口に何も入れない。押さえつけないで。体温が乱れている。再加温を急ぎすぎた? さっき、携帯ヒーターを使った?」
男が凍りついたようにうなずいた。
「父が寒いって言ったから……」
「熱性けいれんに近い反応です。低体温から急に温めたせいで神経が暴れてる。足先は冷やしたまま、体幹だけ毛布。イソ、搬送は平行。揺らさない」
「聞こえましたね。寝台を担架にします」
イソは抗議していた家族の男を指さした。
「あなたは前を持って。あなたの父親です。逃げるのではなく、運ぶんです」
男の顔が歪んだ。怒りか羞恥か判別できなかったが、彼は寝台の端をつかんだ。ミンジェが反対側へ入り、二人で老人を通路へ出す。狭い通路では、避難させる者と助ける者の区別がすぐ崩れた。子どもを抱いた母親が別の子の毛布を引き上げ、さっき罵声を浴びせた青年が酸素ラインを頭上に掲げた。
「中央まで十メートル。右壁に沿って。立ち止まらない」
イソは声を切らさず、通路を人の流れに変えた。十七個のタグは一つずつ動き出した。青黒い膜の端から、黄色や橙の点が中央へにじむように移る。
その途中で、床下から金属が裂けるような音がした。
ミンジェが顔を上げた。
「熱管です。五番の下、圧力が抜けてる」
「後にできますか」
「後にしたら、ここがまた落ちます」
彼は担架をほかの整備士に渡し、壁際の保守パネルへ走った。固定具を外す時間も惜しみ、工具の柄で留め具を叩き割る。開いた奥から白い蒸気ではなく、霜の粉が噴き出した。熱管の継ぎ目が震え、細い裂け目から温まるはずの流体が冷えた空洞へ逃げている。
「遮断材は?」
「使い切りました。詰め物で止めます」
ミンジェは自分の防護手袋を外した。
「やめて。凍傷になります」
「手袋だと入らない」
次の瞬間、ミンジェは素手をパネルの中へ押し込んだ。顔がゆがみ、喉の奥で低いうめきが漏れる。裂け目に巻いた布を指で押し込み、上から金属片をねじ込む。霜が彼の指先に白く食いついた。
「キム、圧着バンド!」
「来た!」
整備士がバンドを渡し、ミンジェは片手を抜かないままそれを締め上げた。熱管の震えが少し弱まり、ラオンの端末が即座に反応した。
「五番下部、圧力低下が鈍化。まだ漏れていますが、急落は止まりました」
「ミンジェ、手を抜いて」
「先に全員出して」
イソは唇をかんだ。だが彼の言う通りだった。最後の二人、毛布にくるまった少女と祖母を通路へ出したところで、外縁睡眠膜五はほとんど空になった。
ミンジェが腕を引き抜くと、指先の皮膚は白く変わり、ところどころ布に貼りついていた。ハリンが一瞬だけ顔をしかめ、すぐ処置用パックを裂いた。
「感覚は?」
「痛いです。だから、まだあります」
「減らず口を言えるなら、あとで縫う。今は固定」
ハリンは彼の指を急に温めず、乾いた包帯で包んだ。ミンジェは歯を食いしばりながら、視線だけをパネルに戻していた。
中央宿舎は、もう宿舎とは呼べないほど詰まっていた。人と人の間に床は見えず、毛布の端は互いの体の下へ入り込み、誰の足かもわからない膝が通路へはみ出している。怒鳴り声は消えなかった。痛い、狭い、触るな、子どもが泣いている。だがその声の底に、さっきとは違うものがあった。全員が同じ空気を吸い、同じ熱を奪い合いながら、同じ熱で互いを守っていた。
「外側の成人は二十分交代。手足のしびれが出たら申告。隠した人は次の交代から外します」
イソが言うと、さっき外縁五で扉を塞いでいた男が、まだ震える声で答えた。
「俺を外側に入れろ。父を運んだ分、体は動いてる」
「内側に戻る時間も記録します。倒れられると困ります」
「わかった。記録しろ」
その短いやり取りを聞いて、別の男が手を上げた。ひとり、またひとり。恨みが消えたわけではない。ただ、恨みより寒さのほうが具体的だった。
ハリンはけいれんを起こした老人の横で体温を測り続けた。
「発作は止まった。呼吸あり。再加温はゆっくり。周囲の人、毛布を一枚ずつずらして。体を直接ヒーターに当てない」
ラオンが夜通し数値を読み上げた。三十分ごとに配置をずらし、外側で体温を削られた成人を内側へ戻し、代わりに別の成人を外へ入れた。イソは破れた割当表の裏に線を重ね続けた。家族名の横には、もう知らない名前がいくつも並んでいる。だがその線は、命令ではなく、次に誰が誰を温めるかの約束に変わっていた。
夜明け前、外縁膜の青はようやく止まった。
死者は出なかった。
その報告が出た時、誰も歓声を上げなかった。疲れすぎていたし、寒さはまだ終わっていなかった。ただ、夜のあいだイソを恨み、罵り、腕を払いのけた者たちが、明るくなり始めた膜の下で一人ずつ彼女の前に来た。
「次はどこへ座ればいい」
「うちの父は、また中央か」
「この表、見せてくれ。交代の時間を書きたい」
イソは返事をしながら、破れた紙を平らに伸ばした。指揮官の印がある表ではない。規程にもない。だが人々はその紙を見て、次の動きを待っていた。生存に追い詰められた集団が、誰の声に従えば夜を越せるかを、すでに選び始めていた。
ドヒョンは少し離れた場所でそれを見ていた。何も言わなかった。沈黙は許可ではなく、敗北でもなかった。ただ、ここに新しい中心が生まれたことだけは、彼にも否定できなかった。
ミンジェが戻ってきたのは、その直後だった。右手には応急包帯が巻かれ、指先の布が固く凍っている。彼はいつもの短い報告をせず、イソの袖を軽く引いた。
「イソさん。見てほしいものがあります」
保守パネルの内側は、仮止めの照明で白く照らされていた。裂けた熱管の周囲にある断熱材が、着陸衝撃で崩れたものなら不規則に割れているはずだった。だがそこには、まっすぐな線が二本、並んで走っていた。
鋭い工具で、あらかじめ切り込まれていた跡だった。
ミンジェが低く言った。
「衝撃じゃありません。誰かが、ここを切っていました」
イソはその線を見つめた。外縁膜五の十七人を殺しかけた冷えは、事故ではなかった。火星の夜より先に、人間の手がこの膜を冷やしていた。
帰る船を燃やした朝、火星に憲章が生まれた
9話 封印された補助腕の記録
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