ドギョムはアクセルを踏み込んだまま、廃鉱へ伸びる泥道へ車体をねじ込む。
廃トラックのワイパーは、もう雨を払っていない。左右へ動くたび、割れたゴムが水の膜を引き延ばし、赤く濁った空と黒い木々を一枚の汚れた影にしている。古いフォードのエンジンは山道の勾配で唸り、床下から鉄板の鳴る音がする。
受信機の予備チャンネルでは、男の声が短く続いていた。
「第一換気塔、起爆回路をつなげ」
ドギョムは返事をしない。右手でハンドルを押さえ、左手でフィントンの鞄から抜いた防水袋を膝へ引き寄せる。袋の中の紙は、雨に濡れていない。きれいすぎる線と赤い印が、逆に人を殺すために整えられたものだとわかる。
鉱山進入路の古い標識が前方に現れる。錆で文字は半分落ち、D-3という白い塗り直しだけが濡れて浮いている。ドギョムは標識の下へ廃トラックを斜めに止める。正面から見れば放置車両に見える角度だ。タイヤを泥の深い轍へ落とし、すぐ発進できる向きだけは残す。
ヘッドライトを消す。
闇が一気に車内へ入り、雨音が車体を叩く音だけになる。赤い警告灯も手のひらで覆い、彼は数秒、目を闇に慣らす。左肋骨の奥が熱い。線路でラウクに打ち込まれた痛みは、呼吸を深くするたび折れた金属のように胸の内側を擦る。
『長く吸うな』
声には出さず、彼は自分へ命じる。短く吸い、短く吐く。痛みで体が止まる前に、体を使い切るしかない。
膝の上に爆薬設置図を広げる。フィントンの鞄に入っていた写しだ。D-3の本坑道は黒い線、換気枝道は細い灰色、レール分岐は二本の平行線で描かれている。そこへ赤い丸が打たれていた。
本坑道の坑木三か所。
第一換気塔、第二換気塔。
鉱車レールの分岐点一か所。
ドギョムは指の腹で赤印をなぞる。入口だけを落とす配置ではない。外から入る道を塞ぎ、中から逃げる道を潰し、最後にレール分岐を壊して人を奥へ置き去りにする。換気塔が先だ。空気の逃げ道を落とせば、坑道は口を閉じる。中の人間は煙と粉塵の中で、自分の足音だけを聞くことになる。
図面の隅にはタイマー時刻が手書きで足されている。午前零時から一時間後。倉庫は予定を待たずに吹き飛んだが、廃鉱はまだその線に沿って動いている。マローンは薬品を捨てても、人と証拠を岩の下へ残すつもりだ。
腕時計を見る。針は零時を少し過ぎている。図面どおりなら、最初の爆発まで一時間に満たない。だが無線の声は、すでに第一換気塔の回路をつなげと言っている。前倒しが始まっている。
助手席の受信端末が短く震えた。ミゲルから送られた座標データが遅れて入る。画面は粗い。学校屋上から飛ばした黒い二機目の最後の映像が、数秒だけ再生される。雨粒で滲んだ視界の中、黒いピックアップ二台がD-3入口脇へ滑り込む。先頭車が新しいコンクリート通路へ消える。二台目の荷台後部で、白い布が跳ねる。裸足の足首が一瞬だけ光る。
ジョアンか、アルマか。被害者の誰かか。
画面の端でバッテリー表示が一桁まで落ちる。ミゲルの息が無線に入る。
「もう……持ちません。二機目、落ちます。最後、コンクリート通路です。D-3入口の右。ドギョムさん、聞こえますか」
ドギョムは送信ボタンへ指を置く。だが押さない。返事をすれば、ミゲルはまだ屋上に残る。戻らせなければならない。彼に次の映像を求めてはいけない。
黒い画面が揺れ、ピックアップの尾灯が闇に溶ける。次に白いノイズが走り、映像は切れた。
バッテリーが尽きた。
ドギョムは端末を伏せる。ミゲルが見せたものは足りている。車両はD-3へ入った。人質も入った。爆薬の赤い箱もそこにある。なら、迷う場所はない。
別の受信機が、ラウクから奪った予備チャンネルで低く鳴る。壊れた無線網の隙間から、D-3内部の声が混じってくる。最初はノイズだけだったが、やがてマローンの声がはっきり落ちた。
「ジョアンにはカードの場所をもう一度聞いて終わらせろ」
車内の空気がさらに冷える。
「写しは外へ出た。だが原本を隠している可能性がある。女記者の指はもう使えないなら、足でもいい。答えを取ったら、奥へ入れろ。換気塔が落ちれば黙る」
誰かが短く返事をする。声には迷いがない。命令は書類を閉じる手つきで、人間の体へ向けられている。
ドギョムはシャツの内側へ手を入れる。肋骨の痛みが指先まで跳ねるが、奥の縫い目の下に薄い硬さが触れる。B-4の錆びた弁当箱から取り出した会計サーバーの写し、原本のメモリーカードだ。グラディスが外へ流したものは写しだ。ディナとヘナも別の写しを持っている。だがマローンが探している「一枚」は、まだここにある。
濡れたシャツ越しにカードを押さえ、ドギョムは目を閉じない。
この小さな板一枚に、プライスの財団、マートンの後援基金、コンウェイの借り換え口座、ラウクの非公式資金、マローン輸送精算が入っている。だがいまそれを守るために立ち止まれば、ジョアンとアルマは換気塔の下だ。
カードは証拠だ。
中にいる人間は、名前だ。
順番を間違えれば、また紙だけが残る。
ドギョムは爆薬図を折り、胸元ではなく助手席に置く。すぐ見直せるよう、赤印が上を向く形で押さえる。ダッフルバッグからカッター、細いロックピン、短い結束帯、濡れていない布を抜き、外套の内側へ分けて入れる。拳銃はない。必要な場所で奪えばいい。弾があれば向こうの報告書に使われる。
受信機では別の男が、換気塔の位置を読み上げている。
「第一塔、格子外側クリア。内側、旧レール下に導火線。第二塔は三分遅れ。レール分岐はマローンさんの指示待ち」
ドギョムは図面を見る。いちばん近い換気塔は、標識の北東、崩れた擁壁の向こうにある。前にD-3へ潜った尾根の換気塔とは別だ。そこを落とされれば、作業場から山道出口へ抜ける空気が死ぬ。
先に第一換気塔。
中の爆薬を切る。
そのあと、本坑道の赤印へ向かう。
手順は短い。失敗すれば、一つずつ岩になる。
ドギョムはドアを少し開ける。雨が斜めに吹き込み、設置図の端を濡らしかける。彼は紙を助手席の下へ押し込み、エンジンを切る。車体の震えが止まり、世界の音は雨、遠い火、坑道から上がる低い唸りだけになる。
外へ出ると泥がブーツの縁を飲む。彼はドアを閉める前に、受信機を座席へ置いたまま音量を少し上げる。背後の車内から無線が漏れ続ける。近づく声があればわかる。マローンの命令も、ここで拾える。
ドアを閉める。
金属音は雨に潰れる。ドギョムは標識の影から離れ、草と錆びたワイヤーを踏み越える。左脇が一歩ごとに焼ける。だが呼吸は止めない。短く吸い、短く吐く。闇は濃いが、換気塔の方角だけはわかる。古い銅山は、雨の中でも熱い空気を吐いている。
尾根の斜面を低く進むと、鉄格子の輪郭が見えた。地面から斜めに突き出したコンクリートの筒。格子の下には新しいワイヤーが一本、雨水に濡れて黒く光っている。導火線ではない。起爆回路の外側の確認線だ。
ドギョムは膝をつき、カッターを開く。
その瞬間、背後の廃トラックに置いた受信機からノイズが消えた。
雨音の奥で、聞き慣れない男の声がはっきり飛び出す。
「第一換気塔、起爆準備完了」
ドギョムの指が、ワイヤーの上で止まる。
続けて、別の声が言った。
「カウントを前倒しする。今から三分だ」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
102話 切られた導火線と足音
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