夜明け前、留置場の蛍光灯はまだ白く唸っている。
ドギョムは頭を下げたまま、廊下の足音を数えていた。眠っているように見せる。唇の切れたところは乾き、腹に入った拳の痛みは呼吸のたびに浅く動く。老人ウォルトは壁際で丸まり、青年は寝台の端で膝を抱えたまま何も言わない。
四時前、無線が長く鳴る。昨夜と同じ遅れ。だが鉄扉は開かない。ラウクは留置場の隙を与えない。ドギョムが測ったものを、向こうも測っている。
空が灰色に変わるころ、鍵が回る。
若い代理と、顎に傷のある代理が入ってくる。もう一人は廊下で待つ。銃は抜かない。抜かなくても、ここでは十分だと思っている顔だ。
「立て」
ドギョムはゆっくり立つ。負けた男の速度で。顎に傷のある代理が、昨日より太い手錠を取り出す。鎖は短く、輪は厚い。だが厚い金属にも、溶接した場所が一つある。
手首に冷たい輪が閉じる。
彼は抵抗しない。指先だけを内側へ曲げ、継ぎ目を探る。ざらつきが一か所。熱で盛り上がった金属の端。その下に、いちばん薄い筋がある。
「今日はおとなしいな」
顎に傷のある代理が笑う。
ドギョムは答えない。おとなしい男ほど、車に乗る前に終えておくことがある。ミゲルの五桁の識別番号メモは、昨夜のうちに内ポケットから移した。靴の中敷きの下。軍用ブーツの汗と革の臭いに挟まれた小さな紙片だ。身体検査で靴の中は見られたが、中敷きまではめくられなかった。
町の連中は、人の名前を紙から消す。だが紙そのものを靴底の下に隠す発想は薄い。
廊下を歩く。受付の奥ではコーヒーが焦げた臭いを出している。壁の合同写真の中で、プライス町長は白い歯を見せている。ラウクの姿はない。磨かれた星形バッジも、冷えた笑みもない。
裏口の駐車場へ出ると、雨は細くなっていた。護送車は二台。前に黒いSUV。後ろに白い護送バン。SUVには武装した代理が二人。バンの運転席と助手席にも一人ずつ。合計四人。ラウクの命令どおりだ。
ドギョムはバンの後部座席へ押し込まれる。鉄の仕切り、網入りの窓、内側から開かないドア。床には乾いた泥が薄く残り、誰かが爪でこすった白い線が二本ある。
「裁判所まで静かにしてろ」
顎に傷のある代理が後部ドアを閉める。
ドギョムは前の座席を見る。運転席の代理は肩が固い。助手席の若い代理は無線機を膝に置き、左手で留め具を確かめている。二人ともルームミラーを見る回数が多い。ラウクにそうしろと言われたのだ。
エンジンがかかる。ディーゼルの振動が床から骨へ上がる。手錠の輪がかすかに鳴る。その音を、ドギョムは待っていた。
前のSUVが動き、バンも続く。
無線が短く割れる。
「保安官は郡庁舎へ向かう。八時の会議に出席。町長側、同席予定」
返答は短い。「了解」
それだけで終わる。だがドギョムには十分だった。ラウクは来ない。自分で引きずり出したよそ者を、自分の目の前で峡谷へ運ばせない。あの男なら本来、鉄格子越しに呼吸まで読みに来る。
来ない理由がある。
郡庁舎。会議。町長側。同席予定。言葉は少ないが、匂いは濃い。アリバイだ。護送の途中でドギョムが死んでも、消えても、暴れても、ラウクは同じ時刻に別の場所で紙と人間の前にいる。町長プライスへ報告する場か、まだ顔を見せていない上の連中と向かい合う場。どちらにしても、手を汚す場所ではない。
バンは保安官事務所の裏道を抜け、町の広場をかすめる。早朝の店はシャッターを半分だけ開け、歩道の人々は車列を見ると目を下げる。ヘナズ・ダイナーの赤いネオンは、昼の光の中でも弱く点滅している。
ドギョムはそこへ顔を向けない。見れば、運転席の代理が記録する。
町長のポスターが雨に濡れて波打っている。リハビリで立ち上がる町。濡れた紙の笑顔の下を、護送車が通る。
郡道へ出ると、道は西へ傾き始める。古い薬局、閉じた洗車場、質屋、郵便局が後ろへ流れる。やがて標識が現れる。郡リハビリセンター、ブラスライン物流センター、ハドリー民間矯正施設。三つの矢印は、前と同じ峡谷を指している。
名前を消す場所は、道案内を隠さない。住民全員が知っていて、誰も口にしないだけだ。
バンのラジオが地元局へ切り替わる。助手席の代理がつまみをいじったらしい。雑音の向こうで軽い音楽が流れ、すぐに男の声へ変わる。
「本日はエヴァン・プライス町長に、昨夜から続く治安不安についてお話を伺っています」
運転席の代理が音量を少し上げる。
プライスの声は、ポスターの笑顔と同じに作られている。低く、穏やかで、どこにも汗を見せない。
「われわれの町は、外から流れ込んだ暴力に屈しません。ブラスヒルは更生と再建の町です。善良な市民を脅かす者が誰であれ、法に従って対処します」
名前は出ない。
だがそのくだりで、運転席の代理がルームミラー越しにドギョムを見る。ほんの一瞬。目の端だけで、外から流れ込んだ暴力という言葉を後部座席へ投げる。
ドギョムは動かない。怒りも見せない。怒りはあとで使うものだ。今ここで燃やせば、ただの熱になる。
彼は手首を膝の上に置き、親指の腹で手錠の輪をなぞる。振動に合わせ、金属の鳴りを聞く。右の輪は厚い。左の輪は少し甘い。溶接の盛り上がりの下、目に見えない薄い筋がある。工場で急いで仕上げたか、古い在庫を何度も使ったか。完全な円ではない。
前のSUVとの距離は二十メートル。市街地では近い。郡道ではやや離れる。カーブに入ると、SUVの後輪が泥を跳ね、バンのフロントガラスに茶色い点が散る。助手席の代理がワイパーを一段速くする。
ドギョムは道を読む。
右は乾いた草地。左は浅い排水溝。もうすぐ道は峡谷へ下る。岩壁が近づけば、前の車両は曲がり角で一瞬消える。後ろのバンは重量があり、同じ速度で曲がれない。その一拍に、音が増える。エンジン、タイヤ、石、無線の雑音。金属が折れる音を隠すには十分だ。
ラジオではプライスがまだ話している。
「保安官事務所と町は連携しています。今朝も郡庁舎で安全対策を確認します。住民の皆さんには、噂に惑わされず、通常どおり生活していただきたい」
通常どおり。
トミーの妻が面会申請書を握り潰される朝も、ミゲルが指を折られる夜も、アルマが名前で呼ばれなくなった二か月も、この町では通常どおりだ。
助手席の若い代理が振り返る。
「何か言ったか」
「いや」
ドギョムの声は乾いている。
若い代理は数秒見てから前を向く。疑いは残っている。だが恐怖ではない。後部座席の男が、まだ手錠の中にいると思っている顔だ。
峡谷の入口が見えてくる。
赤茶けた岩壁が左右から道へ迫り、空が細くなる。道路脇の古い銅山の看板は半分倒れ、弾痕のような錆の穴が開いている。前のSUVのブレーキランプが一度赤く光る。無線が鳴る。
「一号車、峡谷入口。視界良好」
助手席の若い代理が返す。
「二号車、続行」
その声が終わる前に、前のSUVが最初の岩壁の陰へ入る。黒い車体が半分消え、赤いテールランプだけが濡れた岩に反射する。
ドギョムは手首を一度だけ内側へひねる。
力任せではない。骨の幅、鎖の角度、エンジンの震え、車体がカーブで沈む瞬間を合わせる。左の輪の溶接部へ、細い圧力がまっすぐ入る。
金属が、かすかに軋む。
運転席の代理はまだ気づかない。助手席の若い代理も無線の返答を待っている。バンの前方で、峡谷の短いトンネルが黒い口を開ける。
次の一拍で折れる。
ドギョムはそう判断し、初めて顔を上げた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
15話 四十秒で峡谷へ消える
次の話