トラックは峡谷外縁の黒い道を重く進む。荷台の隙間で揺れたJRの布片を見ても、ドギョムは速度を変えない。今止まれば、あの欠片は手がかりではなく墓標になる。追手に形を与えるだけだ。
彼はワイパー越しに迂回路を見る。古い銅山の尾根を避ける道は、乾いた川底へ下り、また上がる。舗装は割れ、雨水が細い線になって流れている。背後の施設の警報はもう聞こえない。遠い無線塔の赤い灯だけが、霧の中で点滅している。
荷台の内側から、かすかに拳で叩く音がする。
ドギョムは一度だけブレーキを踏み、路肩の土手の影へ車体を寄せる。エンジンは切らない。ヘッドライトも消さない。廃棄物トラックが道端で荷崩れを直しているように見える角度を選ぶ。
荷台へ回ると、半開きの扉の奥でアルマの目が光る。黒い袋と段ボールの間に押し込まれた顔は青白い。
「空気が薄いか」
アルマは首を横に振る。嘘だ。唇の色が落ちている。
ドギョムは積み荷の位置をずらし、空気の道を広げる。そのついでに、荷台奥の金具へ絡んでいた黒い紐を剥がす。血と雨で硬くなった布。端に白い二文字が残っている。
JR。
資料室の床にあったものより新しい。荷台の鉄板には、爪でひっかいたような短い線も二本残っている。ジョアンはここにもいた。あるいは、ここからさらにどこかへ運ばれた。
ドギョムは布片を靴下の内側へ押し込む。証拠は一か所に置かない。
「誰の」
アルマが声にする。喉が紙のように擦れている。
「記者だ」
「生きてる?」
ドギョムは答えない。答えを持っていない。持っていない答えを与えることは、弾の入っていない銃を渡すのと同じだ。
「町に着くまで黙ってろ」
アルマは目を閉じる。従うためではなく、涙を外へ出さないための閉じ方だ。
ドギョムは運転席へ戻り、トラックを出す。本線へは入らない。ラウクなら本線の検問を厚くする。重い車の逃げ場を読む。だからドギョムは、採石場の裏を抜ける外縁の迂回路へ入り、雨で白くなった砂利道を低速で転がす。
一度、背後で遠いサイレンが鳴る。近づかない。施設の内側がまだ自分の尾を踏んでいる。誰が、どこから、何で抜けたかを紙にするまで、彼らは速く走れない。
空の端が灰色へ変わるころ、廃ガソリンスタンドが見えてくる。屋根は片側が落ち、給油機は骨だけになっている。町の反対側。保安官事務所の巡回が、夜明け前に一度だけ薄くなる死角。
ドギョムはトラックを洗車場の跡へ突っ込み、キーを抜く。運転席の指紋が残る場所を袖で一度こする。詰所の紙片や煙草の吸い殻には触らない。そこに自分の物語を作らせない。
荷台を開けると、アルマは自分で起き上がろうとして失敗する。足が床に触れた瞬間、顔の筋肉だけが硬くなる。
「足裏か」
彼女はうなずかない。ただ膝を抱えるようにして息を止める。靴のない足裏には、古い火傷と新しい裂け目が重なっていた。
ドギョムは彼女を背負う。軽すぎる。人間の重さというより、長く使われた作業服の束に近い。
その手首に、灰色の保安ブレスレットがまだ食い込んでいる。赤い点は消えているが、アルマの目はそこから離れない。
「まだ拾われる。まだ、場所を拾われてる」
声が震える。作業場から出ても、彼女の中では三秒ごとの発信が鳴り続けている。
「外す」
「触ると、鳴る」
「もう警報は鳴ったあとだ」
ドギョムは廃スタンド裏のコンクリートブロックへ彼女を下ろす。古い工具箱から、小さなハンマーを取る。打面ではない。柄の端が金属で補強されている。音を短く殺すには、そちらがいい。
アルマは手を引っ込めようとする。ドギョムは強くつかまない。手の下に布を敷き、留め具の薄い隙間へロックピンを差し込む。灰色の輪がわずかに開く。
「見なくていい」
アルマは見ている。目を離せない。
ブレスレットが手首から外れる。赤い跡が皮膚に深く残る。ドギョムは輪をブロックの上へ置き、ハンマーの柄を一度だけ振り下ろす。
乾いた破裂音。
灰色の外殻が割れ、内側の小さな基板が跳ねる。彼はもう一度は打たない。一撃で十分だ。拾われる信号は、ここで死ぬ。
アルマの喉から、息とも声ともつかない音が漏れる。次に、細いすすり泣きが来る。作業場でも、荷台でも、ゲートを抜けるときも泣かなかった女が、信号の途切れたコンクリートの上で初めて崩れる。
ドギョムは背を向けて待つ。泣き声を隠す壁になる。慰めはしない。慰めで戻るものは、この町には少なすぎる。
一分ほどで、彼女は袖で顔をこすった。
「ミゲルに、会える?」
「まだだ」
「母さんは」
ドギョムは答えず、彼女をもう一度背負う。その問いは屋根のある場所まで運ぶ。雨と霧の中で答えれば、落ちて流れる。
二人は廃スタンドを離れる。夜明けの霧は低く、通りの看板の足元だけを白く消している。ドギョムは表通りを使わない。洗車場裏のフェンスを越え、閉じた質屋の裏、ゴミ箱の並ぶ細い路地、配送業者だけが使う勝手口の列を抜ける。
ブラスヒルはまだ眠っているように見える。だが窓の奥は眠っていない。カーテンの隙間から、誰かの目が一瞬だけ動き、すぐ沈む。夜中に鳴った警報の意味を、町はもう嗅いでいる。
ヘナズ・ダイナーの裏口には明かりが残っている。赤いネオンは消えているが、厨房の細い電球だけが点いている。ドギョムがレンガを二度、間を空けて一度叩くと、鍵がすぐに外れた。
ヘナは何も言わない。ドギョムの背のアルマを見て、左手首の火傷跡を一度だけ押さえる。それから厨房奥へ行き、天井の隠し板を開け、屋根裏の梯子を下ろす。
「上へ」
声は低い。揺れていない。揺らす時間を、彼女は自分に許していない。
屋根裏の床には、すでに救急キットが開かれている。温かい毛布が二枚、缶詰の箱が四つ、水のボトル、乾いた靴下、消毒液、包帯。一か月分はある。ヘナが一晩で並べたものではない。前から覚悟していた配置だ。
ドギョムがアルマを床へ下ろすと、彼女は立とうとして、そのまま膝から崩れる。毛布の端をつかんでも、体が追いつかない。ヘナが支えようと手を伸ばし、途中で止まる。
アルマの手首には、灰色の輪の跡が深く刻まれている。足裏には火傷の痕と、水ぶくれが潰れた跡がある。短く切られた髪の下、首筋にも細い擦過傷が並ぶ。
ヘナはしばらく言葉を失う。食堂の客にも保安官代理にも、言葉を節約してきた女が、今は何も出せない。
やがて彼女は膝をつき、包帯の袋を開ける前に、ごく低く尋ねる。
「お母さんは」
アルマの顔から、残っていた力が抜ける。彼女はゆっくり首を横に振る。
「わからない。作業場の中では、誰が生きてるかも、誰が死んだことになってるかも、わからない。番号だけ。母さんの名前を言ったら、二度と口を開けなくされるって」
ミゲルの母の写真裏にあった空白の日付欄が、ドギョムの頭に戻る。死亡でも釈放でもない空欄。そこに人間の息がまだ残るのか、紙だけが残るのかは、まだ読めない。
ヘナは包帯を持つ手を一度止める。それでもすぐに動かす。アルマの足裏へガーゼを当て、毛布を肩へかける。泣かない。怒鳴らない。泣く場所と怒鳴る相手を間違えない女の手つきだ。
そのとき、階下の道路を、濡れたタイヤがゆっくりと滑る音がした。
ドギョムは屋根裏の小窓へ寄る。ヘナは梯子の下を見ずに、電球の紐へ手を伸ばす。明かりが消える。屋根裏は灰色の夜明けだけになる。
保安官事務所のパトカーが一台、食堂前を通り過ぎる。速度は歩くより少し速いだけだ。ヘッドライトがまず割れかけた看板を舐め、次に二階の外壁を撫で、最後に屋根裏の小窓へ白い刃のように差し込む。
アルマの息が止まる。ヘナの手が彼女の肩を押さえる。ドギョムは窓枠の影から、運転席の横顔を見る。若い代理ではない。顎に薄い傷のある男でもない。見覚えのない顔だ。
パトカーは止まらない。角を曲がり、光は消える。
だが消える直前、助手席の男がこちらを見た。小窓そのものではない。食堂の屋根の線と、裏口へ続く細い路地を、ゆっくり覚える目だった。
数秒後、屋根裏の床板の下で無線受信機が一度だけ震えた。まだ誰も触れていないのに、赤い受信ランプが暗闇の中で点いた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
30話 夜明け前に開かれた盤
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