ラウクの声が切れたあとも、受信機の赤いランプはしばらく震えているように見えた。
ドギョムはテーブルの紙を畳まない。ヘナは入口のガラス、裏口、屋根裏の梯子を順に見る。ミゲルは椅子の縁を握ったまま、顔を上げられない。
「今朝の客を数えるなら、十分で来ます」
ヘナが低く言う。いつもの愛想のない声だが、左手首の火傷跡の横で指が一度だけ硬く曲がる。
ドギョムはジョアンのノートパソコンから抜き出したブラスラインの夜間輸送時刻表をもう一度広げる。プリントアウトではない。画面の細い列を紙へ写したものだ。リハビリセンター裏口、峡谷入口、鉱山進入路、カジノ裏道、郡道八十一号線。何度見ても線は同じ場所で薄くなる。
「真夜中を過ぎてから四十分」
ドギョムは赤いペンでその幅を囲む。
「カジノシャトルが広場へ客を集める。保安官車両が一度そっちへ吸われる。ブラスラインは鉱山側を抜ける。ここだけが、向こうの見張りより先に動ける」
「四十分で何をするんですか」
ミゲルの声はかすれている。
「最初は奪わない。道を見る。車を用意する。隠す場所を作る」
ヘナは答えを待たず、厨房奥へ行く。冷凍倉庫の厚い扉が開き、白い冷気が床を這う。彼女は古い牛肉パティの箱、冷凍フライ、使わないソースのケースを黙って動かし、奥の棚を二段空ける。金属棚が軋む音は、銃の安全装置が外れる音に似ていた。
「ここなら、昼間は誰も奥まで見ません。点検が来ても、上から二段しか見ない」
「重い箱が入る」
「入ります。でも一日以上は置かないで」
「置かない」
ドギョムが言うと、ヘナは扉を閉める。冷気が消え、食堂にコーヒーと油の匂いが戻る。
ミゲルは鞄の底から鍵を一本出す。真鍮の古い鍵だ。端に黄色いプラスチックの札がつき、そこには手書きで「放送」とだけある。続けて折り畳んだ紙を広げる。学校の放送部で使っていた周波数表だった。地元消防、郡道路課、保安官事務所、古い農業無線。鉛筆で消された跡の下に、誰かが何年も前に書いた番号が残っている。
「先生は、壊れてるって言ってます。でも受信はできます。送信はしません。録るだけです」
ドギョムは鍵を取らない。少年の前へ戻す。
「持ってろ。鍵を預けたら、お前がなくしたことになる」
ミゲルは小さく息を吸い、鍵を握り込む。
裏口の外でタイヤが水を裂く音がした。全員の視線が動く。だが車は止まらず、通りへ抜けた。ラウクの命令はもう町を歩いている。ここにいる者全員の名前が、まだ紙にされる前の熱を持っている。
ドギョムはカメラストラップとミゲルの母の写真を内ポケットへしまい、代わりに星形の紙と時刻表だけを畳む。
「どこへ」
ヘナが聞く。
「鉱山の進入路脇に、解体屋がある」
「ルーファス」
「知ってるのか」
「誰でも知ってます。誰も長く話さないだけです」
ヘナはカウンター下から古い野球帽を出し、ドギョムへ投げる。軍用ブーツまでは隠せない。だが顔の線を少し落とせる。
「彼の弟は十年前、リハビリセンターへ送られました。戻ってきたのは、箱と書類だけです」
「名前は」
「町ではもう、あまり呼ばれません」
ドギョムは帽子を深くかぶる。裏口から出る直前、屋根裏の床板がかすかに鳴る。アルマが目を覚ましたのかもしれない。ミゲルが反射で立つ。ドギョムは手で止める。
「鍵をなくすな」
それだけ言って、雨の裏路地へ出る。
午前のブラスヒルは、昨夜より静かだった。静かすぎる。保安官車両は大通りをゆっくり流し、店先の人間は誰がどの扉へ入ったかを見ないふりで覚える。ドギョムは水たまりを避けず、踏む。足跡を増やし、方向を曖昧にする。軍用ブーツの底が泥に沈むたび、彼は次に消すべき線を頭で数える。
解体屋は鉱山進入路へ向かう古い舗装の脇にある。錆びたフェンス、積み重なったドア、エンジンを抜かれたセダン、ひしゃげたスクールバス。看板には「RUFUS AUTO SALVAGE」の文字が半分だけ残っている。雨に濡れた鉄の匂いとディーゼル油の臭いが、峡谷から上がる冷たい風に混じる。
作業場の奥で、白髪まじりの男がトラックのボンネットに肘まで腕を突っ込んでいた。痩せてはいないが、肉のつき方に無駄がない。顔は風に削られ、口元だけが硬く閉じている。ドギョムを見る前に、男は手を止める。
「今日は売るものはない」
「買いに来たんじゃない」
「じゃあ帰れ」
男はようやく顔を上げる。目はドギョムの帽子、肩、ブーツ、手の位置を順に見る。保安官ではない。だが保安官から逃げる人間だとは読む。
「ルーファス」
「誰に聞いた」
「町が口を閉ざすときの名前だと」
ルーファスの目に嫌悪が差す。
「詩なら教会でやれ」
ドギョムはポケットからミゲルの母の写真を出す。裏面を上にして、油の染みた作業台へ置く。五桁の識別番号。空白の日付欄。次に、血のついたカメラストラップを置く。REUTERS-FREELANCEの文字は半分しか残っていない。それでも十分だった。
ルーファスはすぐには触れない。雨がトタン屋根を叩く音だけが増える。男の喉が一度動く。
「それをどこで拾った」
「リハビリセンターの資料室と、廃棄物トラックの荷台」
「嘘なら、ここで殺されるぞ」
「嘘なら来ない」
ルーファスの目が初めて揺れる。彼は作業台の下から古い布を引き出し、油のついた手を拭く。拭き終えても、まだ写真には触れない。
「俺の弟も番号で戻ってきた」
声は低く、長く使わなかった刃物のように鈍い。
「十年前だ。痛み止めを酒で流した。医者は依存だと言った。判事は更生だと言った。俺はサインしなかった。弟は白いバンで行った。三週間後、葬儀屋が箱を持ってきた。書類の名前の横に赤い印があった。更生完了、だ」
彼はそこで笑わない。怒鳴りもしない。十年分、声を殺して生きた男の沈黙が作業場を満たす。
「そのあと、俺は口を閉じた。車を潰し、鉄を売り、保安官の車も直した。弟の名前を呼ぶ奴が減るのを、毎年見た」
ドギョムは何も言わない。慰めは使えない。約束も、まだ形になっていない。
ルーファスは写真の番号を指先で押さえる。爪の間に黒い油が詰まっている。
「この女は、少年の母親か」
「そうだ」
「その紐の女は」
「記者。まだ死亡欄は空白だ」
「空白」
ルーファスはその言葉を噛む。空白は、ブラスヒルでは死より厄介な場所だ。墓にも名前にも帰れない。
遠くで保安官車両のサイレンが短く鳴った。ルーファスは顔を上げ、フェンスの向こうの道を見る。ここへ向かっているわけではない。だが町の音は、もう彼の店にも近づいている。
「何が要る」
「鉱山道に入れる車。登録が今の俺とつながらないもの。壊れて見えるが動くもの」
ルーファスは長く黙る。それから作業場の奥へ歩く。金属棚の下から鍵束を取り出し、さらに一本だけを外す。黒ずんだ小さなキーだった。
「裏庭にある赤いフォード。赤と言っても錆の色だ。ナンバープレートはない。ブレーキは甘い。ライトは片方死んでる。エンジンは祈ればかかる」
「祈らない」
「なら叩け。二回までだ。三回目は止まる」
ルーファスはキーを投げる。ドギョムは片手で受ける。軽い金属が手のひらの中で冷たい。
裏庭へ回ると、廃車の山の間にトラックが埋もれていた。赤い塗装はほとんど剥げ、ドアの下は錆で穴が開き、荷台の床板には雨水が浅く溜まっている。だがタイヤは空気を保ち、エンジン下に新しい油染みはない。ルーファスは口を閉じていても、捨てる車と残す車を分けている。
「これを使えば、あんたも戻れない」
ドギョムが言う。
ルーファスは作業場の入口にもたれ、煙草をくわえずに唇だけを噛む。
「あんたが捕まれば、俺も一緒に埋められる」
その言葉が終わる前に、峡谷のほうから低い音が湧き上がる。
最初は雷に似ていた。だが雨雲の音ではない。重いディーゼルエンジンが、谷底の道を押し上げてくる音だ。ルーファスの顔から血の気が引く。ドギョムは廃トラックのキーを握ったまま、フェンスの隙間から鉱山進入路を見る。
濡れたカーブの向こうで、ブラスラインの夜間輸送車両が、まだ昼の光の中を走っていた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
32話 峡谷に沈む四分間の影
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