路地の反対側から来る重い足音に、ヘナはアルマを背へ押しやる。
濡れた影が焼けた店の明かりを背負って近づく。星形バッジのライトではない。ドギョムだ。灰色の作業服は雨と煤で黒くなり、息は乱れていない。ただ目だけが、燃えた入口、工具小屋、ヘナの手首、アルマの裸足を順に測る。
「動けるか」
「動けます」
ヘナは答え、燃え落ちる店を見ないようにする。ドギョムは一度だけうなずく。店内では保安官代理が見物人を下がらせる声を上げている。火をつけた者が、火の管理者の顔をしている。
同じ夜、ルーファスは解体屋の屋上にいない。
峡谷迂回路の二つ目の停車地点。そのさらに上側、木の枝が電線のように垂れた山道の入口に、彼はナンバーのない廃トラックを止めていた。赤いフォードではない。荷台の片側がへこみ、扉の内張りが剥がれた、誰の記録にもまっすぐ残らない古いトラックだ。
助手席には、ミゲルのカセットレコーダーが転がっている。会場から自転車を押して人波を抜けた少年が、息を切らせて解体屋へ転がり込み、託していったものだ。会場裏の騒ぎを拾ったあとのテープは、何度も巻き戻され、もう音が少し伸びていた。
『会場が揺れてる。予定を前倒ししろ。夜間輸送、二台だけ先に出す。薬品の一部と、使える労働者を夜明け前に動かせ』
知らない男の声だった。ラウクより太く、現場の部下に慣れた声。ミゲルが録った無線の端に、偶然噛みついた別の周波数だ。
ルーファスは最初、それを聞いて屋上へ上がろうとした。見るだけだ。今度は見るだけだ、とドギョムに言った自分の声も覚えている。だが、会場で映像が流れた夜に、マローン・カルテルが予定を変えるなら、屋上から見える本線には来ない。
『本線は切れ。八十一号線は保安官が閉じる。山へ回せ』
二度目の再生で、その一行が耳に刺さった。
ルーファスは古いキャップを深くかぶり、廃トラックのエンジンをかけた。弟の遺品箱に入っていた鉱山図面を郡が持ち去った日のことを、彼は十年分忘れていない。箱と赤印だけが戻ってきた日も、忘れていない。
「見るだけだ」
低く言う。だが手はもうギアにかかっている。
峡谷の底から、ディーゼル音が上がってくる。二台。先頭はブラスラインのロゴを泥で汚した箱型車、二台目は灰色の幌を被せた作業車だ。本線へ入る手前で一度減速するが、予定の停止地点には寄らない。折れた街灯の下も通り過ぎ、さらに外れの山道へ鼻先を向ける。
ルーファスはライトを点けない。月もない。雨雲の下、前の車両の赤い尾灯だけが、谷の黒い壁ににじむ。未舗装の下り坂は、雨で表面だけぬめっている。タイヤを滑らせれば、重い車体は横へ持っていかれる。
「くそったれ」
悪態は短い。彼は距離を詰めすぎず、離しすぎず、古いエンジンの回転を抑える。荷台の中には工具箱、牽引ロープ、古いラジオ、油の染みた毛布。武器らしいものはない。あったところで、相手が二台なら勝てない。必要なのは、行き先を見ることだ。
前の二台がさらに細い道へ入る。そこは坑道の排水路を避けて山腹を巻く、地図にも名前が残っていない作業道だった。ルーファスは知っている。昔、弟が鉱山で働いていた頃、昼飯を届けに一度だけ通った道だ。右は岩壁。左は崖。下には水のない季節だけ見える峡谷の底がある。
先頭車の助手席で、窓が少しだけ下がる。
ルーファスは反射的にブレーキへ足を置く。助手席の男が腕を出す。拳銃ではない。小さな懐中電灯だ。光が一度、短く地面を撫でる。合図だった。
次の瞬間、山道の真ん中が跳ね上がる。
雨で泥に隠れていた太い鉄線が、左右の杭から一気に張られる。低すぎて見えなかった線が、廃トラックの前輪へ食い込み、軸へ巻きつく。ハンドルが獣のように暴れる。
「っ!」
ルーファスは両手で押さえる。だが車体は横へ向く。右前輪が止まり、左後輪だけが泥を掻く。廃トラックは斜めに滑り、荷台が重く振られ、崖の縁へ尻を振る。
彼はクラッチを切り、逆へ切る。間に合わない。岩壁へぶつければ止まる。そう読んで右へ切った瞬間、鉄線がさらに絡み、前輪が完全に噛む。車体は前から沈み、左側がふわりと軽くなる。
先頭車両の尾灯は止まらない。二台目も止まらない。山道の向こうへ、当たり前の運行のように消えていく。
ルーファスの廃トラックだけが、崖の縁で一拍止まる。
その一拍で、彼の目はフロントガラス越しに峡谷の黒を見た。十年前、弟の箱が置かれた作業台。RUFUS AUTO SALVAGEの半分消えた看板。ドギョムが言った「まだ間に合う」。全部が、一瞬で短く並ぶ。
「嘘なら、ここで殺されるぞ」
自分が言った古い脅しが、喉の奥でかすれる。
廃トラックは落ちる。
最初の衝撃でフロントガラスが白く砕け、二度目で荷台が跳ね、三度目で運転席のドアが裂ける。鉄と石の音が谷に何度もぶつかる。最後に、重い車体が峡谷の底で横転したまま止まる。
しばらく、エンジンだけが空回りする。
雨は谷底まで届き、砕けた窓から運転席へ細く入る。裂け落ちたドアは少し離れた岩の上で止まり、ヘッドライトの片方だけが横倒しのまま泥を照らしている。血のついた手が一本、ハンドルの下に力なく垂れ下がっていた。指先は泥へ触れ、もう何もつかまない。
山道の上では、鉄線を張った男たちが杭を抜く。泥の表面を靴底でならし、折れた枝を戻す。助手席の男は谷底を一度も見ない。短い無線だけを入れる。
「片づいた。老人の単独だ」
夜明け前、保安官事務所の無線室では、報告書の見出しが先に作られる。飲酒。高齢運転。未舗装路。スピード超過。誰かが古い酒瓶を一本、押収品棚から出す。誰かがルーファスの名前の横に、事故の文字を置く。
午前五時十分、町のラジオが短いニュースを流す。
『未明、峡谷迂回路外れの山道で単独車両事故が発生しました。運転していた地元解体業者の男性は、飲酒運転の疑いがあり、現場で死亡が確認されています。保安官事務所は、昨夜の混乱との関連はないとしています』
焼けたヘナズ・ダイナーの屋根裏跡。焦げた梁の下、床板だった黒い隙間へ体を沈めて、ドギョムはその声を聞いている。横には熱で歪んだビニールに包まれたジョアンのノートパソコンがあった。奇跡ではない。床板と古い断熱材が、炎の直撃を少しだけ遅らせた結果だ。
ヘナとアルマは路地の奥に移した。ミゲルはまだ来ていない。ドギョムはノートパソコンを胸元へ引き寄せ、煤だらけの小型ラジオを見下ろす。
「飲酒単独事故」
その言葉だけを低く繰り返す。
奥歯が、ギリッと鳴る。ルーファスの手が最後につかめなかったものを、ラウクは朝のニュースで泥の下へ押し込んだ。ドギョムはゆっくり顔を上げる。燃えた屋根の隙間から、まだ暗い町と、保安官官舎の方角が見えた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
59話 殺さない十二秒の選択
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