その笑いは、雨の線の向こうで短く途切れる。
ドギョムは無線機を握ったまま動かない。子供から持ってこい。声は冗談の形をしていない。命令だ。ミゲルの名を呼ばず、手続きに残らない形で連れていくという意味だった。
縛られた保安官代理が柱の根元で鼻息を荒くする。ドギョムはその顔を一度だけ見る。男をほどけば通報される。殺せば、マローンの声がもう一本別の道を使う。どちらもいらない。
彼はアンテナを立てたまま受信機だけを外し、雨合羽の内側へ押し込む。牧場の仮設中継は、まだ生きているふりをしなければならない。
同じ夕方、町の中心では黒いピックアップが焼けたヘナズ・ダイナーの前へ止まる。エンジンはしばらく低く唸り、雨をかぶった炭と曲がった看板の上へ排気の白い息をかける。
運転席から降りた男は、傘をささない。ヴィンス・マローンは濡れることを気にしない顔で、黒い外套の襟だけを指で整える。年齢は読みにくい。髪は後ろへ撫でつけられ、頬には肉がなく、笑う前から相手を値踏みする目だけが動く。
焼け跡に近づいた保安官代理が足場を示そうとするが、マローンはその手を見ない。軍用ブーツのような重い靴で、かつて入口だった場所をまたぐ。床板は炭になり、雨水を吸ってぐずりと沈む。カウンターの残骸には、ヘナが何度も布巾で拭いた跡だけが、煤の濃淡として残っている。
マローンはその炭を靴先でかき分ける。焦げた木片と割れた皿の破片が、灰の中で小さく鳴る。
「ここで金を取ってたのか」
誰も答えない。
焼けた柱の向こう、ラウクがカーキ色のシャツの上に黒い雨具を羽織って立っている。星形バッジは雨で濡れ、光を持たない。彼の顔には、怒りではなく計算の線が出ている。
マローンは振り向かずに言う。
「よそ者ひとりを捕まえるのに四分ずつ遅れるな。その横の二人から持ってこい」
ラウクは返事をしない。反論もしない。雨の中で折り畳みの地図を広げ、保安官代理のライトを使って町の線を見る。焼け跡から学校までは二本。学校から教会側へ抜ける路地も二本。片方は食料品店の裏、もう片方は古い葬儀屋の脇を抜ける細い道だ。
ラウクは鉛筆でその二本を結ぶ。学校の放送室と、教会地下へ続く換気口の位置が、地図の上で短い直線に変わる。
マローンは靴先についた灰を、カウンターだった板へこすりつける。
「紙を持ってる大人は後でいい。子供は走る。走るものは、先に折る」
ラウクの鉛筆が一瞬だけ止まる。だが彼はまだ答えない。地図の上、学校の裏口と教会の路地の間に、細い丸がひとつ増える。
そのころ、ミゲルは学校の二階、放送室の机の下に膝をついている。外は補習時間の終わりを過ぎ、廊下の蛍光灯は半分だけ点いている。校内放送用の古いマイクは黙り、短波受信機の赤いランプだけが、雨のたびに細く震える。
彼は最後のカセット二本を取り出す。一本には保安官側、もう一本にはブラスラインの古い周波数が貼られている。昨日、持ち出せなかった分だ。これを失えば、マローンの名前が無線に乗った証拠の半分が消える。
ミゲルは弁当箱の底板を爪で外す。指の関節はまだ青黒く腫れ、力を入れるたびに息が詰まる。それでも彼は声を出さない。二本を重ね、薄い紙で包み、底板の奥へ押し込む。上には冷えた豆の缶と、学校の購買で買ったままのパンを戻す。
『名前は呼ばれても返事しない』
ドギョムの声が頭の中で短く鳴る。ミゲルはうなずくように顎を引き、放送室の鍵を机へ戻す。窓の外、非常階段は校舎の裏手へ続いている。そこを降りれば、自転車置き場の横を抜けて、雨樋の影から路地へ入れる。
彼は弁当箱を鞄へ入れ、肩にかける。自転車の小さな赤い尾灯は、鞄の内ポケットに入れてある。尾灯は一回だけなら合図になる。二回光れば見つかる。そう決めていた。
廊下へ出た瞬間、一階から扉を乱暴に開ける音が上がる。
「ここも見ろ」
名前は呼ばれない。ミゲルはそこで、自分がもう学生として探されていないと知る。
教室の扉が一つずつ開く。ノブが回り、椅子が蹴られ、机の下が照らされる。誰かが教師の机の引き出しを全部引き抜き、紙が床へ落ちる音がする。
ミゲルは非常階段へ走らない。走れば音が響く。彼は放送室の反対側、理科準備室の前をすり抜け、清掃用具入れの扉を細く開ける。モップと洗剤の臭いが鼻を刺す。中は狭く、バケツが二つ重なり、古い蛍光灯の箱が斜めに立っている。
彼は体を押し込み、鞄を胸に抱える。弁当箱が肋骨に当たり、カセットの硬い角がそこにあることを知らせる。扉を内側からそっと引く。完全には閉まらない。歪んだ金具が、指一本ぶんの隙間を残す。
足音が二階へ上がってくる。
「放送室は空だ」
「隣を見ろ。倉庫もだ」
ミゲルは呼吸を薄くする。目は扉の隙間だけを見る。尾灯のスイッチは切ったはずだった。だが鞄を抱き直したとき、弁当箱の角が内ポケットを押している。
赤い光が、布の中で一度だけにじむ。
ミゲルの心臓が跳ねる。
光は消えない。弱い赤が、扉の隙間から廊下の床へ細く漏れている。雨の日の非常灯よりも小さい。だが暗い廊下では、十分すぎる。
同じころ、教会の地下室では、アルマが断熱材の隙間へ腕を差し込んでいる。ディナの封筒ノートの写しはすでに三つに分けられている。ひとつはミゲルの弁当箱の底。ひとつはアルマの外套の内側。そして最後のひとつを、彼女は壁の断熱材と古い板の間へ押し込む。
ヘナは階段の下で耳を澄ませる。グラディスは送信待機の画面を見つめたまま、指を祈るように組んでいる。ディナは何度も自分の空の封筒を開け閉めしている。誰も大きな声を出さない。
アルマは紙をさらに奥へ入れる。引っかかっていた端が、ようやく見えなくなる。
そのとき、換気口の格子越しに外が白く光る。
一度。
アルマは動きを止める。
路地の端で、黒いピックアップのヘッドライトが雨を裂いている。すぐ消える。誰かの合図のように。
二度目が光る。
今度は長い。格子の影が地下室の壁に伸び、断熱材の裂け目を細く照らす。アルマは反射的に手を引き、隠した紙の位置を体で塞ぐ。
ヘナが低く言う。
「伏せて」
階上ではまだ足音はない。だが光は、もう場所を読んでいる。
外郭牧場で、ドギョムは奪った受信機を耳へ寄せる。牧場中継は生きている。そこへ学校側の短いノイズが混じる。ミゲルが使う古い短波の癖だ。弱く、時々横へ滑る。
「……二階……廊下……」
少年の息が、砂嵐の奥でかすかに入る。送信するつもりではない。鞄の中の機材か、放送室に残った線が拾っているだけだ。
ドギョムは顔を上げる。学校までは走っても遠い。途中には検問が二つ、ラウクの読んだ路地が二本。牧場を捨てれば、教会への線が切れる。
無線の向こうで、保安官代理の声が近くなる。
「待て」
短い沈黙。
「今、赤い光が見えた」
冷たいノイズが、ミゲルの息を飲み込む。
清掃用具入れの前で足音が止まる。ミゲルは弁当箱を胸に押しつけ、尾灯を手探りで包む。指が震えて、スイッチに届かない。
扉の外で、誰かがゆっくりと言う。
「そこだ」
そして、ノブが回った。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
67話 二人の人質と沈黙の罠
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