ノブが回りきる前に、ミゲルは弁当箱を両腕で抱え込む。
薄い金属の箱が胸骨に食い込み、底板の奥に隠したカセットの角が肋骨を押す。息を吸うと音が出る。だから吸わない。扉の隙間から漏れていた赤い光は、鞄の布の中でまだ小さく滲んでいる。
外の男が笑う。
「ここだ」
扉が、蝶番ごと引きちぎられるように開く。モップの柄が倒れ、洗剤のボトルが床を転がる。雨の湿った廊下に、カーキ色の袖が二本入ってくる。最初の手がミゲルの髪をつかみ、二本目が鞄の肩紐を引く。
ミゲルは弁当箱だけを離さない。
「おい、持ってるぞ」
「箱だ。胸から剥がせ」
膝が床にぶつかる。古い蛍光灯の箱が背中に割れ、粉が制服へ散る。ミゲルは歯を食いしばり、箱の蓋を両手で押さえる。痛めた指の関節が熱く痛む。だが箱を開けられるよりはましだった。
保安官代理の一人が、彼の手首をねじる。腫れた関節に力が入らなくなる。弁当箱が半分だけ傾き、中の豆の缶が廊下へ落ちる。続いて、底板の隙間から黒いカセットが一本、滑るように飛び出す。
ミゲルの目がそれを追う。
カセットは床に落ち、ケースの角から砕ける。透明な破片と黒い磁気テープが、雨靴の下へ広がった。保安官代理の踵がそれを踏み、細いテープがぬめる蛇のように伸びる。
「録ってやがった」
「もう一本ある。箱を開けろ」
「触るな!」
ミゲルの声は、思ったより大きく廊下に響く。次の瞬間、腹へ膝が入る。息が折れ、世界が白く縮む。それでも彼は弁当箱を抱えたまま、床を引きずられていく。扉のない清掃用具入れに、赤い尾灯だけが取り残され、布の奥でまだ弱く光っている。
同じ時刻、教会地下では、二度目のヘッドライトが消えたあとに沈黙が落ちている。
ヘナは階段の下で包丁も銃も持たない。手にあるのは小型ラジオと、壁際の救急キットだけだ。アルマは断熱材の前に伏せたまま、隠した封筒ノートの写しが完全に奥へ入ったかを目で確かめている。グラディスはノートパソコンの画面を閉じようとするが、指が震えてうまくいかない。ディナは空の封筒を胸に押し当てている。
換気口の格子が、外から一度押される。
全員が凍る。
次に響いたのは、金属が裂ける音だった。格子が内側へ吹き飛び、錆びたボルトがコンクリートの床を跳ねる。黒い服の男が一人、雨と泥をまとって落ちてくる。続けて二人目、三人目。マローンの部下たちは、懐中電灯を下へ向ける前に銃口を上げている。
「動くな。手を見せろ」
ヘナが低く言う。
「下がって」
誰に向けた言葉か、誰も聞き分ける余裕はない。アルマは非常梯子の方へ一歩動く。地下室の反対側、古い壁板の裏にある狭い非常口だ。あそこから上がれば、葬儀屋の裏路地へ出られる。
だが彼女の視線が、断熱材の裂け目へ戻る。
封筒ノートの写しの端が、ほんの少しだけ見えている。ヘッドライトの光で浮いたせいだ。あの紙が抜かれれば、ディナが集めた名前、ヘナが写した封筒の厚み、グラディスの赤い丸、その一部がここで終わる。
アルマは走りながら手を伸ばす。
「アルマ!」
ヘナの声が飛ぶ。
一拍。
たったそれだけだった。
アルマの指は紙の端に触れ、さらに奥へ押し込む。だが背後の男の手が、彼女の肩をつかむ。痩せた体が後ろへ引かれ、裸足の足裏がコンクリートを擦る。アルマは肘で相手の胸を打とうとするが、二人目の男が腕をねじり上げる。
「こいつだ。女を確保」
「子供もだ。マローンさんへ」
ヘナは救急キットを両手でつかむ。中には包帯、消毒液、金属の留め具、古いハサミが詰まっている。重さは十分だった。
一人目の部下がグラディスのノートパソコンへ手を伸ばした瞬間、ヘナは横から踏み込み、救急キットを男のこめかみへ振り抜く。
鈍い音がする。
男は何が起きたか理解しない顔で膝を折り、懐中電灯を床へ落とす。光が回転し、地下室の壁、断熱材、アルマの顔、銃口、濡れた靴を順に照らす。
「走って!」
ヘナはグラディスではなくディナへ叫ぶ。だが自分の足は逆へ動く。コンクリートの壇の上、ドギョムが置いていった無線受信機と一九五〇年代の坑道図面が置かれている。ジョアンの二つ目の写しへつながる道。D-3へ入るための唯一の紙。
彼女はそれだけを抱える。
グラディスのノートパソコンは、画面を閉じる間もなく男のブーツに蹴られて滑る。ディナの封筒は床に落ちる。アルマが「ヘナ!」と叫ぶが、その口はすぐ布で塞がれる。
ヘナは振り返らない。振り返れば戻る。戻れば全員がここで捕まる。
倒れた男の体を踏み越え、反対側の低い換気口へ向かう。前にドギョムが点検した、子供一人なら通れると言った穴だ。大人の体には狭すぎる。だが彼女は肩から入る。火傷のある左手首が金属の縁にこすれ、新しい赤い線がまた開く。
背後で銃が床を叩く音がする。
「止まれ!」
ヘナは答えない。無線受信機を胸に抱え、坑道図面を口でくわえ、片腕で体を押し込む。肋骨がきしみ、錆びが頬を切る。足首を誰かの手がかすめるが、濡れた靴底は滑る。
次の瞬間、彼女は外の泥へ落ちる。
雨が顔を打つ。教会の壁の向こうでは、地下室の音がくぐもって続いている。アルマの声はもう聞こえない。聞こえないことの方が、刃物のように胸へ入る。
ヘナは立ち上がらない。泥の中を這い、葬儀屋の裏の廃倉庫まで進む。そこには昔の棺台と割れた窓だけがある。彼女はその陰へ滑り込み、初めて息を吐く。手の中には、地下室から持ち出したドギョムの受信機と坑道図面だけが残っている。
午前一時。
町の反対側、外郭牧場の廃畜舎では、天井から落ちる雨水が、ドギョムの手の甲に細い線を引いていた。
彼は縛った保安官代理の横で、奪った受信機を耳に当てている。閉じられていた町の非常無線網が、短く外部チャンネルへ開く。砂嵐のような音のあと、男の声が入る。低く、乾いて、雨に濡れない声。
「よそ者。資料がどのサーバーに入っているのか、一行だけ書け。そうしなければ、二人の子供の指を一時間に一関節ずつ受け取ることになる」
ドギョムはしばらく何も言わない。送信ボタンに親指が乗っている。押せば、声は届く。場所も、怒りも、焦りも、全部向こうへ渡る。
二時まで一時間もない。
彼は送信ボタンから親指を離す。答えない。その沈黙が返事になる。マローンの声はもう一度、何かを言いかけるが、彼は無線機をゆっくり下ろす。
雨水が、手の甲から指先へ落ちる。
次に折られるのが子供の指ではないように、ドギョムは外郭牧場の泥の上に、ラウクの目を引きつけるための最初の罠の線を、わざと乱して描き始める。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
68話 仕組まれた尾根の足跡
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