泥の線は、逃走の線に見えなければならない。
ドギョムはそう決めて、外郭牧場の柵の内側を斜めに歩く。雨は止みかけ、地面の表面だけが乾き始めている。廃畜舎の屋根から落ちる水滴は一定で、遠くの無線塔の赤い灯りだけが、雲の下で弱く瞬いている。
縛られた保安官代理は、柱の根元で鼻息を荒くする。口には布を噛ませてある。手首のコードは血を止めない強さで結んである。ドギョムは一度だけその結び目を確かめる。
「眠っていろ」
返事は、喉の奥のうめきだけだ。
マローンの取引には応じない。サーバー名も、写しの場所も、一文字も渡さない。だが黙っているだけでは、ミゲルとアルマの時間が削られる。ラウクの目を別の場所へ縫いつけなければならない。
牧場の給水槽の横に、古いディーゼル缶が転がっている。ドギョムは蓋を外し、乾いた土へ細く撒く。油は雨に浮かず、土の上で黒く広がる。そこへ軍用ブーツの底をわざと深く押しつけ、半歩だけ滑らせる。
足跡は、焦った男のものに見えなければならない。だが全部が焦りでは、ラウクは見ない。だから一つだけ、踵の角度を正しく残す。尾根へ向かう者が、峡谷迂回路を見せようとして失敗した形にする。
廃畜舎の裏を抜け、彼は新しいコンクリートの進入路へ出る。郡が最近流した灰色の帯だ。端はまだ白く、雨水が細い溝にたまっている。その脇の柔らかい土に、ドギョムは右足を深く置く。
軍用ブーツの溝が、くっきり残る。
もう一歩は浅く。次は乱して、次は古い牛の足跡へ重ねる。追跡者が地図にピンを刺す時、迷いながらも刺さざるを得ない線。ラウクの手が黒いピンを選ぶ場所を、ドギョム自身が設計している。
受信機が胸元で砂を噛むように鳴る。
「……外郭牧場、一斉包囲。車両六台。武装十二。保安官直轄」
本来なら零時指定だった指示が、一時間遅れで落ちてくる。マローンの脅しが、ラウクの手順を乱した。だが乱れた手順でも、ラウクは遅れをそのままにはしない。
別の声が続く。
「マローン側二名、北柵へ合流。廃畜舎三棟、順に潰せ」
ドギョムは無線を切らない。相手がどこを見ているか、聞き続ける。ミゲルの声はない。アルマの声もない。代わりに、雨、ディーゼル、保安官代理たちの硬い返答だけがある。
彼は廃畜舎の横へ戻り、縛った代理の帽子を床へ落とす。泥の上に引きずった跡を少しだけ作り、途中で消す。誰かを連れて逃げたようにも、一人で荷を運んだようにも見える半端な痕跡だ。
それから牧場の北側へは行かない。
コンクリートの進入路を横切り、錆びた柵の切れ目から外へ出る。そこから古い鉱山進入路を真っ直ぐには取らず、排水溝沿いに大きく南へ迂回する。草は膝まで伸び、雨を含んで冷たい。足跡は草の倒れ方だけになる。
背後で、最初のヘッドライトが牧場の外周を舐める。
「一号車、南柵」
「二号車、給水槽側」
「三号車、廃畜舎前へ入る」
ラウクの声はまだ出ない。部下を先に動かし、見たものだけを言わせている。ドギョムはその沈黙の方を警戒する。ラウクは怒鳴る男ではない。紙に残せる形へ冷やす男だ。
排水溝は途中で崩れ、赤土がむき出しになっている。ドギョムはそこで一度だけ膝をつく。肋骨が鈍く軋む。息を短く切り、右手で土を払う。メイソンの事故報告、ルーファスの飲酒単独事故、ミゲルの母の空白欄。どれも紙の上で呼吸を止められた名だ。
『今度は、指から始めさせない』
声にしない。声にすれば速度が落ちる。
古い鉱山の進入路は、地図ではもう道ではない。雨で削られた轍と、枯れた灌木の列だけが尾根へ伸びている。ドギョムはその脇の岩を選んで踏む。軍用ブーツの底が石を噛み、音は雨に割れる。
牧場側で怒号が上がる。
「一人いる! 柱だ!」
続いて、布を外す音と代理のむせる声が無線へ乗る。
「……やられた。男は、北へ……いや、違う。油を撒かれた。足跡が多い」
そこで初めて、ラウクの声が入る。
「黙れ。見た順に言え」
代理は息を乱しながら、給水槽、ディーゼル、進入路脇のブーツ跡、廃畜舎の床、縛られていた時間を報告する。ラウクは一つずつ聞き、最後だけを繰り返させる。
「進入路の脇だな」
「はい。深く残ってます。峡谷迂回路へ向かったように」
短い沈黙。
雨音が、無線の中で白く伸びる。
「違う」
ラウクの声は低く、近い。
「ブーツ跡の向きは峡谷迂回路じゃない。尾根のほうだ」
無線網が一拍止まる。
「保安官?」
「牧場の包囲を半分残せ。残りは尾根筋へ上げろ。ライトは消すな。あいつは光を嫌って影を使う。なら、影を削れ」
ドギョムは足を止めない。ラウクが読むことは、計算に入れている。だが読む速度が早い。一拍、こちらの想定より早い。縛られた代理を見つけられたとしても、牧場の罠にもう少し長く引きつけられると思っていたのだ。
尾根の下で、ヘッドライトが二つ、三つ、横へ動く。雨粒が光を砕き、白い線が斜面を上がってくる。包囲網は遅れたが、遅れたままではない。ラウクは遅れを角度で埋める。
ドギョムは岩の陰へ身を寄せ、呼吸を整える。換気塔は上側の尾根にある。坑口より高く、古いコンクリートの円筒が灌木の中に半分沈んでいる場所だ。ジョアンの二つ目の写しへつながるD-3、その上側の空気の穴。
そこへ入れば、牧場の線は切れる。だが中にはマローンの線がある。外にはラウクがいる。どちらも、子供の指を時間に変える連中だ。
受信機がまた鳴る。
「北尾根、ライトを上げろ。廃畜舎の三号から尾根へ逃げた可能性」
「マローン側、峡谷迂回路から戻せ。尾根を挟む」
ラウクが直接、地図を折り直している。ドギョムの足跡に刺されたピンを、自分の手で抜き、もう一度深く刺している。
尾根の上へ出ると、風が変わる。雨は横から顔を打ち、ディーゼルの臭いは薄くなる。代わりに、古い鉱山の冷えた鉄と湿った石の臭いが上がってくる。灌木の奥に、低いコンクリートの壁が見える。
換気塔だ。
補修された金属格子は正面側にある。だがドギョムはそこへ行かない。図面で見た亀裂は、上側の基礎と岩の継ぎ目にある。古いコンクリートが雨と熱で割れ、子供なら通れるほどの線を作っている。大人には狭すぎる。普通なら。
ドギョムはダッフルバッグを外し、先に亀裂の横へ押し込む。肩を入れる角度を測る。骨が当たる。痛めた肋骨が、内側から釘で押されるように痛む。
背後の斜面を、ヘッドライトが舐め始める。
一本の光が、彼のいた岩を白く照らす。二本目が灌木を切る。三本目はまだ下だが、上がってくる速度が速い。
無線の向こうで、ラウクが言う。
「背後を追うな。あいつは振り返らない男だ。先を回って塞げ」
ドギョムは本当に振り返らない。
彼は右手を伸ばし、換気塔のコンクリートの亀裂へ静かに手のひらを当てる。冷たいはずの石は、内側からかすかに温かい。地下で機械が動いている。人がいる。空気が吸われ、吐かれている。
その瞬間、亀裂の奥から、金属を二度叩くような音が返ってくる。
ドギョムの指が止まる。合図ではない。偶然にしては、間が正確すぎる。
背後の光が、ついに彼の肩先をかすめた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
69話 D-3へ続く換気塔
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