背後の光が肩をかすめた瞬間、ドギョムは亀裂から手を離す。
いま押し込めば、上半身が岩に噛まれる。動けない姿を見られれば終わる。彼はダッフルバッグを灌木の根へ押し込み、尾根の中腹へ斜めに滑る。
古い廃畜舎が三つ、斜面に残っている。板壁は半分腐り、波板の屋根は雨を受けて薄く鳴る。その間から、星形バッジをつけた保安官代理が三人、ライトを腰の高さで振りながら上がってくる。
「いたか」
「上だ。換気塔の方へ行った」
声は近い。ラウクではない。ラウクなら先に命令を置く。こいつらはまだ見たものを言葉にしている。
ドギョムは地面を読む。乾いた雑木の列。牛が掘った古い土の穴。崩れた柵。廃畜舎の柱。三人は横一列ではなく、一人が先に出て、二人が半歩遅れている。
先頭の男が雑木の間を横切る。ライトはドギョムの左を照らし、銃口はまだ下だ。次の一歩で、右足が土の穴へ落ちる。
ドギョムはその瞬間だけ動く。
影から斜めに入り、男の膝の内側へ爪先を叩き込む。骨の向きが変わる鈍い感触が靴底に返る。男は声を出す前に崩れ、ドギョムは首の後ろを押さえて顔を泥へ沈める。拳銃を抜く手を踏み、ホルスターごとベルトから外して藪へ投げる。
「右だ!」
二人目が振り向く。若い。手は早いが、留め具を外す癖が大きい。親指がホルスターのストラップを弾く前に、ドギョムの左手が手首をつかむ。
銃は抜けない。
ドギョムは男の肘を体へ引き込み、手首を外側へねじる。骨ではなく腱を狙う。指が開き、拳銃のグリップが泥へ落ちる。続けて膝裏を蹴る。男が片膝をついたところへ、ドギョムは肘を肩の後ろへ畳み、廃畜舎の壁板へ額を打たせた。
板が乾いた音を立てる。
「撃つぞ!」
三人目は後ろへ下がりながら叫ぶ。だが撃てない。前に倒れた二人が射線を塞いでいる。ドギョムは二人目の無線コードを引き抜き、泥に落ちた懐中電灯を蹴る。光が横へ転がり、廃畜舎の柱と雨だけを白く照らす。
三人目の視線が一瞬、光へ流れる。
その一瞬で十分だった。ドギョムは柱の影を抜け、背後から男の首へ腕を回す。喉を潰さず、頸動脈だけを締める。男は両手で腕を剥がそうとするが、肘が入る角度はない。かかとが泥を削り、背中が柱へ当たる。
「静かにしろ」
答えの代わりに、男の体から力が抜ける。ドギョムはすぐに締めを解き、気道を確かめる。生きている。動けない。それでいい。
彼は三人を廃畜舎の柱へ寄せる。最初の男は膝を押さえて呻き、二人目は手首を抱えたままうつ伏せで震えている。三人目は意識が戻らない。ドギョムは彼らのベルトから結束バンドを抜き、それぞれを柱に固定し、靴紐で足首を縛る。口には濡れた布を噛ませ、雨で窒息しない角度に顔を向ける。
殺さない。だが追わせない。
二人目の無線が割れる。
「尾根中腹、応答しろ。状況を言え」
ラウクの声ではない。中継の代理だ。ドギョムは返さない。返せば声の高さでばれる。無線はそのまま雨へ落とす。
三人目の外套が、ほかの二人より重い。胸の内ポケットに紙が入っている。ドギョムは指先で縫い目を探り、濡れた紙片を引き抜く。
折り目は新しい。印刷された坑道略図の切り抜きに、赤いペンで短い矢印が三本。端に手書きの文字がある。
M作業場。D-3。南換気枝道から搬入。
ドギョムは呼吸を止める。
マローンの私設作業場の位置だ。リハビリセンター本館の地下二階ではない。閉鎖坑道の奥、廃鉱坑道分岐D-3。ジョアンの一行、アルマの証言、図面隅に青黒いインクで書かれていた暗号座標。その末端と、紙片の矢印が正確に重なる。
偶然ではない。
ミゲルとアルマを脅すためだけの場所ではない。町が外へ見せる作業場とは別に、名前も番号も残さない奥の作業場がある。マローンが今夜、自分の手で動かしている場所。
ドギョムは紙片を胸の内側、認識票の横へ折り込む。紙は濡れているが、赤い線はまだ生きている。
尾根の下から、別の音が上がる。
複数のライトが雨を裂き、低い斜面を舐めながら近づいてくるエンジンとタイヤの音だ。そこに混じって、ラウクの声が無線の奥から鋭く入る。
「中腹で止まるな。三人を見失ったら、換気塔を塞げ」
距離は一分も残っていない。
ドギョムは立ち上がる。肋骨が内側で軋む。三人の拳銃は弾倉を抜き、薬室を空にして別々の泥へ投げる。無線機は一つだけ拾い、送信ボタンを壊して受信だけにする。ラウクの声を聞くためだ。
彼は廃畜舎を離れ、斜面を上がる。走らない。走れば草が大きく倒れる。低く、速く、足裏を岩に置く。雨脚が強くなり、ライトの線が太くなる。背後で一人目の代理が布越しに呻き、すぐに雨に消える。
換気塔の基礎は、さっきより黒く見える。コンクリートの亀裂は灌木の影に沈み、そこから熱い空気が細く漏れている。地下が息をしている。機械が回っている。金属を二度叩いた正確な音は、今は聞こえない。だが紙片が答えになった。
D-3は生きている。
ドギョムはダッフルバッグを先に亀裂へ押し込む。布がコンクリートに擦れ、金具が小さく鳴る。彼は肩を斜めに入れ、息を半分吐く。肋骨が圧される。視界が一瞬白くなる。
背後でライトが灌木の上を切る。
「換気塔だ!」
誰かが叫ぶ。
ドギョムは返事をしない。右肩を内側へねじり、左腕を先へ伸ばす。皮膚が裂ける感触がある。古い鉄格子の裏側に指がかかる。格子は人が通るためのものではない。空気だけを通すための狭さだ。
だが空気が通るなら、細い角度はある。
彼は体を押し込む。背中の布が剥がれ、胸の紙片と認識票が石に押される。喉から音が出そうになるが、歯で止める。次の瞬間、肩が格子の内側へ抜け、上半身が熱い闇へ落ちる。
下から、鉱車レールと坑木が吐き出す熱い空気が顔を打つ。吸い込む息のように、坑道の奥が風を返してくる。ディーゼル、錆、薬品、濡れた木。リハビリセンター地下二階より荒く、外へ出す商品を隠す臭いだ。
ドギョムは足を引き込み、亀裂の内側で体を丸める。外の雨が急に遠くなる。代わりに、坑道の底から低い機械音が上がってくる。一定ではない。作業の間隔がある。人がいる。
無線機が胸元で低く震える。
「中腹、三名応答なし」
別の声が続く。
「保安官、廃畜舎に負傷者。よそ者は上へ抜けた可能性」
短い沈黙のあと、ラウクが近くで答える。
「可能性じゃない。抜けた」
尾根の上、空になった廃畜舎の前でヘッドライトが止まる。光は塔の正面格子ではなく、基礎の影を一つずつ洗う。ラウクは車から降りたらしい。雨の中で、硬い足音が二歩、三歩、止まる。
ドギョムは熱い闇の中で息を殺す。
金属音がする。
ラウクが無線機を持ち上げた音だ。送信ボタンを押す小さな弾けが、雨の膜を抜けて低く響く。
「塔の下を照らせ。あいつは中へ入った」
その命令の直後、亀裂の外側を、懐中電灯の白い光がゆっくり舐め始めた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
70話 換気口に落ちる第一歩
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