プライスの声は、処刑台の時刻を告げたあとも、地下室の湿った壁に貼りついている。換気口の小さなラジオは途切れながら、町長室の発表を最後まで吐き出す。州知事訪問は来週。郡コンベンションホールだけでは足りず、屋外広場まで拡大する。ブラスヒルを全国的なリハビリモデルとして正式登録する場になる、とプライスは言う。
「昨夜の混乱は、私たちの歩みを止めるものではありません。むしろ、ブラスヒルが回復の町であることを示す機会です」
ヘナが救急キットの蓋を押さえる指に力を入れる。アルマはミゲルの肩を抱いたまま顔だけを上げる。ジョアンは毛布の上で目を閉じているが、まぶたの下で視線が動く。聞いている。
ドギョムは何も言わず、壇の上へ物を並べ直す。郡コンベンションホールの平面図。分岐D-3の図面。JR32の紙片。会計の写しが入ったメモリーカード。ドナルド・フィントンの自宅住所。濡れた紙と錆びたカードが、コンクリートの上で一列になる。
その横で、受信機が別の周波数を拾う。低いノイズに、マローン側の短い命令が混じる。
「訪問の夜に合わせる。残りの薬品は南へ。使える作業員は半分だけ積め。国境側の中継に回す。フィントンの紙は別便だ」
ミゲルが息を呑む。折れた指を包帯ごと胸へ引き寄せる。
「メキシコ国境……」
「逃がす気だ」
ドギョムは平面図の屋外広場に指を置き、次にD-3から南へ伸びる山道出口の線を押さえる。プライスは町を売る。マローンは町の中身を運び出す。ラウクはその間、外部からの暴力という紙を用意する。三つの動きが、同じ夜へ集まっている。
「その夜、一度に揺さぶる」
地下室の空気が一段冷える。誰も聞き返さない。
ドギョムは五本の線を鉛筆で引く。一本目は会計資料の自動送信。二本目は会場での大型スクリーン送出。三本目はフィントンの身柄確保。四本目はマローンの輸送路遮断。五本目は、ラウクとの正面。
「別々に落とせば、どれかが紙で潰される。五つ同時だ。時刻をそろえる」
グラディスが古いノートパソコンを膝に引き寄せる。ドギョムが焼け跡から回収したジョアンの機械だ。ジョアンは片手を動かそうとして痛みに顔を歪める。
「私が……やる」
「指がもたない」
ヘナの声は低い。だがジョアンは目を開け、包帯を巻かれた手を少しだけ持ち上げる。
「私の、カード」
ドギョムはノートパソコンとメモリーカードを彼女の前へ寄せる。ジョアンは右手を使えない。左手の爪が残っている指で、キーを一つずつ押す。グラディスが横から画面を読み上げる。州警察汚職捜査課。ダラスの地方紙。メンフィス通信社。郡検察。いくつもの宛先が、白い文字で並ぶ。
最後の行でジョアンの手が止まる。
「識別コード」
ドギョムは紙片を裏返す。JR32。何度も追ってきた四文字が、ここで初めて鍵ではなく引き金になる。
ジョアンは震える指で、J、R、3、2と打つ。押し間違えた一字を削除し、もう一度入れる。画面の下に、送信予約の灰色の枠が出る。
「決行日の二十三時。会場入力が生きた瞬間に、外へ吐かせる」
グラディスが言う。声は震えているが、説明は正確だ。
「回線を切られても、次につながった瞬間に出るようにするわ。古い仕組みだけど、まだ使える」
ヘナは地下室を見回す。焼けた食堂の代わりに、ここが動く場所になっていた。信徒席の下には非常用発電機。断熱材の間には救急キットと包帯。水の箱、缶詰、毛布、受信機。壁際には、ジョアンを寝かせるための板を二枚重ねた簡易の寝台。
ディナは封筒ノートの写しを小分けにし、濡れた封筒の角を乾かしている。グラディスは死亡診断書と外来受付記録を番号順に重ねる。アルマはその横で、識別番号名簿の空欄を一つずつ別紙へ写していた。鉛筆の先が、数字の横で何度も止まる。
「名前を入れていいの?」
アルマが小さく聞く。
グラディスはすぐには答えない。やがて首を振る。
「生きていると確認できた人だけ。死亡診断書がある人も、今は別にする。空欄は空欄のまま写すの。町が空けた穴を、そのまま見せるために」
アルマはうなずき、母の番号の上で指を止める。ミゲルは見ない。見ないまま、弁当箱を膝に置き直す。
「ドローン部の機材、まだ学校にあります」
声は低いが、もう逃げ腰ではない。
「夜間カメラが二つ。バッテリーは四本。持ち出せれば航路は組める。リハビリセンターの裏庭と、D-3の換気塔。それと、南へ出るトラックを追うなら……郡道八十一号線から砂漠側まで、途中で一回高度を落とせば」
ドギョムは少年を見る。腫れた指、乾いた血、痩せた首。だが目だけは、放送室で録音ボタンを押した時のままだ。
「飛ばすだけだ。追うな」
「追いません。見せます」
その答えで足りる。ドギョムは航路用に平面図の余白を空ける。
雨脚が強くなる。地下室の天井から一滴落ち、D-3の図面の端を濡らす。ヘナが布を置き、染みが広がる前に押さえる。
「ラウクは、会場に来る?」
ディナが問う。
「来る」
ドギョムは即答する。
「だが広場に立たせない。立たせれば、住民を盾にして紙を書く。別の場所へ引く」
「どこへ」
ヘナの目が細くなる。ドギョムはコンベンションホールの平面図から手を離し、古い町の地図を引く。北側、貨物線の跡。十年前に閉じた鉄道駅。錆びた貨車二両と信号所。人目は少ない。ラウクがドギョムの肋骨の痛みを知っているなら、そこに残る寝袋と包帯と軍用ブーツ跡を見逃さない。
「古い鉄道駅」
ヘナがその名を繰り返す。声に嫌な理解が混じる。
「餌ですか」
「餌だ」
ドギョムは短く答える。
「ラウクは俺を捕まえたいんじゃない。俺が何を守るかを見たい。なら、守るものを間違えさせる」
ジョアンが薄く目を開ける。
「食いつかなかったら」
「食いつく」
断言ではない。計算の結果だ。ラウクは紙を書く男だ。だから、よそ者が潜伏し、証拠を持ち、負傷しているという形を見れば、書類にできる捕獲地点を捨てられない。しかも鉄道駅なら、町長の広場から遠い。広場と教会を同時に叩くなら、ラウク自身だけが来る可能性が残る。
「あなたは、そこへ行くの」
アルマの鉛筆が止まる。
ドギョムはフィントンの住所の紙を折り、メモリーカードの横へ置く。
「行く。だが先に向こうへ行かせる」
彼は地図上の鉄道駅へ小さなXを描く。次に、コンベンションホール屋外広場、旧車両登録事務所脇の路地、D-3南側の輸送路、教会地下の四か所に点を打つ。五つの点が、雨音の中で見えない糸に結ばれる。
そのとき受信機が短く鳴った。マローン側ではない。保安官事務所の低い周波数だ。ノイズの向こうでラウクの声が、ひどく近く聞こえる。
「北の貨物駅を巡回表に戻せ。古い信号所もだ」
地下室の誰も動かない。
ドギョムは鉛筆を置く。餌はまだ投げていない。だが、ラウクはもう、その場所の名を口にした。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
81話 教会地下、決行五日前
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