「遅かったな、ソ・ドギョム。教会の車は、もう出たぞ」
ラウクの声は、雨に濡れても崩れない。
ドギョムは返事をしない。貨車の陰から一歩だけ出る。肩口の外套は水を吸い、左脇の包帯は古い痛みを忘れさせない重さで張りついている。
ラウクはカーキ色のシャツの上に、黒い外套だけを羽織っている。雨合羽も防弾ベストもない。武装人員もいない。腰の拳銃一丁。左手の無線機一台。銀色の星形バッジだけが、信号所の壊れた窓から漏れる光を短く返す。
彼は縛られた部下二人を見る。木箱の裏で意識を落としている男。貨車脇の坑木に固定され、布を噛まされた男。どちらにも長く目を置かない。生きていること、今夜もう使えないことだけを確認して、視線をドギョムへ戻す。
「殺していないな」
ドギョムは雨の線を越え、ホームの縁へ近づく。
「お前らの書類には困るだろう」
ラウクの口元が少しだけ動く。笑みではない。答え合わせの形だ。
「困らない。生きていれば、あとで話を変えられる。死んでいれば、変える必要がない」
「だから町は死体を好む」
「町じゃない。手続きだ」
ラウクは左手の無線機を外套の内へ押し込み、右手を拳銃のグリップへ置く。まだ抜かない。ドギョムとの距離を、雨粒より静かに測っている。
「お前は広場も教会も守れない。ここに立っているかぎりな」
ドギョムは答えない。
広場。スクリーン。グラディスの端末。教会の地下。ヘナの胸元に残る写し。ジョアン、アルマ、縛られた二人。車はもう出た。ラウクがそう言ったなら、半分は本当だ。半分は、こちらの足を止めるために置いた釘だ。
どちらにしても、この男を背に残して廃鉱へは行けない。
ドギョムは距離を詰める。
ラウクの拳銃が先に抜ける。濡れた革のこすれる音が一つ。銃口が上がる前に、ドギョムは右へではなく左へ入る。貨車とホームの間、錆びた連結器の影へ体をひねる。
銃声が雨を裂く。
肩の布が熱く裂ける。弾は肉を深く取らない。外套と皮膚をかすめ、血がすぐ雨に薄まる。だが体をひねったせいで、古く痛めた肋骨が内側から鈍く軋む。
息が半分で止まる。
ラウクはそれを見る。目だけが、七号室のマットレスを見る時と同じ冷たさになる。
「左だな」
ドギョムの足が止まりかける。
「七号室の血は正直だった。包帯の置き方も、寝る向きも。お前は走れるが、ひねれない」
二発目の銃口が下がる。胸ではなく、左脇へ。
ドギョムは貨車の角をつかむ。濡れた鉄が手のひらを切る。銃声がもう一つ鳴る直前、彼は自分の体重を落とし、貨車の角を支点にして前へ滑る。弾は信号所の木枠を削り、湿った木片が頬を打つ。
ラウクの右手首を捕まえる。
拳銃はまだラウクの指の中にある。ドギョムは銃口を自分から外すため、手首を下へ押す。ラウクは退かない。むしろ一歩踏み込み、肩からぶつけてくる。背の高さはドギョムより少し低い。だが重心が低い。書類の男ではあっても、倒れ方を知らない男ではない。
二人の体が貨物ホームの端へ流れる。
ラウクの左肘がドギョムの痛む脇をかすめる。狙った動きだ。ドギョムの視界の縁が白く弾ける。握った手が一瞬緩む。ラウクはその隙に拳銃を戻そうとする。
ドギョムは緩んだ指を握り直さない。代わりに、ラウクの外套の襟をつかむ。
引く。
二人は同時にホームの端を越える。
落下は短い。だが下は砂利ではなく、雨水の溜まった線路だ。枕木の間に黒い水が張り、油膜が薄く光っている。ドギョムの背中が先に落ち、肺の空気が抜ける。ラウクの膝がその横に落ち、拳銃を持つ右手が水を叩く。
冷たい泥水が顔へ跳ねる。
ドギョムは息を戻すより先に、ラウクの手首を押さえる。ラウクは体をねじり、左手でドギョムの顎を押し返す。指が喉へかかる。殺す締め方ではない。息を奪い、視線を上へ向けさせる手だ。
「見ろ」
ラウクが低く言う。
ドギョムの背中の下で、枕木が硬く当たる。肩の傷から流れた血が雨水へ溶ける。信号所の明かりは揺れ、貨車の腹は黒い壁になる。
「お前も俺も同じだ。法は信じず、暴力で結論を出す。バッジがあるかないか、それだけだ」
ドギョムは喉にかかる指を外そうとしない。ラウクの右手を見ている。銃を握る指。トリガーにかかる人差し指。濡れても力は抜けていない。
「違う」
ようやくドギョムが言う。
声は短い。雨にほとんど沈む。
ラウクの眉がわずかに動く。
「俺は報告書を書かない」
ドギョムは膝を立て、ラウクの腰を押し上げる。喉の指がずれる。その一瞬で、拳銃を持つ右手首を両手で挟み、外側へひねる。ラウクは歯を食いしばるだけで声を出さない。手首の関節はまだ折れない。だが銃口が線路の水面へ向く。
ドギョムは手首を奪うのをやめる。
足先を滑らせる。
軍用ブーツの爪先が、ラウクの拳銃のトリガーガードへ入る。蹴るのではなく、引っかけて外す。ラウクが握り直す前に、ドギョムは踵を返すように振り抜く。
拳銃が指から抜ける。
黒い金属は枕木に一度当たり、鈍い音を立てて跳ねる。次に雨水の溜まった線路の脇へ滑り込み、油膜を破って沈む。銃口から最後の空気が小さな泡になって上がる。
ラウクの目が、初めてわずかに細くなる。
ドギョムは立ち上がりかける。左脇が激しく鳴り、膝が一瞬沈む。それを見たラウクが、濡れた線路の上でゆっくりと立つ。
二人の間には拳銃がない。
だがラウクの左手が外套の内へ滑る。拳銃ではない。さっきしまった無線機だ。割れたスピーカーから、雨とノイズに混じって別の声が漏れる。
「……移送車、D-3へ入る。女記者は生かせ。倉庫は予定を待たない」
ヴィンス・マローンの声だった。
ラウクは濡れた顔のまま、低く笑う。
「聞こえたか。お前が選ぶ時間は終わった」
ドギョムは水の中へ沈んだ拳銃から視線を上げる。線路の先、廃鉱の方角で、雨の向こうの空が一瞬だけ白く光った。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
98話 ラウクの指と赤い空
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