保安扉が開いた瞬間、海凛(ヘリン)は朴美妍(パク・ミヨン)を自分の背後へ下げる。相談所の職員が二人、廊下の奥から出てくるが、記者も警官もいない場所で強引に腕を取るほどの決断はできない。海凛の端末は、非常呼出ボタンを押した相談員の手元から、壁面画面の三日後という告知まで、途切れず録っている。
道允(ドユン)は美妍の肘を支えたまま出口へ進む。自動扉の黄色い表示が赤に変わる直前、海凛が受付カウンターへ紙を叩きつけた。
「本人の退所意思を妨げるなら、今ここで身体拘束の根拠条項を出してください。出せないなら、道を開けて」
職員の視線が宙で絡む。その短い迷いのあいだに、三人は外へ出る。無人車両が歩道ぎりぎりに止まり、扉を開けていた。美妍を後部座席へ押し込むと、海凛は行き先を二つ入力する。一つは李成勲(イ・ソンフン)の臨時連絡先。もう一つは裁判所記録保存棟の鑑定入口だった。
「美妍さんは成勲さんと合流させます。私たちはこのまま解析します」
「三日後までに、全国送出を止める方法を見つける」
道允は抜き取った送出予約値を隔離領域で確認する。ADP-RS-17。番号は冷たく、ただの処方名に見える。だがその中身は、志厚(ジフ)を失った母親の怒りを薄め、公共機関への不信を病名に変え、行政処分を受け入れる感情へ誘導する波形だった。
美妍は後部座席で、両手を握ったまま言う。
「私が、何か証言すれば止まりますか」
海凛は振り返らない。嘘の慰めを言わない人間の沈黙が、一瞬だけ車内を満たす。
「止める証拠の一部になります。だから、今は一人で署名しないでください。電話にも出ないで。成勲さんと一緒にいてください」
美妍はうなずく。泣かない。もう涙に頼らず立っている顔だった。途中の停車地点で彼女を降ろし、成勲が駆け寄ってくるのを確認してから、車両は再び走り出す。
裁判所記録保存棟の地下鑑定室へ入った時、時計は十四時を過ぎていた。三日後午前十時まで、残りは七十時間を切っている。海凛は通常受付ではなく、すでに受理された証拠保全事件C-FM-11902の補充鑑定として端末を開く。
「受付を新しく通すと、また国家安定化関連で弾かれます。既存の鑑定枝に吊るします」
「ADP-RS-17を証拠保全対象にする」
「ええ。朴美妍氏への未説明送出予約値として」
道允は相談所端末から抜いた予約値を、裁判所鑑定サーバーの隔離領域へ上げる。画面に警告が連なる。取得経路不完全。原本者不明。送出元支部不一致。だが海凛が録画と同意書の欠落、相談員の説明記録を添付すると、内部監査タグが司法保全タグへ置き換わった。
『補充鑑定対象、受理』
道允は息を短く吐く。これで少なくとも、ADP-RS-17を単なる盗難データとして回収されることはない。問題は、その先だった。
彼は波形の予約値を展開し、送出元と送出先を逆算する。恩平(ウンピョン)市民記憶相談所の端末は表面上、支部内の小型相談装備につながっている。しかし実際の値は、いったん市民危険評価センターの中継識別を通り、そこから記憶矯正庁の全国支部ネットワークへ戻っていた。
「迂回じゃない。これが本線です」
道允は画面を指でなぞる。病院相談装備、失業給付窓口、地域精神保健センター、矯正庁支部。名前の違う端末が、同じ形式の送出待機列を持っている。
「相談所だけ止めても、別の窓口から流せる」
海凛の声が低くなる。「全国網の末端を医療と福祉に混ぜている。拒否した人間を別の支援窓口へ回せば、そこで同じ処方が出る」
道允は青松(チョンソン)旧実験棟から持ち出したログを重ねる。人格耐性試験の表で、怒り反応が沈む直前に記録された順応波形。尹泰謙(ユン・テギョム)の診療記録に残った自己罪悪感反応の鈍化線。金道植(キム・ドシク)の病室で見た、白昌浩(ペク・チャンホ)由来の怒りの下に貼られた別人の諦念。
ばらばらに見えた線が、ADP-RS-17の中で一つの処方へ整列する。
「青松の失敗値を、市民用に薄めている」
道允の声は掠れない。掠れさせる余裕がない。
「安定化記憶は新しく作ったものじゃない。容器実験で、対象者が抵抗をやめた瞬間の反応を抽出している。怒りをなくすのではなく、怒る経路の上に、諦めた人間の反応を被せる」
海凛は口元を一瞬だけ固くする。兄の名前が画面の片隅にあるからだ。だが彼女はそこへ感情を置かない。必要な項目だけを選び、裁判所サーバーへ照合要求を投げる。
結果は冷酷に返る。
『ADP-RS-17、青松人格耐性試験安定化層と部分一致』
『一致率、七十一・三パーセント』
『派生送出束、全国待機列内に二百八十九件』
「三百十二人のうち、ほとんどがもう別名の処方を割り当てられています」
海凛は画面を拡大する。美妍のようにADP-RS-17を割り当てられた者だけではない。ADP-LB、ADP-AC、ADP-GV。名前は違っても、根にある安定化層は同じだった。
「サーバーを暴露すれば止まるか」
道允は自分で言って、自分で答えを読んだ。送出予約は中央サーバーに置かれていない。全国支部へ分散され、各病院と相談装備のローカル待機領域に複製済みだ。発表式の合図が出れば、中央が落ちていても予約された束は時刻同期で送出される。
「単純な公開では足りません」
海凛は淡々と言う。「止めるには、全国待機列そのものへ停止命令を入れる必要があります」
道允は支部ネットワークの中心を探す。市民危険評価センター、司法技術委員会、保健福祉部連携網、記憶矯正庁本庁。どの経路から入っても、同じ場所で接続が弾かれる。画面中央に、見慣れない鍵の記号が浮かぶ。
『全国記憶ネットワーク中核認証』
『通常管理者権限、接続不可』
『認証波動、未照合』
「波動認証……」
道允は眉を寄せる。生体署名とは違う。指紋や虹彩でもない。記憶束の深層に刻まれる、原本者固有の感覚波形を鍵として扱っている。
海凛が青松資料の別窓を開く。「マスターキー生成式が一部残っています。破損しているけれど、空欄の位置は読める」
式は不完全だった。基準原本、感覚同期率、非矯正記憶波動、初期抽出安定値。重要な欄ほど黒い欠落になっている。呉世俊(オ・セジュン)が消したのか、青松から脱出するときの破損かはわからない。
道允はADP-RS-17の予約値、青松実験棟ログ、姜武鎮(カン・ムジン)の七・四秒同期区間を並べる。不明第三層。DY-10。補助対象、未成年女児の可能性。どれも答えではないのに、同じ穴の周囲を回っている。
「空欄を、既存のコード列で埋めてみます」
海凛はキー生成式の欠落欄へ、青松資料に残った原本記憶コードを一つずつ照合する。死刑囚、長期囚、金道植、尹泰謙、姜武鎮。どれも弾かれる。複数の記憶を重ねられた者の波形は、鍵としては汚染されすぎている。
道允は画面の隅に残る古い識別列を見る。第五特殊執行室の椅子から回収した破損映像に、砂嵐の奥で一度だけ浮いた列。DY-10の横に、別の短い原本コードがあった。当時は欠けて読めなかったものだ。
「これも入れてください」
海凛が視線だけで問う。
「倉庫映像の欠損列です。意味はまだわかりません」
彼女は余計な確認をしない。コードを入力する。黒い空欄の一つが、音もなく白へ変わる。続いて二つ目、三つ目。式の欠落が、まるで最初からそこへ入るべきだったように埋まっていく。
端末の冷却ファンが高く鳴る。道允は椅子の背を握る。嫌な予感ではない。もっと深い、身体の内側から呼ばれるような圧迫だった。
『照合完了』
『中核認証波動、生成式一致』
『原本記憶コード列、登録名確認中』
海凛の指が止まる。道允も画面を見る。そこに出た文字は、人物名でも施設名でもなかった。
『最初の原本』
短い表記が、白い画面の中央に鮮明に浮かぶ。
「最初……」
道允は声を出したが、続く言葉が見つからない。原本とは誰の記憶なのか。なぜ全国網の鍵になるのか。なぜ青松の実験棟ではなく、倉庫の欠損列と一致するのか。
海凛も答えを持たない。ただ、彼女の顔から血の気が引いていく。
その瞬間、裁判所鑑定サーバーの右上に新しい通知が走る。
『中核認証波動照合要求、外部から再送』
『要求元、国民安定化プロジェクト発表式準備系統』
『代表執行官紹介枠、認証待機中』
三日後の壇上で使われるはずの系統が、今ここで、同じ鍵を探し始めていた。