赤黒い一行を見たまま、誰も動けなかった。
地下室の湿った空気が、喉の奥に張りつく。紙片の文字は古い血のように乾ききっていたのに、今書かれたばかりの警告のように鋭かった。ヘジュンは胸元へしまった家族写真を無意識に押さえた。荷物はまだ増えている。その言葉が、壁際に積まれたリュックの山と、自分たちの背負ってきた荷物を同じ列へ並べた。
ジェヒはオ・ギョンテクの住民登録証を握ったまま、顔色を失っていた。ライトの白い輪の中で、彼女の指先だけが小刻みに震えている。普段なら確かめてから話す彼女が、今は確認より先に何かを飲み込もうとしていた。
ヘジュンは声を出せなかった。声を出してはいけないからではない。胸の奥から上がってくる問いが、あまりに重かったからだ。
なぜ、今まで言わなかった。
その目を向けると、ジェヒはすぐに気づいた。彼女は身分証を上着の上へ置き、濡れた膝を床についたままメモ帳を開いた。ペン先が紙に当たる音だけが、地下室の中でやけに大きく聞こえた。
『本当の目的』
『土壌調査だけではありません』
ジェヒの字は最初だけ乱れていたが、すぐにいつもの細い整った線へ戻った。だが指の震えは消えなかった。
『オ・ギョンテク』
『二十数年前、稜線下へ産業廃棄物を運んだドライバー』
『会社の下請け』
『埋立場所の内部資料を持っていた』
ヘジュンは一語ずつ読み、奥歯を噛んだ。薬品臭。管理棟で破り取られていた閉鎖通知。地図にない小屋。床の下から流れ込む腐った息。ばらばらに見えていたものが、急に一本の錆びた鎖になって足首へ絡んだ。
ジェヒはさらに書いた。
『彼は三か月前、私に連絡してきました』
『資料を渡すと言った』
『このキャンプ場の近くで会う約束でした』
『その日から消息不明』
ペン先がそこで止まった。
ドユンが階段の三段目から身を乗り出した。声の出ない喉を押さえ、スマートフォンの画面を差し出す。
『警察には?』
『会社には?』
ジェヒは唇を噛んだ。返事の代わりに、しばらく目を伏せる。その沈黙だけで、答えの半分はわかった。
彼女は次のページに書いた。
『会社は資料の存在を否定』
『古い搬入記録も消えていました』
『私が持っていたのは、彼の断片的な証言だけ』
『確信がなかった』
『ここに来れば、土壌で確認できると思いました』
ヘジュンの胸に、怒りに似たものが上がった。確信がなかった。だから何も言わなかった。そう読めた。だが彼自身も、無音電話を隠し、予約の備考欄を隠し、妹に必要なことを最後まで言えなかった。責める目を向けながら、その目が自分へ跳ね返ってくるのを止められなかった。
階段の上でソユンが小さく身じろぎした。ヘジュンは振り返り、下りてくるなと手のひらで示した。ソユンは口を押さえたまま、ジェヒのメモと兄の顔を交互に見た。責めるでも、かばうでもない。ただ、もう誰も嘘で守られたくないという目だった。
ミンソはその間も動いていた。ランタンの角度を少し変え、靴と足跡から視線を外さないまま、財布が見つかったオ・ギョンテクのリュックを引き寄せて探る。救助現場で遺留品を拾う手つきは慎重で、迷いがない。泥にまみれた底のポケットを指で探り、小さな鍵と、薄い防水袋を引き抜いた。
ミンソが袋を掲げると、ジェヒの目が鋭くなった。
中には黒ずんだ小型の防水ノートが入っていた。表紙は擦り切れ、角は溶けたように丸い。ゴムバンドは切れかけていたが、内側の紙は意外なほど残っている。ミンソはノートを開く前に、全員へ見えるよう手のひらへ書いた。
『読む』
『触るのは私だけ』
ヘジュンは頷いた。ドユンも震えながらカメラを向けた。撮影のためではない。今はもう、見たものを誰かの記憶だけに残すのが恐ろしかった。
最初のページには、粗い線で山道が描かれていた。入口、管理棟、Aサイト、Bサイト。その先に公式の場内図にはない細い線があり、赤い丸で小屋の位置が示されている。丸の横には、韓国語で短く走り書きがあった。
『地図に出ない』
『音に従うな』
『霧の日は位置がずれる』
ヘジュンは喉の奥が冷えた。彼らがここへ来るまでに踏んだ罠が、すでにそこに書かれていた。
次のページには、小屋の断面図らしいものがあった。床の中央に四角い蓋。そこから階段が落ち、地下室へつながる。さらに地下室の奥から、細い管のような線が何本も伸びていた。一本はストーブの位置へ。一本は管理棟の裏手へ。もう一本は稜線の下へ沈み込むように描かれている。
ジェヒが息を止めた。
ミンソはページを押さえ、ライトを近づける。走り書きの横に、別の筆跡で書き足された文字がびっしり詰まっていた。古い筆圧の強い字と、あとから急いで重ねた細い字。余白という余白に、警告と番号と矢印が絡み合っている。
『換気口』
『埋めたものの息』
『ふさいでも上へ来る』
『声は管を通る』
『金属の中で反響する』
ジェヒは震える手で自分のメモへ写し始めた。だが途中でペンが止まり、彼女はヘジュンを見た。これが土壌汚染だけではないと、もう彼女自身も認めていた。廃棄物が地下にあり、その上に小屋がある。そして小屋の怪異は、その毒の息と死者の声を同じ通路で這わせていた。
ヘジュンは床の蓋を思い出した。黄色と黒の警告ステッカーの跡。防塵テープ。人が出入りするためではなく、何かを封じるための蓋。そう考えると、あの黒い四角の重さまで意味を持ち始めた。
ドユンがスマートフォンに文字を打った。
『これ』
『出口じゃない』
『口だ』
その表現に、誰も反論しなかった。
地下室の奥で、水が一滴落ちた。ぽたり、と短く鳴っただけなのに、全員の肩が硬くなる。埃のない登山靴は動いていない。だが靴紐の揺れは、前よりも少し大きくなっていた。
ミンソはノートをめくり続けた。ページごとに、数字と印が増えていく。小屋の柱の位置。床下の空洞。換気口の蓋。ストーブの背面。何度も同じ場所に丸がつけられ、ところどころに「開けるな」「聞くな」「同じ声は二度目で近づく」とある。
最後に近づくほど、字は崩れていた。
『荷物を数えるな』
『名前を読まれる』
『返事をしなくても、心で呼ぶな』
『忘れたふりをしろ』
『それでも覚えている』
ヘジュンは読むうちに、胃の奥が重く沈んだ。これは調査記録ではない。逃げながら書いた生存のための覚え書きだった。オ・ギョンテクはここで何かを見て、何度も失敗し、それでも誰かへ渡すために残した。ジェヒへ。あるいは、次にここへ落ちる誰かへ。
ジェヒの目が赤くなっていた。泣いてはいない。ただ、泣くより硬い顔でページを追っていた。
『私が削除しなければ』
彼女はそう書きかけて、手を止めた。
ミンソがその手首を軽く押さえた。今は自分を責める時間ではない。そういう短い圧だった。ジェヒは目を閉じ、書きかけの文を線で消し、別の文字を書いた。
『持ち帰る』
『公表する』
ヘジュンは頷いた。だがその前にここを出なければならない。ここを出る方法が、このノートのどこかにあるはずだった。
ミンソの指が、最後のページで止まった。
そこだけ紙の色が違った。水に濡れた跡はあるのに、中央の一行だけはにじんでいない。赤いインクで、太く、何度もなぞるように書かれていた。前のページまでの走り書きと違い、その一行だけは読む者の目を釘づけにするために残されたものだった。
ミンソはライトを当てた。
「私の声が聞こえたら、私はすでに私ではない」
誰のものとも知れない赤い文字が、地下室の冷たい光の中で沈黙していた。
その瞬間、階段の上から、ひどく近い息遣いが降りてきた。誰も口を開いていない。ドユンも、ソユンも、ジェヒも、ヘジュンも。なのに蓋の向こう、小屋の床の上で、ミンソと同じ乾いた声が静かに言った。
「読んだなら、上がってこないで」
外から自分の声が聞こえても答えるな
24話 錆びた金属管の息遣い
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