階段へ向いた新しい足跡を見た瞬間、ミンソが手を横へ払った。
下がれ、という合図だった。声にすれば、それだけで上のものが笑う。ヘジュンは写真と身分証を膝の布ごと抱え、足跡を踏まないよう後ろへ退いた。低い天井に肩が当たり、湿ったコンクリートの粉が首筋へ落ちたが、払う余裕はなかった。
ジェヒも半歩下がり、ライトを足跡から靴へ戻した。ドユンは階段の三段目で凍りつき、スマートフォンを胸に押し当てていた。ソユンは上の壁際で両手を口に押しつけ、兄の動きだけを見ていた。
外のドユンの声は、それきり黙った。
その沈黙が一番悪かった。今度は返事を待っているのではなく、彼らが何を見つけるかを見物しているようだった。
ミンソはランタンを一つ受け取り、階段下の柱代わりに突き出た錆びた鉄骨へ固定した。光を直接靴へ当てず、地下室の隅を斜めに照らす角度だった。影が動けばわかる。こちらの目も眩まない。救助現場で鍛えられた動きは、恐怖の中でも無駄がなかった。
淡い黄色の光が、リュックの山の奥へ染み込んだ。
誰もいなかった。
荷物の隙間、裂けたジャケットの下、剥がれた靴底の重なり、古いヘルメットの内側。どこにも人の手足は見えない。だが埃のない登山靴だけが、ついさっき履き口から何かを逃がしたように濡れていた。
靴紐はまだ揺れていた。
大きな揺れではない。黒い紐の先が、呼吸に合わせるように、ゆっくり、ゆっくり左右へ振れる。地下室には風がなかった。階段から降りてくる空気も、床下から上がる湿気も、紐を揺らすほど強くはない。
ヘジュンは奥歯を噛み締めた。声を出さないためではなく、歯が鳴りそうだったからだ。
ミンソはランタンの位置を確かめると、指で壁際を示した。全員、そちらへ。ヘジュンは頷き、ジェヒとドユンを先に寄せる。階段上のソユンには、下りてくるなと改めて手のひらで示した。ソユンは悔しそうに目を細めたが、動かなかった。今はその判断が彼女を守っていた。
ジェヒは壁際へ下がりながら、床に散らばった身分証や、近くのリュックから取り出した身分証を集めた。さっきの父親のものだけではない。水に膨らんだ財布、透明ケースに入った免許証、角が削れた住民登録証、古い学生証まで混じっている。
彼女は腰を落とし、濡れていない上着を一枚引き寄せた。その上へ、カードを年代順に並べ始める。
まずは発行日が古いものから。次に、カードの種類。読める名前。読めない名前。濡れて写真が剥がれたものは別にする。彼女はペンを出し、メモ帳に短く欄を作った。
『年代順』
『重複確認』
『失踪記事』
ヘジュンの胸が嫌な音を立てた気がした。
ジェヒは一枚目を指した。十一年前。次は九年前。七年前。三年前。数か月前の日付が残るものもあった。年齢はばらばらだった。五十代の男性、二十代の女性、学生らしい若者、家族連れの父親。登山者だけではなく、キャンプ場利用者らしい住所も混じる。
ドユンが震える指で画面を向けた。
『これ』
『前に記事で見た名前』
声がないせいで、彼の目だけが必死に訴えていた。ヘジュンは画面とカードを見比べる。そこにある姓と名は、確かにどこかで見覚えがあった。キャンプ場閉鎖の記事を調べたとき、コメント欄の奥に貼られていた過去のニュース。静寂稜線付近で行方不明。捜索打ち切り。自力下山の可能性。そういう、責任を曖昧にする言葉と一緒に並んでいた名前だった。
ジェヒは別のカードを拾い、顔色を失った。
彼女はメモ帳を開き、以前保存していた記事の見出しを書き写すように、震える字で示した。
『三か月前』
『単独登山者』
『静寂稜線北側で消息不明』
カードの名前と一致していた。
さらに一枚。
『五年前』
『キャンプ客夫婦』
『子供一名含む』
ヘジュンは膝の上の家族写真を見下ろした。山道の入口で笑っていた父親、母親、前歯の抜けた男の子。地下室の中で、写真の笑顔だけが薄いビニール越しに残っている。彼らはニュースの中では「行方不明者」だった。ここでは荷物を剥がされ、靴を脱がされ、身分証だけを抜き取られて並べられていた。
ミンソがリュックの山の下段を慎重にずらした。中から小さな鍵束が出てきた。車のキー、家の鍵、ロッカーの鍵。持ち主が帰るつもりで最後まで持っていたものだった。
別のリュックからは携帯電話が見つかった。何台も。古い折りたたみ式、画面の割れたスマートフォン、防水ケースに入ったままの端末。どれも電源は入らない。ジェヒが一つの電源ボタンを押したが、黒い画面にライトの反射が映るだけだった。電池が切れたというより、長い時間をかけて中身ごと腐ったような沈黙だった。
ヘジュンは裂けたサイドポケットから、濡れた紙片を見つけた。鉛筆で書かれた文字は半分溶けていたが、読み取れる部分だけで十分だった。
助けてください。
声がします。
妻が外で呼んでいます。
返事をしたら、同じ声でまた呼ばれました。
ここがどこかわかりません。
最後の行は、途中で強く引っかかれて消えていた。書いた本人が慌てて塗りつぶしたのか、誰かに奪われたのか判別できない。
ヘジュンは紙を握り潰しかけ、すぐに力を抜いた。これも証拠だった。誰かが最後に残した、まだ人間でいようとした痕跡だった。
ミンソは鍵束、携帯、メモを見つめ、口元を押さえた。元救助隊員として、遺留品を家族に返す意味を知っている目だった。けれどここにある数は、手順は、湿った静けさは、通常の遭難現場ではなかった。
ジェヒがゆっくり首を横に振り、メモに書いた。
『隠れ家ではない』
『保管庫』
その言葉で、地下室の空気がさらに重くなった。
遺品保管庫。
誰かが失踪者たちから荷物を剥ぎ取り、分類し、積み、残してきた場所。忘れられたものが偶然溜まったのではない。管理されていた。靴紐をほどく何かが、今もここにいて、次の荷物を待っている。
ヘジュンは階段を見上げた。上の蓋は開いたままだ。小屋の床、そのさらに向こうに、外のドユンの声がいる。ここへ降りてきた理由はあった。だがこれ以上長くいれば、こちらの名前も、鍵も、携帯も、同じように並べられる。
彼はミンソへ手ぶりを送った。上へ戻る。まず全員を上げる。証拠は最低限だけ持つ。
ミンソも同じ判断だった。ランタンを外さず、片手でドユンに階段を上がるよう促す。ドユンは抵抗しなかったが、靴のほうから目を離せない。ヘジュンは布に包んだ写真と身分証を胸へ入れ、ジェヒが並べたカードを見た。
そのとき、ジェヒの指が止まった。
彼女の手元には、古い茶色の財布があった。革は水を吸って膨らみ、縫い目から白い塩のようなものが吹いている。カード入れの奥から、硬いプラスチックが半分だけ覗いていた。
ジェヒはそれを抜き取った。
住民登録証だった。
ライトを近づけた瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。目だけが大きく開き、呼吸が乱れる。声を出しそうになったのを、彼女自身が手の甲で口を押さえて止めた。
ヘジュンはカードを覗き込んだ。
写真の男は中年で、頬がこけ、目の下に深い影があった。だが証明写真の硬い表情の奥に、どこか追い詰められた人間の鋭さが残っている。
名前欄には、オ・ギョンテクとあった。
ジェヒの指が震え、メモ帳へ乱れた字が走った。
『私が追っていた』
『不法埋立の内部情報提供者』
ヘジュンは意味を理解するまで、一拍遅れた。
ジェヒがこの山に来た理由。閉鎖通知書の破られた資料。薬品臭。地図にない小屋。土壌調査の疑惑地点。それらが一つの線になり、足元の濡れた床へ沈んでいく。
オ・ギョンテクの住民登録証の裏から、折り畳まれた小さな紙片が滑り落ちた。
赤黒く変色した字で、一行だけ書かれていた。
『声を信じるな。荷物はまだ増えている。』
外から自分の声が聞こえても答えるな
23話 地下室に響く赤い警告
次の話