雨は、フロントガラスを殴るように降っている。
長距離バスはテキサス北部の国道を北へ走っている。夜明け前から降り続いた雨で、アスファルトは油を塗った鉄板みたいに光っている。ワイパーは休まず左右に振れるが、視界はすぐに水の膜でつぶれる。
前方でトレーラーの尾灯が揺れる。運転手が舌打ちをする。次の瞬間、バスの後輪が横へ流れる。
乗客の悲鳴が車内に跳ねる。
ドギョムは座席の肘掛けを片手で押さえ、もう片方の手で足元のダッフルバッグをつかむ。古びた軍用バッグだ。表面の布は擦り切れ、縫い目には乾いた泥が残っている。
バスは路肩の砂利に乗り上げ、低い金属音を立てて止まる。誰かの紙コップが通路を転がり、薄いコーヒーが床に広がる。
「冗談だろ……」
前の席の男が顔をしかめる。後方では女が携帯電話を持ち上げ、圏外表示を見て悪態をつく。
運転手はしばらくハンドルに両手を置いたまま黙っている。それから帽子を取り、濡れた額をぬぐう。
「ここで終わりだ。車軸を見なきゃならん。代替便はすぐ来ない」
「どれくらいだ」
白髪の男が怒鳴る。
運転手は窓の外を一度見る。雨の向こうに、小さな町の低い看板がぼんやり立っている。
「次の定期便は三日後だ」
車内が一拍、死んだように静まる。すぐに罵声が戻る。仕事に遅れる、病院の予約がある、荷物をどうする。声は湿った空気の中で重なり、濁る。
ドギョムは立ち上がる。背は高く、肩は無駄に動かない。濡れた窓に映る顔は、眠っていない男の顔だ。黒い髪は短く刈られ、目だけが静かに周囲を測っている。
彼は韓国系アメリカ人だ。名前はソ・ドギョム。だがこの町では、名乗る予定も、覚えられる予定もない。
通路に立つと、他の乗客が彼を避けるように体をずらす。軍用ブーツの底が床のコーヒーを踏む。バッグを肩に掛けると、古い金具が短く鳴る。
外へ出ると、雨がすぐに首筋へ入り込む。
町の看板には「ようこそ、ブラスヒルへ」と書かれている。その下に、錆びた銅山の絵がある。かつて銅で栄えた町だと示す文句は半分剥げ、残った文字も赤茶けた筋で汚れている。
オクラホマとテキサスの州境。地図で見れば、名前を見落とすほど小さい町だ。
ドギョムは看板の下で立ち止まり、国道沿いを見渡す。ガソリンスタンド、閉じた洗車場、質屋、薬局、古い郵便局。遠くには低い丘があり、その向こうに廃鉱の黒い影が雨でぼやけている。
目的地はない。
明日どこへ行くかも、決めていない。必要なのは雨が弱まるまでの一晩と、貨物路線の情報だけだ。バスが動かないなら、トラックに乗ればいい。トラックがなければ、歩く。そういう暮らしを何年も続けている。
乗客たちは順に散っていく。老人夫婦は運転手の指さしたモーテルの方へ歩き、スーツ姿の男は電話を高く掲げながら薬局の軒下へ走る。学生らしい女は濡れたリュックを抱えて、誰かの迎えを待つようにバス停の屋根の下へ入る。
誰もブラスヒルに来たがってはいない。だが雨は、人間の都合を聞かない。
ドギョムは道へ出る。国道の両脇には低い店舗が並び、店先のネオンサインは昼間からかすかに光っている。赤と青の光が水たまりで割れ、足元に揺れる。
横断幕が一枚、通りをまたいで張られている。
「郡リハビリセンター 再出発のために」
白地に青い文字。端は雨を吸って重く垂れ、強い風が吹くたびにばたつく。そのすぐ横の電柱には、カジノシャトルの広告が貼られている。笑顔の男女、無料送迎、毎日運行。紙は新しく、看板よりずっと手入れされている。
ドギョムはそこへ目を留める。
銅山の町の記憶は錆びている。リハビリセンターとカジノの広告だけが新しい。町が何で息をしているかは、たいてい古い看板より新しい紙に出る。
歩道を行く人々は、雨を避けるより先に周囲をうかがっている。帽子のつばを深く下げ、肩を固くし、話すときも口元だけを動かす。二人組の作業員が店の軒下で煙草を吸っているが、保安官代理のパトカーが通りの向こうからゆっくり現れた瞬間、会話が一拍だけ消える。
パトカーは何もしていない。ただ水を跳ね、フロントガラスの内側から二人を見るだけだ。
それでも作業員の一人は煙草を足元へ落とし、もう一人は視線を靴先へ下げる。車が角を曲がって見えなくなるまで、二人の肩は動かない。
ドギョムはその間隔を数える。
恐怖は叫ばない。住みついた恐怖は、人間の歩き方を変える。視線を低くし、声を薄くし、扉に近い席を選ばせる。
彼はそれをよく知っている。
かつて、町ではない別の場所で、これと同じような人間の肩を見たことがある。基地の仮設事務所、民間業者の輸送ゲート、報告書が消える前の廊下。名前は違っても、腐り方は似ている。
『一晩だけだ』
ドギョムは胸の内でそう言う。
関わる理由はない。ここは彼の町ではない。次の町も、その次の町も、たぶん彼の町にはならない。濡れた服を乾かし、安いベッドに横になり、朝になったら貨物整備場で北へ行く便を探す。それで終わりだ。
通りの角に、古い食堂がある。
赤いネオン管で「ヘナズ・ダイナー」と書かれている。最初の文字の一部が切れかけ、雨の中で不規則に瞬く。窓には今日のスープとミートローフの紙が貼られ、内側から黄色い光が漏れている。
腹は減っている。濡れた体を置く場所も要る。
ドギョムは食堂の前で立ち止まる。窓ガラス越しに中を見る。五つほどのテーブルが埋まっている。カウンターに白いカップが並び、奥の厨房で誰かが皿を置く音がする。だが客たちの会話は、外の雨音に負けるほど小さい。
ひとりの老人が窓側の席から彼を見る。すぐに目をそらす。別の男は新聞を読むふりをしながら、紙の端からドギョムのバッグを見る。
軍用ダッフルバッグ。濡れた外套。州外から来た顔。
この町では、よそ者は雨より目立つ。
ドギョムは入口の横に貼られた掲示を読む。求人、教会のバザー、リハビリセンター面会手続きの案内。その下に、端を丸めた古い紙が何枚か重なっている。雨でぼやけた窓越しでは文字までは読めない。
彼は扉の取っ手に手をかける。
金属は冷たい。中から油と焦げた肉、古いコーヒーの匂いが漂う。懐かしくはない。ただ、雨の外よりはましだ。
『食って、聞いて、寝る。朝に出る』
それだけを決めて、ドギョムは扉を押す。
ベルが鳴る。乾いた、小さな音だ。
扉が閉まった瞬間、外の雨音が鋭く断ち切られる。
そして内側にあったものが、初めて剥き出しになる。会話ではない。温かい食堂のざわめきでもない。客全員が同時に息を止めたような、刃物じみた沈黙だ。
カウンターの奥に立つ女が顔を上げる。濡れた前髪の下から、ドギョムを一度だけ見る。その目は客を見る目ではない。逃げ道と、銃を持つ手と、扉までの距離を測る目だ。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
2話 警察無線が止めた食堂
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