「よし。三番、残りの声をお前が取れ」
マローンの声が切れたあとも、無線のざらつきだけが坑道の奥を舐めている。
ドギョムは動かない。ジョアンが息を詰めた音も、縛った大柄な男の鼻息も、今は同じ闇の中へ沈める。三番。配置表の赤い線。点呼にだけすぐ応じ、残りの声を取る役。爆薬を結ぶ作業員ではなく、倒れた者の沈黙を隠すための男。
本坑道二つ目の先、右壁の裂け目から弱い橙色の光が漏れている。図面にない小部屋だ。鉱夫用の古い休憩室。扉は外され、枠だけが錆びて残り、入口脇には煤けた鎖が何筋も垂れている。
ドギョムは身を低くして光の端へ近づく。
廃休憩室の中で、三人目の部下が背を向けている。安全帽の紐に小さな無線機をぶら下げ、顎でそれを押さえるようにしながら、膝の上のタイマーコントローラーを操作している。片手は端末、もう片手は古い無線卓の横の入力板へ伸びる。声ではない。短い識別信号と、歪ませた応答を一つずつ送っている。
「第一、再確認中」
三番が低くつぶやき、送信ボタンを押す。
無線の向こうで、かすれた別の声が返る。
「……第一」
録音ではない。三番の入力板が、倒れた者の無線機を代わりに叩いている。坑道内の複数の短距離機を、ここでまとめて応答させているのだ。
ここで三番が最後まで入力すれば、マローンは第一も二番も二つ目も、まだ生きて作業していると思う。逆に三番を落とせば、点呼の布が剥がれる。だが音を出せば、作業場まで届く。
ドギョムの目が、壁の鎖へ移る。
鉱山用の古い引き鎖だった。鉱車の滑り止めか、坑木の仮固定に使う重い鎖。錆びているが芯は残っている。ドギョムは一筋だけを手のひらで受け、輪の重なりを静かに解く。鉄粉が湿った手袋に移る。音は出さない。
「二番、応答」
三番が入力板を叩く。ひどく濁ったノイズが流れ、そのあと歪んだ声が短く返る。
「……二番」
マローンは黙って聞いている。疑っている沈黙だ。だが切らない。まだ使えるかを測っている。
ドギョムは入口の戸枠を見る。錆びた釘が一本、木の端から斜めに浮いている。少し蹴れば落ちる。落ちれば音は入口の外側から聞こえる。三番の目をそこへ向けられる。
鎖を左手に畳む。右手は空ける。距離は三歩。男が銃を持っているなら腰の後ろ。だが背中の線から、拳銃より端末を守る姿勢だとわかる。
ドギョムは足先を伸ばす。
釘を蹴る。
乾いた金属音が、戸枠の外で小さく跳ねた。
三番の肩が動く。無線機から手が離れる。男は振り返る前に、端末を膝から落とさないよう左手で押さえる。右手が腰へ行く。
その一拍で、ドギョムは背後へ張りつく。
鎖が男の喉へ回る。声は出ない。鉄の輪が咽喉の下に食い込み、男の右手が腰へ届く前に、ドギョムの膝がその肘を壁へ押しつける。男が反射で後ろへ体重をかける。ドギョムは逆らわず、半歩だけ一緒に下がり、鎖の両端を坑木の隙間へ通す。
休憩室の入口脇には、天井を支える古い坑木が二本斜めに入っている。一本は腐りかけ、もう一本はまだ硬い。ドギョムは鎖を硬い方の裏へかけ、手首を返してねじる。
男の喉が詰まる。足が床を探る。かかとが錆びた缶を蹴り、缶は転がりかけるが、ドギョムが靴底で止める。男の指が鎖にかかり、爪が錆を掻く。ドギョムはさらに半回転ねじり、鎖を坑木と首の間に挟み込む。
殺す締め方ではない。血を止め、声を奪い、十秒で落とす締め方だ。
三番の安全帽の小さなライトが天井へ跳ね、煤と古い落書きを白く浮かせる。膝が折れる。ドギョムは最後まで支え、体を床へ叩きつけない。意識が抜けた重さを確認してから、鎖の端を結束線で坑木へ固定する。呼吸は浅く通る。声は戻らない。
男の手からタイマーコントローラーが落ちる。
ドギョムは床に当たる寸前で受け止める。画面には赤い数字が刻まれていた。午前零時から一時間後に設定されていたはずの本坑道最後のカウントが、四十五分へ短縮されている。横には、最奥、補助、手動連動の三つの表示。さらに、三番代行応答、実行中、という小さな文字が点滅している。
マローンは点呼を確認するためではなく、沈黙した爆薬班を生きているよう見せるために三番を置いていた。坑道を吹き飛ばすまで、外にも中にも異常を遅らせるためだ。
無線が鳴る。
「三番」
マローンの声。
ドギョムは三番の無線機を見る。安全帽の紐からぶら下がった小さな機械は、まだ送信待機の赤を光らせている。入力板の上では、分岐、最奥の欄が未送信のまま点滅している。
返さない。
返せばこの部屋が生きる。返さなければ、マローンは動く。どちらでも残り時間は減る。だが三番の代行が止まったことだけは、こちらが次へ進むために必要だった。
ドギョムはコントローラーを手に持つ。表示を消さない。最奥の線を読みながら進む必要がある。
廃休憩室を出る前に、三番の腰から短いナイフ、予備の結束線、小型の発火キーを抜く。拳銃はなかった。だから反応が遅れた。彼は爆薬班ではなく、声の番人だった。
闇の奥で、ジョアンの咳ではない音がする。
布で口を塞がれた人間が、息を吐き損ねる音。続いて鎖が短く鳴る。近い。もう作業場の入口だ。
ドギョムは安全帽のライトを点けない。三番の部屋から漏れる橙色を背に受け、廃休憩室の先へ進む。通路はさらに狭くなり、左側に古い排水溝、右側に新しい電線の束が走っている。電線は発電機へ向かっている。床には黒いビニール片、血の薄い筋、裸足で引きずられた跡がある。
一歩ごとに、カウントダウンの赤が手の中で減る。
四十四分五十八秒。
四十四分五十七秒。
数字を見るな、と体が言う。だが見なければ、どの位置の爆薬がどの線につながっているかを読めない。ドギョムは画面の端だけを視界に入れ、中央は闇に置く。
前方に作業場が開ける。
発電機の唸りが急に大きくなる。裸電球が二つ、補助灯が一つ。白い粉の袋も薬品箱も、今は端へ押しやられている。坑木の列の前に、四人が膝をつかされている。ジョアン、アルマ、灰色の作業服の女、足を引きずっていた若い男。全員の口には布が押し込まれ、手首は鉱山用の鎖で坑木へつながれている。
ジョアンが顔を上げる。
頬は骨に貼りつき、黒い髪は汗と粉塵で額に張りついている。右手のガーゼは赤黒く染まり、左手の指も震えている。それでも目だけはすぐに動く。闇の中の安全帽の形。肩を揺らさず進む背の高さ。ライトを点けない歩き方。
ジョアンは声を出せない。だが、ドギョムだとわかる。
アルマも気づき、目を見開く。叫ぼうとして布が喉を塞ぎ、肩だけが震える。ドギョムは手を上げない。近づけ、とも待て、とも示さない。示せば、見ている者にも伝わる。
ジョアンの視線が、ドギョムの後ろではなく横へ滑る。
発電機の影。
そこに人が立っている。
黒い外套は坑道の湿気で重く濡れ、撫でつけた髪だけが裸電球の光を薄く返している。頬には肉がなく、目だけが最初からこちらを値踏みしている。手には、もう一つの端末。補助コントローラー。親指は赤い保護カバーの縁にかかっている。
ヴィンス・マローンだった。
彼はジョアンの視線を追うように、ゆっくり顔を上げる。驚きはない。三番の応答が止まった時点で、待つ場所を決めていた顔だ。
「遅かったな、よそ者」
発電機の音の下で、マローンの声だけが乾いて届く。
ドギョムの手の中で、奪ったコントローラーの赤い数字が四十四分を切った。マローンの親指が、補助端末のカバーを静かに押し上げる。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
106話 掌に残した七つの名前
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