ミゲルがヘナズ・ダイナーの裏口へ自転車を滑り込ませたとき、前輪は水たまりを裂いて壁にぶつかった。
ヘナは鎖を外す前に、路地の両端を見る。少年の顔、弁当箱、胸ポケットの濡れた紙。どれも普段の形ではない。
「入って」
ミゲルは厨房へ転がり込むように入り、弁当箱をカウンターに置く。息が荒い。右手の添え木に巻いた包帯の端が赤く滲んでいる。
「七号室です」
ヘナの手が止まる。
「誰が言ったの」
「ラウク。テープに入ってます」
ヘナは質問を重ねない。厨房奥の古いプリペイド携帯を取り出し、短縮番号を押す。通話がつながったのを確認すると、無言のまま受信機の横にカセットを差し込み、音量を上げて再生ボタンを押した。
ノイズの奥から、ラウクの声が刃物のように出てくる。
「廃モーテルの一斉点検要員を二倍にしろ。外郭北側を先に潰す。名簿はいらん。人がいない建物ほど、部屋を数えろ」
続いて、別の声。
「対象の絞り込みは」
短い沈黙。
「七号室」
ヘナはその一語で十分だった。カセットを止め、ミゲルの肩を押す。
「ここから出て。裏を回って、教会の北側まで行って。誰にも話さないで」
「ドギョムさんは」
ミゲルが言い終わるより先に、携帯の向こうからドギョムの低い声が響いた。
「聞いた」
水を通したように遠い声だった。
ヘナは彼が通話の向こうで、カセットの音声だけでなくミゲルの声も聞いていたと悟る。
「何分」
「北へ向かった車を見てから、もう七分」
「十分で出る」
「七号室には戻らないで」
「もういる」
ヘナの息が一瞬詰まる。だがドギョムはそれを待たない。
「寝袋だけ持つ。缶詰は捨てる」
「救急キットは」
「いる」
通話が切れる。
SUNCREST廃モーテルの二階、七号室で、ドギョムは携帯をポケットへ戻す。外廊下の先では、風で外れかけた看板がかすかに鳴っている。まだ車の音はない。だがラウクの声が届いた時点で、もうここは部屋ではなく罠だった。
彼は寝袋を二つ折りにしてダッフルバッグへ押し込む。浴槽の缶詰二つのうち一つだけを取る。もう一つは排水口の錆びた蓋の下へ蹴り入れる。救急キット、包帯、カセットを包んだビニール。必要なものだけを順に入れる。
濡れたマットレスを動かすと、端にひっかけていた圧迫包帯が少しほどけた。昨夜、肋骨を押さえるために巻き直したものだ。乾いた血が硬くこびりついている。彼は包帯をつかみ、バッグへ入れる。だがそのとき、血の小さな粒がひとつ、マットレスの角に触れて剥がれた。
黒く固まった一滴は、灰色の布地に吸い込まれず、縫い目の上で小さく残る。
ドギョムは気づかない。窓の外を確認し、ブラインドの隙間から裏の雑木林と廃プールを見る。飛び降りるにはまだ明るい。外廊下へ出れば見られる。彼はベッドの骨組みを足でずらし、床のガラス片を窓際へ寄せる。入ってきた者が靴底で音を立てるように。
それからドアノブを布で拭く。自分が触れた場所を消すためだ。だが拭いたノブは、廃墟の他のノブと比べればきれいすぎる。埃のない金属が、鈍く光る。
ドギョムは廊下へ出ない。窓枠を外し、ブラインドを片手で押し上げ、体を外へ抜く。下の廃プール脇に落ちると、足首に鈍い痛みが走る。だが骨は折れていない。彼は膝を一度だけつき、すぐ立つ。
北側の道路から、保安官事務所の車の音が近づいてくる。
ドギョムは雑木林へ入る。枝に外套を引っかけないよう肩を狭め、濡れた土ではなく根の上を踏む。五分後、七号室の前に最初の懐中電灯が上がるころ、彼はもうモーテル裏の排水路へ向かっている。
午前二時、カール・ラウクは自分でSUNCREST廃モーテルに来る。
部下は十七部屋を一気に開けようとする。ラウクは手を上げて止める。
「全部を同時に見るな。逃げた男の部屋は、先に扉が話す」
彼は一号室から順に、ドアノブへ懐中電灯を当てる。錆、埃、雨粒、蜘蛛の糸。二号室も同じ。三号室はノブが折れている。四号室には鳥の糞が乾いている。五号室、六号室。どれも、長く人が触れていない汚れ方をしている。
七号室の前で、光が止まる。
ノブだけが、指二本ぶんきれいだった。磨かれたのではない。拭かれた跡だ。埃が丸く消え、縁に細く寄っている。
若い代理が息を呑む。
「中ですか」
「もういない」
ラウクは静かに言う。
「だが、ここにいた」
鍵は死んでいる。部下が蹴破ろうとする前に、ラウクは手袋をはめた指でノブを回す。扉は半分だけ開き、内側で倒されたベッドの骨に当たって止まる。部下が押し広げ、床のガラスが靴底で鳴る。
ラウクはすぐ部屋へ入らない。入口から床を見る。新しい泥は少ない。痕跡を残さない歩き方をしている。窓枠の下、廃プール側の外壁に、擦れた黒い跡がある。
「窓だな」
部下が窓へ向かう。ラウクはベッドではなく、立てかけられた濡れたマットレスを見る。角度が不自然だった。扉を破ったときの一拍を稼ぐための壁。彼は片手でマットレスを持ち上げる。
懐中電灯の白い円が、縫い目の上の黒い粒を捉える。
血だった。
乾いている。量は少ない。だが床に落ちた血ではない。膝を撃たれた保安官代理の飛沫なら、低く散る。運んだ缶詰で切った指なら、もっと端へ流れる。
ラウクは腰をかがめ、光の角度を変える。
「肋骨だ」
若い代理が振り向く。
「何です」
「膝から飛んだ血じゃない。立ったまま、息を整えるためにここへ寄りかかった。腕か脇腹に圧迫包帯を当てていた。高さはここだ」
ラウクの指が、マットレスの角の上を指す。
「肋骨を痛めている。走れるが、長くは走れない。深く息を吸うたび遅れる」
彼は写真を撮らせる。血痕を一枚。ノブを一枚。窓枠を一枚。部屋全体を一枚。
「缶詰は」
「浴槽に一つ。もう一つはありません」
「持って出たか、捨てたか。寝袋は」
「なし」
「救急キットもないな」
部下はうなずく。ラウクはそこで初めて小さく笑う。楽しい笑みではない。紙の上で相手の呼吸が見えたときの顔だ。
「北では寝ない。人が見に来る場所になった。次は音を消せる場所だ」
保安官事務所へ戻ると、ラウクは会議室の地図の前に立つ。濡れた外套も脱がない。机には解体屋の写真、ヘナズ・ダイナーのブロック、SUNCREST廃モーテル七号室の新しい写真が並ぶ。
彼は解体屋に黒いピンを刺す。次にヘナズ・ダイナー。最後に廃モーテル七号室。
三つの点は、ほとんど正確な三角形になる。
若い代理がそれを見て言う。
「協力者の範囲ですか」
「違う。息を継いだ場所だ」
ラウクは三角形の中心ではなく、その外側、町の東へ指を滑らせる。古い排水路、閉鎖洗車場、コンクリート管が地図の薄い青線で描かれている。
「肋骨を痛めた男は、高い場所で眠らない。出入口が一つの部屋も嫌う。頭上の足音を聞けて、水で足跡が消える場所へ行く」
同じ時刻、ドギョムは町の東側の排水路にあるコンクリート管の中で身を縮めている。
雨水は足首まである。冷たい。足の感覚を少しずつ奪う。管の内側は湿った泥と錆の匂いがし、外から見れば黒い穴でしかない。だが中にいれば、頭上の道路を歩く人間の足音がよく聞こえる。
一人。軽い。通り過ぎる。
二人。片方はかかとが重い。保安官代理の制式靴。
ドギョムはダッフルバッグを胸に寄せる。肋骨の内側が、呼吸のたび細く痛む。吸いすぎると音になる。吐きすぎても音になる。彼は息を短く切り、闇の中で水音を殺す。
ポケットの中のカセットが、冷たく硬い角で脇腹に触れている。ミゲルが走った。ヘナがつないだ。その二人の動きがなければ、七号室の扉が開くとき、彼はまだ中にいた。
頭上で足音が止まる。
ドギョムの目が闇の奥で細くなる。水面に小さな揺れが走る。コンクリート管の入口の向こう、格子の隙間に白い光が一筋落ちた。
保安官代理の声が、すぐ上から降ってくる。
「保安官、こっちの排水路も見ますか」
無線のノイズのあと、ラウクの声が返る。
「見るな。塞げ」
ドギョムの短い息が、闇の中で一度だけ途切れた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
45話 一拍遅い追跡者の意図
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