外の足音が、換気口の真下で止まる。
ドギョムは息を止めたまま、シャツの内側へ手を入れる。折りたたんだ坑道図面は、ジョアンのストラップ片とミゲルの母の番号メモを押しつぶすように胸に当たっている。紙の角が皮膚へ食い込む。痛みはちょうどいい。ここで忘れれば、誰のために入ったのかまで消える。
壁の外で、硬い靴底が一歩動く。
「ネジが外れてる」
若い声ではない。ラウクの部下の中でも、現場を写真に残す癖のある男の声だ。もう一人が低く答える。
「開けるな。先に中を撮れ」
ドギョムは資料室の扉へ目を向ける。廊下側から鍵を差す音はまだしない。だが時間はない。彼は懐中電灯をポケットへ押し込み、三つ目の箱には触れず、車両登録キャビネットの上へ手を伸ばす。
古い換気枝道の内側に、小さな格子がある。外から見える南壁の換気口ではなく、天井裏へ逃がすための内部格子だ。塗装が何度も重ねられ、縁は壁と同じ色に沈んでいる。普通の職員なら気づかない。だが埃の流れは、そこだけ薄い。
外で懐中電灯の光が壁を白く舐める。
ドギョムは指先を格子の縁へ差し込む。固定具は錆びている。ねじれば鳴る。彼は呼吸を半分吐き、雨樋を伝う水音に合わせて一度だけ力を込める。金属が短く軋む。外の男がぴたりと黙る。
二拍。
三拍。
「中、今の聞こえたか」
「樋だろ。開けるぞ」
扉側で鍵束が鳴る。
ドギョムは格子を手前へ倒し、キャビネットの上へ体を乗せる。肋骨が熱く裂けるように痛むが、声は出さない。片腕を暗い隙間へ入れ、肩、頭、胸の順に押し込む。シャツの内側の図面がずれ、紙が胸で音を立てかける。彼は手のひらで押さえ、動きを止める。
資料室の扉の下へ、懐中電灯の白い筋が差し込む。
ドギョムは天井裏の梁へ片肘を掛け、全身を引き上げる。靴底がキャビネットの角をかすめる直前、扉が開く。光が資料室へ流れ込み、鉄製の箱の列をなめる。
「二つ目、蓋が動いてる」
「触るな。番号を撮れ」
ドギョムは天井裏でうつ伏せになり、埃に頬をつける。下では男二人が入ってくる。ひとりは扉の内側を照らし、もうひとりはカメラを構える。シャッター音が短く鳴る。箱の位置。ラベル。開けられた蓋。キャビネット列の番号札。すべてが一枚ずつ写真に残される。
ラウクは図面を守りに来たのではない。
何を持ち出したかを、持ち出した後で確定するために来た。
ドギョムは天井裏の低い空間を進む。古い断熱材が服へまとわりつき、釘の頭が手袋を裂く。南壁へ戻れば男たちの頭上へ出るだけだ。彼は反対側、カジノシャトル停留所とは逆の路地へ抜ける細い通気管を選ぶ。空気の流れが湿っている。外へつながっている。
下から声が上がる。
「箱三つ。二番だけ開封。図面束の紐が解けてる」
「中身の欠けを数えろ」
「どれが欠けたかわかりません」
「だから撮るんだ。保安官が見る」
ドギョムは奥歯を噛む。ラウクの手はまだここにはない。だが紙を読むための目は、部下のカメラにもう宿っている。
通気管の先に、薄い外光が見える。彼は内側の格子を両手でつかみ、力を斜めに逃がす。今度は音を殺せない。錆びた針金が弾け、格子が外へ傾く。
下で男が叫ぶ。
「上だ!」
ドギョムは格子と一緒に外へ滑り出る。そこは停留所側の路地ではなく、コンクリート擁壁の上だった。高さは肩ほど。下には雨水の溜まった細い裏道があり、向こうにはカジノの裏搬入口の赤い灯が見える。
背後で資料室の扉が荒く開け放たれる。懐中電灯の光が天井の穴を探す。
ドギョムは擁壁の上を低く走り、割れた排水管を踏み台にして隣の屋根へ渡る。足首が鈍く鳴る。痛みを置き去りにして、カジノの裏道へ下りる。シャトルの出発音が遠くで膨らみ、客の笑い声と雨の跳ねる音が、彼の足音を飲み込む。
路地を二本越え、閉鎖されたゲームセンターの裏を抜け、古い洗車場の影を曲がる。振り返らない。振り返れば確認になる。確認はラウクの仕事だ。ドギョムはただ、まだ読まれていない一歩だけを選び続ける。
廃ボウリング場の非常口へ着くころ、東の空は薄く灰色に変わっている。
中に入ると、古いレーンの奥で雨漏りの音だけが鳴っている。ドギョムはカウンターの上へ図面を広げる。紙は湿気を吸い、折り目が重くなっている。ジョアンのノートから写した一行を横へ置く。
二つ目の写しは、鉱山の埋もれた場所にある。
彼は一九五〇年代の坑道図面の隅、青黒いインクの座標を指で押さえる。閉鎖採掘場から三つ折れた先。換気枝道を越え、古い排水坑の手前で止まる末端。そこは現在のどの地図にも載っていない。衛星写真では潰れ、郡の資料では削られ、観光案内では最初から存在しない。
だが古い図面には、そこへ向かう線が残っている。
ドギョムは鉛筆で換気塔横の新しいコンクリートを描き込む。線をたどる。閉鎖採掘場入口の上に、そのコンクリートがぴたりと重なる。町が新しく塗ったものは、古い穴の上だけだった。
「埋めたんじゃない」
声が低く落ちる。
「隠した」
非常口が二回、間を置いて一回叩かれる。合図だ。ドギョムは図面を半分たたみかけ、すぐ戻す。ヘナが入ってくる。黒髪は雨でこめかみに貼りつき、左手首の火傷跡の上に濡れた布が巻かれている。片手にはカセット。もう片方には小型ラジオを抱えている。
「外に保安官車両が二台。旧車両登録の方へ向かいました」
「遅い」
「あなたには?」
「一拍だけ」
ヘナはそれ以上聞かず、カウンターへカセットを置く。
「ミゲルが夜明け前に拾いました。町のラジオ公告も、今朝から同じものを繰り返しています」
ラジオのつまみを回すと、ノイズの奥からプライス町長の穏やかな声が流れ出す。
「来週、郡コンベンションホールにて、ブラスヒル再生後援行事を開催いたします。私たちの町は、リハビリで立ち上がる町として、新しい一歩を……」
ヘナの目がドギョムへ向く。
「州知事訪問の日程も、そこで確定すると言っています。発表を前倒しするそうです」
ドギョムは図面から顔を上げない。コンベンションホール。郡の後援行事。町長。州知事。記者。失踪者の家族。町のカメラ。保安官事務所の警備。全部が一つの屋根の下に集まる。
ヘナがカセットを再生する。最初は無線の雑音だけだ。やがて若い代理の声が入る。
「会場周辺、家族席の区画は前列右側。市庁舎後援部の名簿どおり。記者席は中央後方。警備は壇上裏と電気室を確認」
別の声が続く。
「町長はモデル都市発表を前倒し。州知事側には当日確定で流す。外部勢力への警戒文も読ませる」
ヘナは再生を止める。
「町の人たちは喜んで行きます。行方不明の家族も。町長が名前を読んでくれるかもしれないと思って」
「読まない」
ドギョムは短く言う。
ヘナの顔が硬くなる。彼女も知っている。プライスは名前を読むために人を集めるのではない。名前を使って、町が立ち直っている形を作るために集める。
ドギョムは坑道図面の横に、新しい紙を置く。コンベンションホールの略図を、記憶と町の案内図から描き始める。正面入口。ロビー。壇上。大型スクリーン。記者席。家族席。裏通路。搬入口。電気室。
ヘナは鉛筆の動きを見ている。
「何をするつもりですか」
ドギョムは答えない。坑道の座標へ小さな丸を付ける。その横に、コンベンションホールの壇上裏へもう一つ丸を付ける。二つの丸はまったく離れている。片方は町の地下に埋められ、片方は町が自分から光を当てる場所だ。
ドギョムはその間に一本の線を引く。
「鉱山は終点だ」
鉛筆の先が、埋もれた座標を叩く。
「会場は始点だ」
ヘナの呼吸がわずかに止まる。
ラジオでは、町長の声が同じ標語を繰り返している。「リハビリで立ち上がる町」。穏やかで、誰も傷つけないように整えられた声だ。その下で、カセットの磁気に焼きついた警備配置と、古い坑道図面の青黒い座標が、初めて同じ紙の上に並ぶ。
ドギョムはコンベンションホールの電気室の四角を濃く塗る。そこから大型スクリーンへ短い線を引き、さらに家族席と記者席へ線を伸ばす。鉱山の埋もれた末端は、まだ遠い。だが町が自分から人とカメラを集める夜は、たった一度しかない。
鉛筆の芯が折れる。
ヘナが新しい鉛筆を差し出すより早く、ラジオの声が明るく告げる。
「後援行事まで、あと七日です」
ドギョムは折れた芯を指で払い、黒い線をもう一度なぞる。七日後、町は自分の嘘を飾るために、失踪者の家族を前列へ座らせる。その夜、ドギョムはその同じ場所から、町の腹に埋めた座標まで火を通すつもりだった。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
52話 六十五秒の小さなスイッチ
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