折れた鉛筆の芯を払いながら、ドギョムは新しい紙を引き寄せる。七日という数字は、余裕ではなく、削られる前の厚みでしかない。ラウクが一拍遅れるふりをやめた以上、町長の行事も、警備も、こちらの作戦も、同じ速さで切り詰められる。
ヘナはラジオを低くした。廃ボウリング場のカウンターには、一九五〇年代の坑道図面、ジョアンのノートパソコン、会場の略図、ミゲルのカセットが並んでいる。雨漏りの水が古いレーンの端へ落ち、木の床に黒い丸を作る。
ドギョムはノートパソコンの「CR-7」フォルダを開く。サムネイルの列はどれも揺れている。隠し撮りの角度で、音声は割れ、画面の端には作業台や人の肩ばかりが映る。だが、そのぶれた一枚一枚は、紙の証拠より早く人の目を捕まえる。
「長い映像は使えない」
彼は言う。
「一分だけですか」
ヘナが問う。
「一分あれば十分だ。長ければ切られる。短ければ見逃せない」
ドギョムは三本を選ぶ。一つ目は、灰色の作業服を着た人々が白い錠剤を小さな皿に分け、数をそろえて透明袋へ落としていく映像。手元だけしか映らないが、作業台の上のラベルにはCR-7Aの文字が見える。二つ目は、手首の保安ブレスレットが赤く点滅する瞬間を捉えたもの。腕の持ち主の顔は映らない。だがブレスレットの黒い帯と五桁の刻印は、アルマの手首に残った赤い跡と同じ幅だ。三つ目は、ラインの端で偽ラベルが容器へ自動で貼られ、その下に置かれた箱の側面へB-L-17に似たシリアル番号が一瞬だけ入る映像だった。
画面は揺れ、焦点は合わない。それでも、誰も目を背けることはできない。顔のない作業服、数字だけの手首、町のラジオが存在しないと言い続けた箱。三つをつなげば、町長の標語より短く、町長の標語より深く刺さる。
ドギョムは古い編集ソフトを起動し、音を削る。機械音と誰かの咳だけを残す。余計な説明は入れない。字幕も付けない。説明すれば、プライスはそれを外部勢力の加工だと言う。だが映像だけなら、前列の家族席に座る者が、自分の財布の中の番号と照らし合わせる。
ヘナがカウンターの端へメモを置く。
「昼の客から聞きました。コンベンションホールの清掃業者、人手が足りないそうです。短期の補助員を入れている。イベント前の床磨きと椅子並べで、身分証コピー一部。リハビリセンターほど厳しくない」
「入口は」
「搬入口。厨房側の通路を通ります。だけど警備は壇上裏と電気室」
ドギョムは頷く。借りた名前を二度使えば足が残る。だが一夜だけの補助員なら、顔より人数で数えられる。ラウクが見るのは名前より動線だ。だから入口ではなく、入った後の消え方を作る必要がある。
非常口が短く叩かれる。二回、間を置いて一回。ヘナが開けると、濡れた雨合羽のままグラディスが入ってくる。小柄な体をさらに縮め、古い書類鞄を胸に抱えている。
「郡施設管理課から借りてきたわ。正しくは、借りたことになっているだけ」
震える声でそう言い、彼女は丸めた大きな紙を広げる。郡コンベンションホールの平面図だった。正面ロビー、ホール客席、壇上裏、控室、厨房、搬入口、電気室。手書きの赤い印が数か所に入っている。
「昔、ここで投票所の受付をしたことがあるの。電気室はこの角。鍵は郡施設の標準。今も変えていなければ、私が番号を覚えている」
ヘナが低く言う。
「変えていなかったら、ですか」
「この町は、人を閉じ込める鍵には金を使うけど、建物を直す鍵には使わない」
グラディスの皮肉は細く、だが紙の上では正確だった。ドギョムは指で電気室から壇上裏の大型スクリーンまでの配線経路をたどる。図面では壁の内側を通る線だが、実際には保守用の露出ダクトがあるはずだ。壇上裏の入力端子は、町長の映像と標語を流すために外部機材へつながる。
「電気室の一角を押さえる」
ドギョムは言う。
「どのくらい」
「一分少し」
グラディスの指が震えながらスクリーン裏の入力端子を押さえた。
「主入力を抜けば、会場側の映像は切れる。でもすぐ誰かが来るわ。予備入力に差すなら、切り替わるまで少し遅れる」
「遅れていい」
ドギョムは映像の尺を確認する。五十八秒。黒画面を前後に入れて六十五秒。長すぎない。短すぎもしない。
ヘナは平面図を見下ろし、左手首の布を無意識に押さえる。
「その一分で、町長は止められますか」
「町長は止まらない」
ドギョムは画面を見たまま答える。
「止まるのは、客席だ」
言葉が落ちると、廃ボウリング場の空気が重くなる。家族席。記者席。州知事側の随行。プライスが飾りにするつもりの沈黙した人間たち。その目の前で、灰色の作業服と保安ブレスレットと箱番号が流れる。
ミゲルが夜明け前の闇から戻ってくる。弁当箱を抱え、濡れた髪を額に貼りつけている。彼の右手の包帯は少し汚れていたが、目は折れていない。
「呼ばれたから来ました」
「弁当箱を貸せ」
ミゲルはすぐに差し出す。ドギョムは何も説明せず、USBメモリを二本出す。一つは黒、もう一つは銀色だ。同じファイルを両方へコピーする。進行バーが遅く伸びる間、誰も喋らない。古いパソコンのファンだけが、低く苦しそうに回る。
コピーが終わると、ドギョムは黒い方を自分の内ポケットへ入れる。銀色の方は薄いテープで包み、ミゲルの弁当箱の底板の裏へ挟んだ。
「開けるな。落とすな。見せるな」
「もし、あなたが捕まったら」
ミゲルの声は低い。
「ヘナに渡せ」
「ヘナさんも捕まったら」
ドギョムは一拍だけ少年を見る。
「グラディスに渡せ」
グラディスが唇を引き結ぶ。ヘナは反論しない。反論できる余地がある作戦ではない。誰か一人が落ちても、映像は残る。誰か一人が折れても、数字は残る。
ラジオはしばらく雨音のようなノイズだけを吐いていた。午前二時ちょうど、町の短いニュースが割り込む。いつもの音楽も前置きもない。
「郡コンベンションホールでは、安全確保のため、夜間設備点検を通常予定より二日早く開始します。関係者以外の立ち入りは制限されます。保安官事務所は、後援行事に向けた警備強化を……」
ヘナの顔が強張る。ミゲルの手が弁当箱を抱え直す。グラディスは平面図の端を握り、紙に皺を作った。
ラウクが先に手を打った。
ドギョムはラジオを見ない。平面図の電気室の四角へ指を置く。小さな部屋だ。町の地図なら点にもならない。だがそこを一分押さえれば、プライスが飾った笑顔の後ろに、CR-7の灰色の作業場が割り込む。
雨漏りの音が、カウントのように落ちる。
ドギョムは指先に力を込め、紙の上の四角を黒く潰す。七日あったはずの時間は、いま五日に削られた。ブラスヒル全体を揺らす唯一のスイッチは、その小さな四角形の中にある。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
53話 空白の二行が示すもの
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