五日に削られた猶予は、さらに刻まれてイベントの二日前になっていた。
夜間設備点検が始まってから、コンベンションホールの周りには保安官事務所の車が増えた。搬入口のフェンスには新しい南京錠がかかり、厨房側通路の出入り表には、清掃業者の名前だけでなく車のナンバーまで書かされるようになった。ラウクは、まだ会場を閉じていない。ただ、誰が近づくかを見始めている。
夜明け前、廃ボウリング場の中は濡れた木と錆の臭いで冷えていた。ドギョムは古いカウンターの上を布で一度だけ拭き、紙を三つ並べる。ミゲルの母の写真。その裏面。ジョアンの識別番号名簿の写し。グラディスが持ち出した死亡診断書の束から抜いた数枚。
非常口が二回、間を置いて一回叩かれる。
ヘナが戸を開けると、ミゲルが弁当箱を抱えて入ってくる。自転車の尾灯は外され、ポケットの中で赤く光らないよう布に包まれていた。少年はカウンターの前で足を止め、並べられた写真を見た瞬間、喉を細く鳴らした。
「姉さんのことですか」
「違う」
ドギョムは短く答える。
「お前の母親のことだ」
ミゲルの指が弁当箱の取っ手に食い込む。ヘナはカウンターの内側に立ったまま、口を挟まない。彼女の左手首の古い火傷跡の上には、濡れた布が巻かれている。
ドギョムは写真を裏返す。五桁の識別番号。日付の欄。最後の空白。次にジョアンの名簿を開き、同じ番号の行を指で押さえる。右の欄は空白のままだ。さらに死亡診断書の写しを二枚ずつずらして置く。死亡日が入った者には、必ず診断書がある。死因欄があり、医師署名があり、午前二時四分の発行時刻がある。
ミゲルの母の番号には、それがない。
ジョアンの仮番号にも、それがない。
「死んだって、書いてないんですか」
ミゲルの声は震えない。震えないように、喉の奥で押し殺している。
「書いてない」
「じゃあ」
そこで少年の肩が一度だけゆるむ。ほんのわずかだった。雨に濡れた服の皺が落ちるほどの小さな変化。それでもヘナは見た。グラディスが奥の暗がりで息を止める音もした。
次の瞬間、ミゲルの肩はさっきより固くなる。
生きているかもしれない、という言葉は、死んでいるかもしれない、という言葉と同じ重さで少年の胸を押す。希望ではない。まだ泣くことも、怒ることも、諦めることも許されない場所へ突き落とす空白だった。
ドギョムは写真裏の二つの欄を指先で示す。
「死んだと書かれた欄じゃない。まだ決められていない欄だ」
ミゲルはその指を見る。紙に触れようとして、途中で手を止める。
「誰が決めるんですか」
「向こうだ」
「町長ですか」
「町長。ラウク。センター。書いた手。運んだ手。見なかった手」
ドギョムは一つずつ切るように言う。
「だから先に見せる。決められる前に、町に見せる」
カウンターの端に置かれた古いノートパソコンの画面には、六十五秒の映像ファイルが閉じたまま並んでいる。灰色の作業服。赤く点滅する保安ブレスレット。B-L-17に似た箱番号。そこへ、識別番号名簿の空白の二行を一瞬だけ重ねる案が、グラディスの手書きで紙の端に記されていた。
ヘナが低く言う。
「映像に名前は入れないんですね」
「入れない」
ドギョムは答える。
「番号だけでいい。家族は番号を持ってる。財布に入れてる。写真の裏に書いてる。面会申請書の控えに写してる」
ディナの名前は誰も出さない。だが全員が、雨に濡れてにじんだ面会申請書を思い出している。
「会場で映像が流れ、一分が過ぎれば、町は同じ空白を初めて見る」
ドギョムはミゲルへ写真を戻す。
「そのときまでに、誰の母なのか、誰の姉なのか、気づく人間が一人でも増えていなければならない」
ミゲルは写真を受け取る。今度は落とさない。胸ポケットへ戻す前に、裏面の番号をもう一度だけ見る。覚え直す必要などない番号だ。それでも彼は見る。
「学校の放送室に、予備のカセットが二本あります。一本は古い校内放送用で、まだ使える。あと、ドローン部の箱に予備のUSBがあります。先生はイベント準備で機材室を見ません」
「触った跡は残すな」
「はい」
「同じ道を使うな」
「使いません」
ミゲルは弁当箱の底板を外し、銀色のUSBがまだ挟まっていることを確認する。テープは濡れていない。彼はそれを戻し、次に布に包んだ自転車の尾灯を取り出す。赤い光は弱く、一度だけ点いてすぐ消えた。
「尾灯は使うなと言われたら使いません。でも、夜に合図が要るなら、これしかない」
ドギョムは尾灯を見てから、少年の顔を見る。
「一回だけなら使える。二回点ければ見つかる」
「一回だけ」
ミゲルは頷く。
ヘナは奥の棚から古い鍵束を出し、カウンターに置いた。食堂の鍵ではない。屋根裏、外壁の隠し戸、裏路地の空きガレージ、そしてベッド下の非常梯子につながる細い鍵だった。
「今夜、もう一度試します。アルマには先に降りる練習をさせる。梯子は古いけど、体重は持ちます」
「音は」
「二段目が鳴る。布を巻きます」
「戻る道も覚えさせろ」
ヘナの目が少しだけ細くなる。
「逃げる道だけじゃなく?」
「戻れない道は、罠になる」
ヘナは反論せず鍵束を握る。夫が生きていた頃に作った小さな隠し戸を、彼女は長い間、使わないことだけを祈って残していた。今はそこを、アルマの足で測らせなければならない。
奥の黒電話が一度鳴り、すぐ切れる。決めていた合図だ。ヘナが受話器を取らず、カウンター下の小型受信機の音量を上げる。ルーファスの低い声が、雨混じりに入った。
「屋上から見た。コンベンションホール裏の通り、夜間輸送の車が一本増えてる。イベント用の搬入に見せてるが、荷台の沈み方が違う」
ドギョムは坑道図面の横にある道路略図へ印を付ける。
「当日も動くか」
「動く。たぶんな。俺は解体屋の屋上から最後に見る。峡谷へ流れるなら、こっちで数える」
「追うな」
「わかってる」
ルーファスの声は少し荒い。
「見るだけだ。今度はな」
通信が切れる。誰も、その「今度」の中に弟の箱があることを指摘しない。
ラジオから、穏やかな音楽が流れ始める。毎時ちょうどの広告だった。プライス町長の柔らかい声が、古いスピーカーの雑音をまとって廃ボウリング場に広がる。
「ブラスヒル再生後援行事へ、皆さまを心よりお招きいたします。家族の回復、地域の再生、そして新しい一歩を、ともに……」
その声の下で、ミゲルは予備カセットの場所を紙に書かずに覚える。ヘナは非常梯子の二段目へ巻く布を数える。グラディスは死亡診断書の写しのうち、会場へ持ち込める薄い束だけを選ぶ。ドギョムは電気室から壇上裏、家族席、記者席、搬入口、裏口までの線をもう一度なぞる。
逃げ道と、戻る道。
隠す場所と、見せる場所。
誰か一人が捕まったとき、次に誰が動くか。
広告が終わる直前、ラジオの音が一瞬だけ乱れた。町長の声のあとに、保安官事務所からの短い告知が割り込む。
「安全点検のお知らせです。後援行事に伴い、会場周辺飲食店のガス設備および冷凍設備の確認を順次実施します。対象店舗には係員が直接訪問します」
ヘナの手が鍵束の上で止まる。
次の一文は、音楽よりも穏やかな声で読まれた。
「初回確認先は、ヘナズ・ダイナー。予定時刻は、本日午後六時です」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
54話 電気室に閉じた四十秒
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