硬貨は音より先に飛ぶ。
ドギョムの爪の先から弾かれた二十五セントは、雨粒の膜を裂き、頭上の街灯へ一直線に伸びる。黄色い光の笠。その縁。ガラスの薄い弱点。
硬貨が当たる。
乾いた破裂音が車庫裏を叩く。笠の中で電球が砕け、駐車スペースを照らしていた黄色い光がふっと消える。濡れたガラス片がコンクリートに散り、トランクの灯りだけが一瞬、闇の中で浮いた。
細身の保安官代理が本能で腰へ手を落とす。首の太い男も同じだ。目が見えない。だから銃を探す。訓練どおりの動きだ。
その一拍で、ドギョムはすでに影の内側にいる。
最初の二歩に音はない。濡れたコンクリートの水たまりを避け、細身の男の斜め前へ入る。男は銃把へ指をかける途中で、目の前の闇が人の形を取ったことに気づく。
遅い。
ドギョムの右足の甲が、男の膝横を打つ。外側からではない。関節が逃げない角度だ。硬い骨ではなく、柔らかい線を正確に叩く。
膝が内側へ折れる。
細身の男の口が開く。声はまだ出ない。体だけが先に崩れ、片膝がコンクリートへ落ちる。ドギョムはその肩を押さえ、倒れる方向を制御する。頭は打たせない。殺す必要はない。立てなくなれば十分だ。
男の右手はまだ拳銃を探している。ドギョムはその手首を踏まない。親指の付け根をつかみ、外へ開かせる。拳銃は抜けない。代わりに腰の無線機が露出する。
ドギョムは無線機を引き抜く。肩マイクのコードが雨に濡れて黒く光る。本体を一度だけ振り、車庫裏の端にある排水溝へ投げる。黒い箱は鉄格子に当たり、跳ね、水の底へ落ちる。
「おい!」
首の太い男が吠える。闇に慣れない目で、拳銃を半分抜いている。銃口はまだ上がっていない。ミゲルはトランクの横で息を止め、割れたガラスの横に頬をつけている。
二秒。
ドギョムは細身の男の背を踏み越える。首の太い男が銃を上げようとする瞬間、その手首の内側へ左手を差し込む。親指の根元を押さえ、手首を外へ回す。
銃口が空を向く。
次に手首が逆へねじれる。男の指が開く。拳銃が濡れたコンクリートに落ち、低い音を立てて滑る。ドギョムの膝がそれをさらに遠くへ送る。
首の太い男は体重で押し返そうとする。力はある。だが向きが悪い。ドギョムは一歩外し、男の肘を自分の前腕と胸で挟む。肘は背中側へは曲がらない。
ドギョムは曲がらない方へ押す。
鈍い音がする。湿った枝が布の下で折れるような音だ。ほとんど同時に、首の太い男の悲鳴が車庫裏に弾ける。
店内の若い店員が窓へ顔を向ける。カウンター下の赤いボタンへ手を伸ばしかける。だが街灯は消えている。窓に映るのは、黒い塊と雨だけだ。店員は口を開いたまま止まり、何も見なかった顔へ戻ろうとする。
六秒。
ドギョムは首の太い男を突き放し、膝をつかせる。壊した肘をさらに押さえる必要はない。男の左手が予備の無線機へ伸びるのを見て、靴底でその指を押さえる。
「動くな」
短い声で十分だった。
細身の男が片脚で這おうとする。口の端に血がある。それでも薄い笑みを作ろうとしている。ドギョムは床に落ちた肩マイクのコードを拾い、男の両手を背中でまとめる。強く締めすぎない。だが抜けない。
男が叫ぼうとした瞬間、ドギョムは胸ポケットから白いハンカチを抜き、その口へ噛ませる。布の端を後頭部で結ぶ。声は湿った唸りに変わる。
首の太い男には、ベルトから引き抜いた無線コードを使う。壊れていない腕と手首を背中で縛り、首に巻いていた黒いスカーフを口へ押し込む。悲鳴は半分で止まる。
九秒。
二人は膝をつき、雨水に顔を近づけたまま動けなくなる。拳銃は二丁とも離れている。一丁はトランクの下。一丁はドギョムの足元近くで止まっている。
ドギョムは屈み、二丁の弾倉を抜く。薬室も確認する。弾だけを取り出し、フェンスの向こうへ投げる。銃そのものは残す。あとで誰かが見れば、二人が銃を抜く前に倒されたとわかる。
十二秒。
雨音だけが戻る。
ミゲルはまともに息もできない。肺が空気を拒んでいるように、短く、浅く、喉を鳴らす。右手の人差し指は腫れ、曲がりきってはいないが、皮膚の下に熱を持っている。顔には泥と血がついている。目だけが大きく開いている。
ドギョムはまだ少年を見ない。足元を見る。ミゲルの上着から半分はみ出していたビニール袋が、争いで床へ落ちている。茶色い錠剤と白い粉の小袋。雨に濡れて、証拠らしい形だけを残している。
細身の男が布越しに唸る。
ドギョムは袋を拾わない。靴の先で引き寄せる。指紋を残さず、細身の保安官代理の外套の裾まで滑らせる。それから外套のポケットを靴で少し開き、袋を中へ押し戻す。
「お前のものじゃない」
低い声だ。怒鳴らない。だがその一文だけで、車庫裏の空気が変わる。
細身の男の目から笑みが消える。
ミゲルが起き上がろうとして失敗する。ドギョムは片手で肩を支え、開いたトランクの陰へ戻す。今は立つ時間ではない。見る時間でもない。
「息を吸え」
「……吸ってる」
「足りない」
ミゲルは言い返そうとして咳き込む。血が唇ににじむ。彼は左手で右手を抱え、膝をつく二人の保安官代理を見る。昼には校門で笑っていた男たちが、今は泥と雨の中で声も銃も奪われている。
それでも恐怖は消えない。むしろ大きくなる。この町で保安官代理に傷をつければ、次に来るものはもっと悪い。ミゲルはそれを知っている。
「逃げないと」
声が震える。
ドギョムは店の窓を見る。若い店員はもうこちらを見ていない。だが赤いボタンから指が完全に離れたわけではない。レジ横の電話機の赤いランプが一度だけ点滅する。
通報したか。まだしていないか。
どちらでも、時間は長くない。
ドギョムは濡れたノートを拾い、ミゲルの通学かばんへ押し込む。教科書より、そこに挟まれた名前や数字のほうが危ない場合がある。ミゲルはかばんを胸へ抱える。
「立てるか」
「うん」
嘘だ。だがドギョムは訂正しない。少年に残っている意地まで奪う必要はない。
彼はミゲルの左脇をつかみ、立たせる。少年の膝は一度崩れ、二度目で持ちこたえる。右手は使わせない。ドギョムは外套の内ポケットから薄い布を取り出し、腫れた指を二本まとめて軽く固定する。治療ではない。走るまで壊れないようにするだけだ。
細身の男が目だけで睨む。首の太い男は壊れた肘を抱え、鼻から荒い息を漏らしている。二人の星形バッジは雨に濡れている。
ドギョムはバッジには触れない。
触れれば宣戦布告になる。触れなくても、もう十分に始まっている。
ミゲルが顔を上げる。
「おじさん」
ドギョムは路地側を見る。
「何者なの?」
問いは小さい。恐怖と、ほんの少しの期待が混じっている。救われた子供が、救った者に名前を求める声だ。
ドギョムは答えない。名前はこの町で残すものではない。残れば、誰かの手に渡る。
かわりに、彼はトランクの灯りを消す。車庫裏は完全な闇へ戻る。割れた街灯の笠から、雨だけが落ち続ける。
遠くで、別の無線ノイズが息を吹き返す。
最初はただの雑音だ。やがて店内のレジ横に置かれた受信機から、低い声が漏れる。
「東側スタンド、応答しろ。繰り返す。応答しろ」
縛られた二人の目が同時に見開かれる。ミゲルの体が硬くなる。声は続く。
「返事がない。もう一台回せ。センター案件を逃がすな」
ドギョムはミゲルの肩を押し、路地へ向ける。雨の向こうで、赤い回転灯が一度だけ濡れた壁を舐めた。
次の車が、もう角を曲がってくる。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
7話 雨路地に沈む少年の告白
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