彼はまだ目を開けない。
茶封筒の消えたロッカー室から、記憶はそのまま軍法廷の白い壁へ続いていく。キャンプ・ソラウドの仮設法廷は、使われなくなった会議棟の一室だった。窓には砂よけのフィルムが貼られ、空調は低く唸り、壁の星条旗だけが妙に新しい。
ドギョムは二度目の報告書を提出する。
一度目と同じ本文。同じ添付資料。同じ七件の移送記録。同じ人数のずれ。同じ燃料伝票、ゲートログ、病棟署名。違うのは、末尾の署名が一つ減っていることだけだった。
キース・メイソンの署名欄には、死亡確認済みという赤い押印が重なっている。
「捜査官ソ。これは再提出ですか」
法務官は眼鏡の奥から紙を見下ろす。声に怒りはない。怒りがないぶん、最初から結論が置かれている。
「同一案件の補足です」
「同一案件は、すでに証拠不十分として扱われています」
「証拠箱三つを提出しました」
ドギョムは言う。声は乾いている。喉の奥に砂が残っているようだった。
法務官は横の書記官へ視線を流す。書記官が別の薄いファイルを開く。
「証拠箱A、所在不明。証拠箱B、所在不明。証拠箱C、封印破損。開封時点の保全状態が確認できない」
「箱は憲兵隊証拠室へ入れました。受領署名があります」
「その受領署名も、保全状態を保証するものではありません」
「誰が箱を出した」
法務官の指が止まる。
その一拍で、室内の空気が変わる。傍聴席にいる士官二人が同時に視線を落とす。トラウコの現地運営管理者のために用意された証言台は、最後まで空いたままだった。白いシャツ、薄いサングラス、汚れない靴。その男の名前は召喚者一覧にある。だが出頭欄には、業務上の安全確保を理由に延期とだけ書かれている。
延期は、裁判が終わるまで解かれない。
「質問に答えてください。誰が証拠箱を出した」
「捜査官ソ」
別の将校が低く呼ぶ。
「ここは尋問の場ではない」
「ここは何の場ですか」
ドギョムは初めて顔を上げる。
「人間が七人、記録から消えた。報告書を書いた同僚が死んだ。証拠箱が消えた。証言台に立つべき民間業者は来ない。なら、ここは何を確認する場ですか」
法務官はしばらく黙る。それから、紙を一枚めくる。そこにはメイソンの死亡事故報告がある。裏門。夜間運転。新しい配属命令書受領後。民間業者車両との接触。単独運転ミス。
単独。
その単語が、机の上で小さく光っている。
「メイソン捜査官の件は、すでに交通事故として処理されています」
「配属命令は偽造です」
「それを示す証拠は」
「本人が前夜まで知らなかった」
「故人の認識について、あなたが代弁することはできません」
「監視カメラは点検中だった」
「点検記録があります」
「点検した業者はトラウコの下請けです」
「推測です」
ひとつずつ、言葉が切られていく。
ドギョムは、自分の報告書が破かれるところを見ているわけではない。紙は丁寧に閉じられ、番号を振られ、保管箱へ戻される。形だけは残る。だが中身は、別の紙で上から押さえられていく。
証拠不十分。
手続き逸脱。
命令系統の無視。
現地作戦への不適切介入。
民間契約業務への過剰な干渉。
その行の最後に、ソ・ドギョムの名が載る。
問題将校名簿。
メイソンの名前は、そこにもない。死者は責任を問われないのではない。責任を負う場所からも消される。残るのは、生きていて、異議を唱え、紙をもう一度出した者だけだった。
最後の陳述を求められたとき、ドギョムは立つ。膝は震えない。手も震えない。ただ、口の奥がひどく乾いている。
「トラウコは人数をずらした。日付をずらした。捕虜を移したのではなく、記録の隣へ逃がした。合計だけを見れば合う。名前を追えば消える。メイソンはそれを見つけた」
法務官は無表情で聞いている。
「証拠箱がなくなったのは、証拠が弱かったからじゃない。強かったからだ。管理者が証言台に立たないのは、関係がないからじゃない。立てば、誰の署名で車両が通ったかを答えなければならないからだ」
「捜査官ソ、発言を整理してください」
「整理はもうされている」
ドギョムは机の上の紙を見る。
自分の名が、赤い鉛筆で囲まれている。メイソンの名は事故報告の中へ押し込まれ、七人の名は移送表のずれの中へ沈められ、トラウコの男の名は延期欄に置かれている。
どの名前も、消しゴムでは消されない。
残したまま、意味だけが殺される。
「ここでは、人を殺すのに弾はいらないんだな」
室内の空気が凍る。
法務官はペンを置く。
「陳述は以上と記録します」
その一文で、ドギョムの名はさらに一枚、別の紙へ移される。
名誉除隊通知は、三週間後の明け方に届く。封筒は薄く、言葉は清潔だった。任務への貢献に感謝する。今後の人生に幸運を祈る。軍の名誉を損なう重大な処分ではない。だが配属先も任務も、彼が戻る机も、すでにどこにも残っていない。
その朝、ドギョムは部隊の郵便局へ行く。
鉄の仕切り窓の向こうで、担当下士官が仕分け棚を探す。Sの列。SOの列。SEOの列。薄い封筒、家族からの小包、銀行通知、車両税の書類。どれにも、自分の本名はない。
「転送先は」
「ない」
「なら、受け取るものもない」
担当下士官は悪意なく言い、仕切り窓を閉める。
ドギョムは窓の前でしばらく立っている。メイソン宛ての棚には、まだ一通だけ白い封筒が残っていた。差出人は読めない。上から死亡処理済みの赤い紙片が留められている。
届いた名前も、開かれないまま止まる。
外へ出ると、基地の朝は薄い灰色だった。裏門の血はすでに洗われ、トラックのタイヤ跡も砂で均されている。誰も振り返らない。報告書は閉じられ、事故は処理され、メイソンは単独運転ミスになり、トラウコの管理者は証言しないまま別の基地へ移った。
その日から、ドギョムはどんな領収書にも本名を残さなくなる。
モーテルでも、食堂でも、ガソリンスタンドでも。必要なら現金を置き、名前欄は空ける。誰かが書けと言えば、別の名を書く。自分の名は、紙に載った瞬間から誰かの手で別の意味にされる。なら、残さない。
残すのは、覚えていることだけだ。
メイソンの茶封筒。
黒いボールペンの歯形。
七件のずれた日付。
証言台に立たなかった男の空席。
そして、最後に自分の名が問題将校名簿へ移されるときの、紙の乾いた音。
雨水の音が戻る。
ドギョムは教会の地下室で目を開ける。五分は過ぎていない。ヘナがまだ起こす前だ。コンクリートの壇の上では、坑道図面と識別番号名簿が重なっている。分岐末端の青黒い座標。その横に並ぶ五桁の番号。死亡欄が空いたままの行。ジョアン。ミゲルの母。アルマが指でたどった空白。
ブラスヒルからは、キャンプ・ソラウドと同じ腐った匂いがした。
民間業者の名前だけが違う。トラウコではなく、リハビリセンター。移送車両ではなく、白いバンとブラスライン。捕虜番号ではなく、五桁の識別番号。事故報告には、メイソンの代わりにルーファスの名が入る。飲酒単独事故。単独運転ミス。紙の上では、死者はいつも一人で死ぬ。
ドギョムはゆっくり体を起こす。肋骨が短く鳴り、手首のガーゼから血が滲む。地下室の隅でミゲルが顔を上げ、アルマが名簿から指を離す。ヘナは何も聞かない。ただ、彼が目を開けたことだけを見る。
ドギョムはシャツの内側へ手を入れる。冷たい認識票をつかみ、胸元のさらに奥深くへ押し込む。金属は皮膚に当たり、古い名前の重さを返す。
彼の視線は坑道図面の一点、閉鎖採掘場の末端で止まる。
「生かしておく」
声は低く、地下室の水音の下へ沈む。
ヘナの指が止まる。グラディスのキーを叩く音も消える。
ドギョムは名簿の空白行を見下ろしたまま、もう一度言う。
「二度と動けないほど壊す」
その瞬間、換気口の古いラジオが短く鳴る。雑音の向こうで、保安官事務所の呼び出し符号が一つ、教会の周波数に混じる。
ラウクの声ではない。
だが、誰かがこの近くで、こちらを探している。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
63話 アルマの証言とD-3
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