夜明け前の暗さが、換気口の向こうにまだ残っている。ラウクの声が途切れても、地下室の受信機はざらついたまま鳴る。缶詰、電池、包帯。どれも彼らが隠れるために買ったものだ。撃ち合いの痕跡ではない。生き延びようとした跡だ。ラウクはそこへ鼻を寄せている。
「端末は後にするわ」
グラディスが外来受付端末から手を離す。長く郡サーバーへつなげば、逆に足跡を残す。ドギョムはうなずき、メモリーカードを指先で押さえる。
「送信予約を先に固定する」
ディナが雨合羽の内側から、古いノートパソコンを抱えて出す。食料品店の倉庫で眠っていた旧式のものだ。ヒンジはゆるく、筐体には郡病院の備品シールを剥がした跡が残る。ディナはそれをコンクリートの壇に置き、小型バッテリーへつなぐ。
「店主は、これも落とし物だって言ってた」
声は弱いが、手は迷わない。ヘナが毛布をもう一枚、発電機の周りへ押し込む。雨が強いうちにしか動かせない音だ。
ジョアンは毛布の上から体を起こす。ヘナが支えようとすると、彼女は首だけで断る。右手のガーゼには、爪を剥がされた跡から薄い血がにじみ、白い布の端を赤く濡らしている。左手の残った指も震えているが、目だけは画面から逸れない。
「私が開く」
「声で言え。俺が打つ」
ドギョムが言う。
ジョアンは短く息を吸い、首を振る。
「私の癖が入ってる。ミスったら、ロックする」
それ以上は言わない。ジョアンは膝の上に右手を固定し、左手だけをキーボードへ伸ばす。キーを押すたびに肩が小さく跳ねる。アルマは水を含ませた布を横へ置き、ミゲルは見ていられず、弁当箱の留め具を親指で押さえる。
画面は遅い。黒い起動画面のあと、古いメールソフトと送信用の小さな窓が立ち上がる。グラディスが眼鏡を掛け直し、メモリーカードを差し込む。小さな電子音が一度鳴る。
「識別コード」
白い欄が出る。
ジョアンは唇だけで言う。
「JR32」
J。R。3。2。
四つの文字が黒い点になって並び、古い機械の中で数秒止まる。誰も息をしない。やがて画面が切り替わり、表計算の一覧が開く。
五つの列が、一つの画面に並ぶ。
PRICE FOUNDATION。MARTON SUPPORT。CONWAY REFINANCE。RAUK OFF-BOOK。MALONE TRANSPORT。
英字の見出しの下に、同じ日付が並んでいる。三万二千ドル。三万二千ドル。三万二千ドル。名目は違う。施設備品費、後援金、借り換え手数料、非公式活動費、輸送精算。だが日付と金額が同じ行で噛み合い、五方向を回って元へ戻る。
グラディスが震える指で画面を追う。
「町長財団から判事の後援基金へ。そこから銀行関連の借り換え口座。ラウクの非公式資金に分かれて、最後にマローンの輸送精算へ……戻りがまた財団の設備費」
ディナが口元を押さえる。
「トミーの月もある」
「ある」
ジョアンの声は掠れている。
「みんなの月がある」
ドギョムは表の下を見ている。行が多すぎる。だが必要なのは、すべてを読むことではない。外へ出すことだ。
「宛先」
グラディスが別紙を出す。ドギョムが読み上げる前に、ジョアンはすでに入力欄へ指を置いている。
州警察汚職捜査課の受信用サーバー。ダラスの地方紙。ニューメキシコ州側の地方紙。メンフィス通信社の外信部。郡検察の公開受付アドレス。
一行追加するたび、グラディスが紙の上に鉛筆で印をつける。ミゲルは旧い短波受信機のつまみを少しだけ回し、保安官事務所の周波数を低く拾い続ける。ノイズの向こうで、誰かが領収書の束をめくっている気配がした。
ヘナが低く問う。
「送る時刻は」
「決行日の二十三時ちょうど」
ドギョムはコンベンションホール平面図の電気室を指で押さえる。
「俺が外部入力信号をつかむ時刻だ。会場の画面が切り替わる。その同じ秒に、こっちは外へ出る」
「回線が切られていたら」
「つながった瞬間に吐く」
グラディスが言う。
「待機、再試行、分割送信。古い方式だけど、今の監視には引っかかりにくい。大きなファイルじゃなく、表と画像を束にして順に送る」
ジョアンが小さくうなずく。彼女の指は止まらない。州警察の行、地方紙の行、通信社の行、郡検察の行。ひとつずつ、町の外へ穴を開けていく。
アルマは横で封筒ノートの写しを開き、パスワードをさらに二度書き写す。JR32。太く書かず、文章の内側に紛れ込ませる。一つは封筒の折り目の内側。もう一つは、外来受付記録のコピーの余白。ミゲルがそれを見て、何か言いかける。
アルマは先に言う。
「書く。あなたが忘れても、誰かが開けるように」
ミゲルは口を閉じる。折れた二本指を胸へ寄せるだけだ。
ジョアンが最後の宛先を入れる。郡検察のアドレスの末尾に、彼女の指が一文字余計に触れる。画面の中で、存在しない記号が増える。
誰も声を上げない。だが空気が硬くなる。送信先の一文字違いは、届かない証拠になる。届かなかった一通は、紙の町では最初からなかったことにされる。
ジョアンの手がそこで止まる。ガーゼの赤が濃くなる。痛みだけではない。自分のミスでまた誰かが消えるという恐怖が、肩から腕へ絡んでいる。
ドギョムは横から彼女の肩を短くつかむ。強くはない。揺れを止めるだけだ。
「消せ」
ジョアンは歯を食いしばる。左手の小指が削除キーを探し、外れる。二度目で押す。余計な記号が消える。三度息を吸い、もう一度末尾を打つ。
今度は正しい。
グラディスが紙を見比べる。
「合ってる」
ヘナが小さく息を吐く。ディナはトミーの名がある行から目を離せない。金額の列には夫の月があり、夫の名前はない。借金と更生命令と輸送の間を、同じ数字が何度も回っているだけだ。
ジョアンは送信設定の最後の枠へ進む。予約時刻。日付。二十三時。分。秒。
「十一時ちょうど」
ドギョムが言う。
「プライスの画面が切り替わる。記者のカメラが上を向く。州警察の随行が端末を開く。その瞬間に、同じ数字を外で受け取らせる」
「受け取った人が、無視したら」
ディナが問う。
ドギョムは表の五列を見る。町長、判事、銀行、保安官、カルテル。全員が同じ日付と同じ金額でつながっている。
「全員が同時に無視するには、外が広すぎる」
それだけで十分だった。
ジョアンは時刻を入れる。指がまた震えるが、今度は止まらない。二十三。ゼロ。ゼロ。確定。
画面の下に灰色の小さな枠が出る。
予約送出時刻:決行日 23:00:00
識別コード:JR32
待機状態:有効
コンクリートの壇の上の画面に、予約送出時刻が冷たく刻まれる。
地下室には雨音と、発電機の毛布越しの低い振動だけが残っていた。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
83話 赤い死亡欄への侵入者
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