退職金担保。
その四文字を読んだ瞬間、ジェユンは封筒を落としそうになった。父の給料から引かれている金は、翌月に戻る調整金ではない。まだ支払われていない未来の退職金を、会社の穴へ差し出させるための下準備だった。
ソンロクの呼吸は布団の向こうで深く続いていた。ジョンヒも疲れ切って眠っている。壁の時計は午前二時を少し過ぎていた。電気をつければ、父が起きる。暗すぎれば日付を読み違える。ジェユンは食卓のスタンドを手に取り、電球のほうを壁へ向けたまま床に寝かせた。弱い光が、封筒と明細の文字だけを浮かび上がらせた。
古い書類箱には、給与封筒だけでなく、父が捨てられずに残した勤務表の控えも入っていた。会長車両班の月間予定、臨時配車のメモ、食代精算の小票。普通の家庭なら紙くずに見えるものが、ジェユンには動線と金の痕に見えた。
彼は封筒を月ごとに並べ直した。日付の消えたものは、給油小票や夜間手当の数字で位置を決める。小学生の体には眠気が重くのしかかったが、前世の随行秘書としての手順が頭の中で淡々と動いた。紙は嘘をつく。だが、別々の紙が同じ嘘をつくには、必ずずれが出る。
最初のずれは三月の末にあった。福利基金先控除の額が急に二倍になっている。その日、勤務表のソンロクの欄には「城北洞別宅、夜間待機」とあった。正式な会長日程表には載らない動きだ。次は六月。控除額はさらに増え、明細の裏には社内振替の印字が入っていた。同じ週の配車メモには、テガン建設本館、チェ・ミンテ社長車随行補助、と鉛筆で書かれている。
父は建設の社員ではない。それでも建設本館へ行った日に、金だけが建設の管理チームへ抜けていた。
ジェユンは唇を閉じたまま、紙をもう一枚めくった。そこに父の名前だけなら、まだ家族の問題として閉じ込められたかもしれない。だが箱の底に折り込まれていた薄い一覧表には、運転手班長オ・マンシクの名前と、警備班長キム・チュンベの名前が並んでいた。どちらも赤鉛筆で丸をつけられ、横に小さく「先控除増額」と書かれている。
「……三人だけじゃない」
声に出たかどうか分からないほど、細い息だった。
オ・マンシク。待機室で豪快に笑っていた男。軽食店の会話の中で、退職金の心配を誰より先に口にしなかった男。心配していないのではない。班長として、先に震えを見せられなかったのだろう。
キム・チュンベ。下請け警備員の班長。父の車が本館地下を出入りするとき、守衛室の脇でいつも敬礼していた。テガン社員ですらない警備班長の名前が、会長車両班の書類箱に混ざっている。つまりこれは運転手だけの問題ではない。下請け警備員の退職金まで、同じ網に入れようとしていた。
ジェユンは日付を合わせた。ソンロクの控除が増えた日。オ・マンシクの欄に印がついた日。キム・チュンベの欄に小さな丸がついた日。三つの線は、ばらばらに見えて同じ二つの場所へ集まった。
城北洞別宅。
テガン建設本館。
城北洞ではハン・ドギョムとチャン・ムンシクが外貨の窓口について話し、テガン建設本館ではチェ・ミンテが東南アジア工事を担保に金を動かす。そこへ会長車の運転手、運転手班長、下請け警備班長の給与と退職金が、福利基金の名で吸い上げられている。
単なる賃金未払いではなかった。
銀行から見れば、運転手たちの退職金は小さな数字だ。テガン全体の借入額に比べれば、紙くずほどの担保にしかならない。だが違法な社内融資を回す側にとっては、別の価値がある。従業員と下請けが同意した形。福利基金が先に支払われたという形式。将来の退職金を確約したという書類。
それがあれば、テガン建設は短い期間だけでも資金の穴を隠せる。
前世のヒョヌは、危機対策室の奥で似た言葉を聞いたことがあった。内部資金の一時転用。福利勘定の調整。退職給付債務の先行処理。どれもきれいな言い換えだった。意味は一つ。弱い場所から先に抜く。
ジェユンは父の眠る布団を見た。ソンロクの手は布団の外へ出ていた。黒い油が爪の際に残っている。その手が、会長車のドアを開け、チャン・ムンシクの書類かばんを待ち、会社の命令なら黙って走った。父は自分の働いた金を奪われても、まだ会社を疑うことを恐れている。
この一枚を見せれば、父は目を覚ますかもしれない。同時に、父は会社の敵になる。
ジェユンは明細を一枚ずつ元の封筒へ戻し始めた。順番を間違えない。折り目を変えない。父が朝起きて箱を見ても、昨夜と同じに見えなければならない。自分が見つけたことを、まだ誰にも知られてはいけない。
最後に「退職金担保」と書かれた封筒を手に取った。戻そうとして、指が止まった。
封筒の内側に、さらに薄い紙の角が見えていた。古い明細の裏に貼りつくように、折りたたまれたコピー用紙が一枚、奥へ沈んでいる。湿気で張りついていたせいで、さっきは見えなかったのだ。
ジェユンは息を殺し、紙の端をつまんだ。力を入れすぎれば破れる。時間をかければ父が起きる。電球を壁へ向けたまま、彼はゆっくりと引き出した。
紙は四つ折りだった。開くと、上部に会社の書式らしい罫線があり、右上にはまだ印のない空欄があった。文字は薄いが読めた。
運転職福利基金先払い同意書。
ジェユンの心臓が一度、強く跳ねた。
先控除ではない。先払い。言葉を変えている。金を抜いたあとで、あたかも本人が将来の福利基金を先に受け取ることへ同意したように作る書類だ。下には細かい条項が並んでいた。退職時精算。会社指定口座への振替。異議申し立ての放棄。本人および家族は内容を確認したものとする。
家族。
その一語で、ジェユンの喉が渇いた。父一人ではなく、母と自分まで紙の中に入れようとしている。前世で何度も見たやり方だった。本人の同意を家族の沈黙で補強し、あとから争えない形にする。
彼は署名欄を見た。
空欄ではなかった。
黒いペンではない。正式な署名でもない。だが署名欄の横、細い補助線の上に、鉛筆で名前が薄く書かれていた。なぞればそのまま署名にできるような位置だった。
パク・ソンロク。
ジェユンの中で、眠気が完全に消えた。誰かが父の名前を先に書いている。父が自分で練習した字ではない。運転手たちへ配る前に、どこに誰の名前を入れるかを決め、署名させる順番まで作っている。
紙の下端に、小さなメモが挟まっていた。
説明会、十日午前。本館地下会議室。対象者、車両班および警備協力班長。
十日。
今日を入れて、あと三日しかなかった。
布団の中でソンロクが小さく寝返りを打った。ジェユンは反射的に同意書を胸へ抱え、光を遮った。父は起きなかった。だがその一瞬、彼には別の音が聞こえた気がした。
本館地下の会議室で、判子が紙に押される音。
ジェユンは同意書を見下ろした。これを戻せば、父は何も知らずに三日後の席へ座る。これを持ち出せば、父は今夜からテガンの敵になる。
彼はゆっくりと紙を折り直した。だが封筒の奥へ戻す前に、署名欄の薄い父の名をもう一度見た。
鉛筆の線は、まるで誰かが父の手首を先に押さえ、判子を待っているように見えた。
ジェユンはその場で決めた。
明日、もう一度本館へ行く。
そして今度は、父の弁当を届ける子どもの顔で、地下の配車表と説明会の本当の相手を見に行く。封筒を箱へ戻す彼の指は震えなかった。震える時間は、三日後に父の名前がインクで潰されてからでは遅すぎる。
財閥家の末息子ではなく、財閥家の運転手の息子に転生した
8話 空白の早朝が父を呼ぶ
次の話