ジヒョクの指が写真の端にかかる。
紙一枚を裂くような軽さで、テオの胸の奥まで引き裂こうとしている。その動きが見えた瞬間、椅子の脚が床を削った。ドンスの手が肩に食い込むより早く、テオは机を押して立ち上がる。
「返せ」
声は低すぎて、自分のものではないようだった。ジヒョクの笑みが深くなる。ミンギュの携帯電話がこちらへ向く。
「お、来た」
ジヒョクが写真をさらに高く掲げる。
「ほら、やってみろよ。今度こそちゃんと撮ってやるから」
テオの手が伸びる。写真ではなく、ジヒョクの腕へ。指先が袖をかすめたその時、教室の扉が乱暴に開いた。
「何をしている」
実習担当のチャン・ムンホが立っている。紺の作業服の胸には学校名の刺繍があり、分厚い手には工具管理表が挟まれていた。彼の視線は、最初から立ち上がっているテオだけに刺さる。
ドンスはすぐに手を離す。ミンギュは携帯電話を机の下へ隠す。ジヒョクは写真を素早くノートの下へ滑り込ませ、困ったような顔を作った。
「先生、ユンが急に」
「違います」
テオは言う。だが喉の奥が熱く、言葉が続かない。
チャン・ムンホはジヒョクの机を見ない。ノートの下に何があるかを確かめようともしない。テオの乱れた呼吸と倒れかけた椅子だけを見て、眉間に皺を寄せる。
「夜間だからといって、教室で暴れるな。実習評価に書くぞ」
「写真を奪われて——」
「言い訳は実習後に聞く」
聞くつもりのない声だった。テオは口を閉じるしかない。ノートの下から、ビニールケースの角がわずかに見えている。そこへ手を伸ばせば、今度こそ暴力事件になる。
「全員、実習室へ移動。遅れた者は欠席扱いだ」
チャン・ムンホの声で、生徒たちは椅子を引き、笑いをこらえながら立ち上がる。ジヒョクはすれ違いざま、テオの胸へ写真を押し返した。破れてはいない。だが端に油のついた指紋が残っている。
「助かったな」
耳元で囁き、ジヒョクは先に廊下へ出ていく。
テオは写真をビニールケースへ戻す。若いボクスンの笑顔が、曇ったフィルム越しにぼやけていた。胸ポケットへしまう手が震える。怒りを飲み込むたび、胃の底へ黒いものが沈んでいく。
その日の夜間実習は、旧棟一階の機械加工室で行われる。古いCNC制御盤が並ぶ部屋は、金属粉と切削油の匂いで息が重い。蛍光灯の下、赤い非常停止ボタンだけが妙にはっきり浮かぶ。
テオが水飲み場で顔を洗ってから向かうと、ジヒョクたちはもう実習室の中にいた。チャン・ムンホはまだ来ていない。工具棚の前でミンギュが見張りのように立ち、ドンスが大きな体で古いCNCの側面を隠している。
ジヒョクの手が制御盤の下へ潜るのが、一瞬だけ見えた。
「何してる」
テオが近づくと、ドンスが振り向く。
「お前の場所じゃねえよ」
「そこ、今日の班だろ」
「知るか」
ミンギュが笑いながら工具箱を閉める。金属の小さな音がした。安全ピンが床に落ちた音に似ていたが、すぐに誰かの靴がそれを踏み隠す。テオが眉をひそめると、ジヒョクは何食わぬ顔で背を伸ばした。
「怖い顔するなよ。また先生呼ぶぞ」
テオは言い返さない。作業台の上に置いたはずの自分の手袋を探す。片方がない。昨日階段で拾った手袋は鞄に入れた。だが実習用に置いていた予備の手袋が見当たらない。
「全員、持ち場につけ」
チャン・ムンホが入ってくる。薄い点呼と工具確認が続く。テオは手袋の片方を失くしたことを言おうとするが、チャン・ムンホの目は制御盤と管理表の間を行き来しているだけだった。
「ユン、遅い。C班、プログラム呼び出し。ジヒョク、補助につけ」
「はい」
ジヒョクは模範生のように返事をする。テオは唇を噛み、制御盤の前に立つ。古い機械の画面は緑がかっていて、数字の一部が焼けたように薄い。安全ピンの確認ランプが一瞬だけ点滅しているように見えた。
「先生、これ、確認した方が——」
「基本手順くらい覚えろ。倉庫で働いてるなら、機械の前でも口より手を動かせ」
生徒たちの間から小さな笑いが漏れる。テオは操作盤へ手を伸ばす。指先が冷えている。スタートボタンを押した瞬間、機械の内側から乾いた異音がした。
ぎぎ、と金属が噛む音。
次に赤い警告ランプが点滅し、画面にエラーコードが走る。回転していた主軸が途中で止まり、部屋中に耳障りなブザーが鳴り響いた。
「止めろ!」
チャン・ムンホが怒鳴る。テオは反射的に非常停止を押す。機械はさらに一度だけ震え、沈黙した。誰も息をしない。金属の焦げる匂いがゆっくり広がる。
「何を入れた」
チャン・ムンホが低く言う。
「何も」
「開けろ」
工具でカバーが外される。チャン・ムンホは機械の内側へ手を突っ込み、何かを引きずり出した。油で黒く汚れた作業手袋だった。指の部分が噛みちぎられ、布の繊維が歯車に絡んでいる。
それはテオの予備手袋だった。手首の内側に、黒い糸で小さく縫いつけた印がある。
ジヒョクが、わざとらしく息をのむ。
「ユンのじゃん」
「違う」
テオはすぐに言う。だが声はブザーの残響に押し潰される。
チャン・ムンホは手袋を高く掲げた。まるで最初から証拠を探していた人間の動きだった。
「安全確認もせず、自分の手袋を機械に挟んだのか」
「俺は入れてません。さっき、手袋がなくなってて」
「なくした手袋が機械の中から出てきた。十分だろ」
「ジヒョクたちが先にここに——」
言い切る前に、チャン・ムンホの目が鋭くなる。
「人のせいにするな」
その一言で、実習室の中の空気が決まった。誰も口を開かない。見ていた生徒はいる。ジヒョクの手が制御盤の下へ入ったのを、ドンスが機械を隠していたのを、ミンギュが工具箱を閉めた音を、何人も知っているはずだ。
だが誰もテオを見ない。
目が合いそうになると、みな顔を伏せる。自分には関係ない、そういう顔だった。夜間の生徒たちは、それぞれ推薦書や実習先や家の借金を抱えている。誰かのために声を出せば、次に自分の欄へ傷がつく。それを全員が知っている。
テオも知っている。だから余計に、喉が詰まる。
「明日、事故報告書を書く。修理業者にも連絡する」
チャン・ムンホは手袋を工具台へ投げる。
「ユン・テオ。お前は今日の実習を中止。教室で待機しろ」
「俺じゃありません」
「まだ言うか」
チャン・ムンホの声が低く沈む。
「問題を起こせば、現場実習の推薦も考え直す。分かっているな」
推薦。その言葉がまた縄になる。テオは拳を握る。反論したい言葉はある。見たこと、聞いたこと、なくなった手袋、さっきの安全ピンらしき音。だがどれも証拠にならない。証拠として掲げられているのは、油にまみれた自分の手袋だけだ。
実習室を出る時、背後でジヒョクが小さく笑った。
「機械も油くさかったんだろ」
ドンスが吹き出し、ミンギュが肩を震わせる。テオは振り返らない。振り返れば、また写真の時と同じ顔をする。そうなれば、彼らの勝ちになる。
一時間後、チャン・ムンホが教室に入ってくる。手には白い紙の束がある。生徒たちのざわめきが自然に小さくなる。
「設備会社から概算が来た」
紙を受け取ったのはジヒョクだった。なぜ彼が先に持っているのか、誰も問わない。ジヒョクは数枚を見て、楽しそうに口笛を吹く。
「けっこうするな」
そして、テオの机へ向かって歩いてくる。白い紙が空を切り、机の上に投げつけられた。修理費、出張費、制御盤点検、主軸部確認。数字が並び、合計額だけがやけに太く見える。
テオの一か月分の給料では足りない。二か月分でも足りない。薬代も家賃も食費も全部消しても、紙の上の数字は動かない。
ジヒョクは机に両手をつき、顔を近づける。
「まずは、ばあさんの家でも売ってみろよ」
教室の後ろで誰かが笑う。すぐに笑いは止まる。チャン・ムンホが聞こえなかったふりをしたからだ。
テオは紙を拾い上げる。指がかすかに震え、端が曲がる。修理費の下には、保護者確認欄と、担任確認欄が空白のまま印刷されていた。その空白が、明日には自分と祖母を縛る輪になるのだと分かる。
売る家などない。逃げ込める親戚もない。学校はジヒョクの声を聞き、教師は手袋だけを見る。倉庫を失えば薬は消え、ここに残れば修理費と暴力が増える。
初めて、はっきりとした言葉が頭の中に浮かぶ。
『逃げるしかない』
祖母を連れて、この街から。仕事も学校も推薦書も捨てて、誰も知らない場所へ行く。考えた瞬間、胸の奥に冷たい穴が開く。逃げれば生きられる保証などない。それでも、ここにいれば確実に潰される。
テオは修理費の見積書を折らずに鞄へ入れる。その紙の重みは、給料封筒よりずっと重かった。教室の蛍光灯がまた一度だけ瞬く。
暗くなった一瞬、テオの目には、黒い紙片のように濃い影が机の上を這ったように見えた。光が戻ると何もない。だが胸の奥で、逃げ道を探せという声だけが、さっきより低く、はっきり響いていた。
黒い蝋燭にいじめっ子の名前を刻んだ夜、俺は裏社会の鏡王になった
4話 握りつぶされた告発
次の話