俊瑞はその名から目を逸らさなかった。
医薬堂の卓に広げられた洛陽分舵の名簿は、薄い紙のくせに刃のような重さを持っていた。行方不明。赤い三文字が、宋礼の仮配よりも、柳建の痛みの記録よりも、ずっと大きく見える。小平が喉を鳴らし、郭進は戸口の柱を握った。白道允の顔には、これで外堂規定は終わるという硬い諦めが浮かびかけていた。
沈有剛は赤字から指を離さない。
「答えろ。基準に届かぬ者を、流河門はどこへやった」
俊瑞は一度だけ息を吸った。早すぎる問いではない。むしろ、ここまで来れば必ず出る問いだった。ただ、分舵の名簿がその形で来ることまで、誰かが整えていたように見えた。
「小平。医薬堂の棚ではない。外堂保管箱の三段目、灰色の布包みを」
「追跡帳簿か?」
「そうだ。俺は触らない。お前と郭進で開けろ」
小平は一瞬迷い、郭進と目を合わせて走った。沈有剛は止めなかった。白書河だけが、追跡帳簿、という字を紙の端に小さく書いた。
待つ間、医薬堂の中では誰も座らなかった。宋礼は自分の赤字が別の赤字に呑まれたように唇を結び、柳建は椅子の脚を両手で押さえていた。韓白林は沈黙していたが、その沈黙は庇うためではなく、逃げ道を断つためのものだった。
小平と郭進が戻った。灰色の布に包まれた薄い帳簿は、昇級表でも配置表でもない。表紙には、退門・移籍・外部修練確認、とだけ書かれていた。小平が布を外す手は震えていたが、頁を開く動作はいつもの手順通りだった。
俊瑞は卓に近づきすぎず、名簿の三人を順に指した。
「一人目、韓延。基礎歩法の基準に届かず、本人と家人の希望で蒼龍道場へ移りました。流河門の高級招式には入れなかったが、蒼龍道場では初段の歩法をやり直しています」
小平が該当の頁を開く。そこには蒼龍道場の受領印、再修練開始日、送った布靴二足、初月の負傷なしという短い返書の写しが挟まれていた。
白書河の筆が止まった。
「二人目、杜成。白水門です。剣隊では反応が遅く、組対練で倒れやすかった。だが白水門の静功と低段の水歩なら続けられると、向こうの師範が受けました。三か月後の返書では、まだ昇段なし。ですが、出席は途切れていません」
郭進が次の紙を押さえる。白水門の印は薄く、雨に濡れた跡があった。それでも、そこに名は残っていた。
沈有剛の目が、最後の赤字へ移る。
「では、この者は」
「崔民です」
俊瑞はその名だけ、少し間を置いて言った。記憶の中の崔民は、剣を持つと肩が上がり、対練のたびに目を閉じる青年だった。誰より遅く、誰より薬草の屑を丁寧に分けた。
「流河門の修練基準には、最後まで届きませんでした。本人は門派に残りたがった。ですが、剣を振るたびに息が乱れ、夜間警備では眠れなくなる。医薬堂で薬材の下処理をさせると、乾燥根と毒草の混入を三度見つけました」
小平が最後の頁を開いた。朱ではない、黒い細字が並んでいた。洛陽南市、姜医員の下、薬材下処理見習い。初回確認、二月後確認、半年後確認。さらに、乾燥芍薬の刻み、虫食い葉の除去、煎じ前の水洗い、という拙いが具体的な仕事の記録があった。
「行方不明ではありません」
俊瑞の声は強くなかった。だが、医薬堂の隅まで届いた。
「洛陽南市の姜医員の下にいます。門派の弟子ではなくなりましたが、薬材を扱って生きています。最後の確認は去年の冬。雪で山道が閉じる前に、南市へ行った補給組が受け取った返書です」
白道允が眉をひそめた。
「ならば、なぜ分舵の名簿では行方不明に」
「分舵へ出した更新書が、反映されていません」
俊瑞は追跡帳簿の奥から、折り畳まれた控えを出させた。小平が広げる。そこには流河門から洛陽分舵へ送った退門後確認の報告控えが三通あり、最も古いものは二年前の日付だった。受領印はある。だが、その横の分舵記載欄は空白のままだった。
白書河の顔が初めて硬くなった。
「分舵側が、何年も更新していない」
「少なくとも、この三人については」
俊瑞は言った。
「流河門の基準に届かない者はいます。剣隊に進めない者も、高級招式に入れない者もいる。だが、その名を消して終わりにはしていません。門を出た後、どこで何をしているかまで確認しています」
宋礼が自分の指を見下ろした。薬草で染まった爪の横に、剣だこより濃い仕事の跡がある。柳建は足の固定板を見て、かすかに息を吐いた。
沈有剛は追跡帳簿を閉じさせなかった。
「なぜそこまでする。門を去った者は、門派の責任外だ」
「責任外にした瞬間、次の弟子は怖がります」
俊瑞は答えた。
「基準に届かなければ消される。配置を変えられれば捨てられる。そう思えば、柳建は痛みを隠し、宋礼は医薬堂で役に立ったことを恥じます。門派が全員を同じ剣士にできないなら、できなかった事実と、その後の道を残すしかありません」
小平が鼻をすすり、慌てて袖で拭った。郭進は何も言わず、追跡帳簿の端を押さえていた。その手つきは、負傷者名簿を守った時と同じだった。
白書河はしばらく筆を動かさなかった。やがて、低く言った。
「完全を装う門派は珍しくありません。弟子が皆強くなったように書き、去った者の名を空欄にする。むしろ、それが普通です」
医薬堂の中で、誰も相槌を打たなかった。
「不完全さを記録する門派のほうが、はるかに珍しい。流河門は、弱さを隠すためではなく、弱さがどこへ行ったかまで記している」
韓白林の目がわずかに伏せられた。それは安堵ではなかった。門主として、流河門がそこまでしなければならなかった事実を受け止める顔だった。
だが沈有剛はうなずかなかった。彼は追跡帳簿、分舵名簿、医薬堂の赤字、小平の外部保管表を順に見た後、静かに視線を上げた。
「紙の上では筋が通る」
その一言で、緩みかけた空気が再び張った。
「だが、江湖の門派は紙だけで立つものではない。帳簿が人を消さぬことは分かった。次は、帳簿が実際に人を救えるかを見せろ」
俊瑞は眉を動かさなかった。
「どのような形で」
「監察対練を行う。個人勝負ではない。負傷者を抱え、目標地点まで守って運ぶ任務戦だ。流河門の配置表、回復帳、支援欄、危険報告が本当に働くなら、そこで証明できる」
趙傑が息を呑んだ。白道允が反射的に沈有剛を見た。医薬堂の弟子たちも、自分たちの帳簿が大殿の議論から練武場の衝突へ引き出されることを理解した。
白書河が問うた。
「相手役は」
沈有剛は、待っていたように答えた。
「洛陽分舵の武人を三人出す。流河門側は、普段の配置でよい。李俊瑞、お前は戦況板の前に立て。口で救えると言った者を、実際に救ってみせろ」
俊瑞は一礼した。断れば、追跡帳簿の証明は紙の中で終わる。受ければ、弟子たちは監察官の目の前で試される。
「承知しました」
その時、沈有剛の視線が椅子に座る柳建へ落ちた。
「負傷者役は、実際に回復途上の者がよい」
小平が一歩前へ出かけた。郭進の手も帳簿から離れた。だが沈有剛の言葉は、冷えた鉄のように医薬堂へ落ちた。
「柳建。明朝の監察対練で、お前を運ぶ」
剣気より業務マニュアル 下級武人になった大企業代理、帳簿一冊で長老を裁く
35話 任務戦に潜む禁じ手の罠
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