「点検なら、店を閉めてからです」
ヘナは声を低く保つ。カウンターの下、布巾の下に隠したノートの角が、まだわずかに浮いている。男は星形バッジを指で押さえ、厨房奥へ目をやる。ドギョムは棚の陰で、男の右手が腰へ落ちる距離を測る。
「今すぐだ」
「食品を扱っています。記録に残します」
ヘナがレジ横の古い電話へ手を伸ばした瞬間、厨房下の受信機が小さく鳴る。ラウクの声ではない。ざらついた若い男の声だ。
「……ケイレブ、聞こえてるか。お前、俺の名前を出したな」
ドギョムの目が一度だけ細くなる。冷凍倉庫の扉の前に立つ男も、受信機の音には気づかない。今、この店の奥で時間を稼いでいる間に、別の場所で証拠が生まれ始めている。
放課後の学校は、雨に濡れた靴の匂いと古い床ワックスの匂いが混ざっている。ミゲルは放送部の補習という紙を職員室の前で見せ、教師のうなずきを受ける。右手の指はまだ硬い。弁当箱を左腕に抱え、誰とも目を合わせずに廊下を進む。
放送室は校舎の二階、体育館へ続く渡り廊下の手前にある。ガラス窓の内側には、学校行事用のミキサー、マイク二本、古いカセットデッキが並ぶ。その片隅に、誰も使わなくなった短波受信機が二台置かれている。銀色のつまみは黒ずみ、周波数の目盛りには昔の放送部員が貼った小さなテープの跡が残っている。
ミゲルは鍵を内側から回し、まず窓のブラインドを半分だけ下ろす。全部下ろせば怪しまれる。半分なら、夕日の反射で中が見えにくくなるだけだ。ドギョムに言われたとおり、彼は送信機側のスイッチには触らない。録るだけ。受けるだけ。
弁当箱を開ける。底板の下にカセットが二本ある。一本には保安官事務所。もう一本には空白のラベル。ミゲルは鉛筆で空白に短く書く。
ケイレブ/ロビー/サム。
字は少し震える。彼は唇を噛み、消しゴムでこすらず、そのままデッキの横へ置く。震えた字も、自分が録った証拠の一部になる気がする。
ドギョムがくれた紙片を広げる。保安官事務所のチャンネル。次に、三人が使う新しい周波数。数字は短く、余白はない。必要なものだけが書かれている。あの男の声と同じだとミゲルは思う。
最初に一台目の短波受信機を保安官事務所の周波数へ合わせる。ノイズの奥で、短い事務的な報告が流れている。
「外郭道路、南側検問継続。カジノ裏道、異常なし」
ミゲルは保安官事務所のラベルを貼ったカセットを据え付けのデッキに入れ、録音ボタンを押す。赤いランプが点く。小さな光なのに、胸の中では警告灯のように大きく見える。
次に、もう一台の生徒用録音機を二台目の短波受信機へつなぐ。放送部の備品で、音楽発表会を録るための古い機械だ。ケーブルを差し込み、つまみを紙片の二つ目の数字へゆっくり合わせる。ザーという雨のような音の中へ、男の息が混じる。
「言っただろ、俺じゃない。キーを最後に持ってたのはサムだ」
ミゲルの手が止まりかける。録音ボタンを押す。赤いランプが点く。今度は間に合った。
一時間は長い。学校の外ではクラブ活動の声が少しずつ減り、体育館のボールの音もまばらになる。ミゲルは椅子に座らない。座ると立てなくなる気がする。放送机の前で立ったまま、二つの赤いランプと、廊下の細長い窓の反射を交互に見る。
三人の周波数では、声が何度も切り替わる。最初はロビーだった。
「ケイレブ、ふざけるな。お前のライターが俺のガレージにあった。俺を売るために置いたんだろ」
「俺のじゃない。サムがやった。あいつは昨日から黙ってる」
別の声が割り込む。低く、苛立ちを押さえきれていない。
「俺の家にはお前のラジオが埋まってた。誰がやったか言えよ。俺の子供が庭で見つけたんだぞ」
三人は互いに相手を犯人にするため、知っていることを次々に吐く。夜間便二号車。B-L-17。二十一番箱。キーの数。換気塔脇の積載場。カジノ駐車場北端で空になった荷台。どの言葉も、学校の薄い壁には似合わない。
ミゲルは息を浅くする。『録れ。聞くな。考えるな』と自分に言い聞かせる。だが、サムの声が家族のことを口にした瞬間、胸の奥が冷たくなる。カルテルの下っ端でも、家には子供がいる。その子供の庭にラジオを埋めたのはドギョムだ。必要だから。だが必要なことは、いつもきれいではない。
受信機の横で、保安官事務所のチャンネルが急に静かになる。次の瞬間、ラウクの声が入る。
「外郭のモーテルを洗え。サンセットだけじゃない。古い看板が残っている場所、営業していない場所もだ」
ミゲルはもう一方のカセットを見る。保安官事務所の録音デッキのテープは回っている。ラウクの声は淡々としている。
「監視カメラを回収しろ。受付、駐車場、外廊下。録画が残っていなければ、残っていない理由を書かせる」
別の代理が応じる。
「名簿は」
「一週間分。身分証なし、現金払い、名前を書いていない客を三行目まで優先しろ」
紙をめくる音がノイズに混じる。若い代理の声が一段近くなる。
「三行目、サンセット・モーター・イン。学校横の古いほうです」
ミゲルの喉が詰まる。サンセット・モーター・イン。ドギョムが最初に泊まった場所。七号室。老人が名前を見たくないと言った場所。学校の隣の、雨の日に生徒が近道として前を通る古いモーテル。
ラウクは間を置かない。
「そこから始めろ。受付の老人も連れてこい。客室前の泥跡、ドアノブ、外廊下のカメラ。全部だ」
ミゲルは止めようとして、停止ボタンではなく巻き戻しボタンに指を置く。カチリと硬い音が鳴る。彼は慌てて押し直すが、指が滑り、停止ボタンを二度押し、空振る。赤いランプはまだ点いている。息が荒くなる。
「止まれ、止まれ……」
小さく漏れた声は誰にも届かない。三度目でようやくボタンが沈み、保安官事務所のカセットが止まる。もう一台では、ロビーが叫んでいる。
「サムが箱を数えたんだ! 俺は荷台を閉めただけだ!」
「嘘つけ、二十一番を先に動かしたのはお前だろ!」
ミゲルはそちらのデッキも止める。今度は一度でボタンが沈む。放送室の中に、急に静けさが落ちる。カセットの中では声が残っている。だが外には何も聞こえない。彼は自分の心臓だけが校内放送のチャイムのように鳴っている気がする。
カセットを取り出す。指先が震えて、ケースの角を机にぶつける。割れてはいない。彼はラベルをもう一度押さえ、鉛筆で時刻を書く。保安官事務所。外郭モーテル。サンセット。カルテル三人。B-L-17。二十一番。
書き終えると、二本を弁当箱の底板の下に挟む。さらに昼に食べ残した薄いパンの包み紙を上に置き、普通の弁当に見えるように戻す。自分でも馬鹿みたいだと思う。だが、今この町では、馬鹿みたいな隠し方のほうが生き残ることがある。
廊下へ出る前に、ミゲルは放送室を見回す。マイクのスイッチは切れている。送信機にも触っていない。椅子の位置を戻し、ケーブルを元の穴へ差し替え、短波受信機の周波数を学校の気象放送のあたりへずらす。鍵をかける手が一瞬止まる。
『姉さんを出した男が、今度はあのモーテルから追われる』
考えが言葉になる前に、彼は鍵を回す。金属音が廊下へ小さく響く。
階段へ向かおうとして、ミゲルは足を止める。廊下の端、正門へ続くガラス戸の向こうに、カーキ色のシャツを着た保安官代理が一人立っている。星形バッジは光っていない。男は受付台の上の芳名帳を、急ぐでもなく、ゆっくりめくっている。
紙が一枚、また一枚と返る。その指が、放送部補習の欄で止まった。
ミゲルは弁当箱を胸へ押しつける。廊下の反対側には、体育館へ降りる古い階段がある。そこを使えば正門を通らず裏へ出られる。だが階段の下に誰がいるかは見えない。
代理の顔が少し上がる。
ミゲルは息を殺したまま、足音を立てずに反対側の階段へ向きを変える。最初の一段を下りたとき、正門側の無線機が短く鳴った。
「放送室、確認しろ」
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
37話 焦げたパンに隠す証拠
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