雨は細く、町の灯りを針のように切っている。
ドギョムはヘナズ・ダイナーの裏口を出ると、すぐには走らない。走る影は記憶に残る。濡れた路地を壁沿いに進み、遠いパトカーのエンジン音と、食堂の鎖が戻る音を背中で聞く。ダッフルバッグの重さが肩に食い込み、胸元の奥ではビニールに包んだ認識票が鳴らずに沈んでいる。
ミゲルの古いカセットが拾った無線の声は、まだ耳に残っている。
『解体屋へ向かう。到着まで十分。裏庭の土を撮れ。ルーファスを外へ出すな』
十分は短い。だがドギョムには、解体屋までの水たまり、廃フェンス、路肩の暗い切れ目が頭に入っている。表通りを避け、閉まった洗車場の裏を抜け、鉱山進入路の脇へ出る。RUFUS AUTO SALVAGEの半分消えた看板は、雨で黒く沈んでいる。
作業場のシャッターは半分だけ下りていた。中から古いカントリー局のラジオが流れている。音量はいつもより少し大きい。工具が金属を叩く音が混じり、営業中のふりをするにはちょうどいい。
ルーファスはカウンターの奥に立ち、油に汚れた手で伝票の束をめくっている。白髪まじりの顔は硬い。目だけが、入ってきたドギョムのブーツからバッグ、手の位置へ動く。
「遅い」
「まだ間に合う」
ドギョムは奥の小扉へ入る。ルーファスは文句を続けない。作業場のラジオをもう一段上げ、外から見える位置に壊れたキャブレターを置く。いつもどおり、客に車の部品を売る男の背中を作る。
裏庭は廃車の列とコンテナに囲まれ、雨を吸った土が暗く光っている。赤いフォードを動かした跡が、まだ柔らかい地面に残っている。太いタイヤ跡。その横、コンテナの影に近い場所に、ドギョムの軍用ブーツの深い跡が二つある。つま先が外を向き、沈み方が均一ではない。逃げた男の足跡ではない。荷を運び、周囲を測りながら動いた男の足跡だ。
ラウクなら読む。
「どれだ」
ルーファスが低く聞く。
ドギョムは指を差さない。差した先を人は見る。膝を折り、土の色だけを見ながら言う。
「コンテナ二列目。フォードの右後ろ。あとはフェンス側」
「よく覚えてるな」
「覚えないと残る」
ルーファスは短く鼻を鳴らし、作業小屋から古いポリタンクと破れた袋を持ってくる。ディーゼル油と、おがくず。ここでは火を使わない。燃やせば焦げ跡が証拠になる。臭いを重ね、土の粒を変え、上から別の重い線で潰す。
ドギョムは手袋をはめ、ディーゼルを少しずつ土へ垂らす。多すぎれば不自然だ。雨で流れたように、廃車の下から滲んだように、点ではなく薄い帯にする。そこへおがくずを握り込み、指で散らす。茶色い粉は濡れた土に貼りつき、軍用ブーツの縁を曖昧にする。
ルーファスはフェンス側の跡へしゃがむ。手つきは荒いが、無駄がない。十年分、怒鳴らず生きてきた男の動きだ。
「ここまで来たら、俺の名ももう書かれてるな」
「まだ鉛筆だ」
「消せるか」
「消す」
短い返事に、ルーファスは笑わない。ただ顎を一度引き、ポリタンクをドギョムへ渡す。
作業場の方からラジオの司会者が、雨と道路工事の話を明るく喋っている。その下で、ルーファスは古いエンジンオイルの缶を棚からわざと落とす。缶は地面でへこみ、黒い油が薄く広がる。
「悪いな、手が滑った」
誰もいない裏庭に向けた言い訳だ。ドギョムは返さない。鼻の奥に、ディーゼル、古いオイル、濡れた鉄、腐った木の粉が一気に入る。足跡の匂いは、その中に沈む。
次は線を殺す番だった。
赤いフォードの横に、車体の半分を失った廃トラックがある。エンジンはかからない。だが傾斜と二人の力で、後ろへ転がせる。ルーファスが運転席に乗り、ブレーキを外す。ドギョムは後輪の前に挟まった木片を蹴り出し、荷台のフレームを肩で押す。
鉄が低く鳴る。廃トラックは最初、動かない。次に雨でぬめった地面の上を、重い眠りから起こされたようにじりりと下がる。タイヤがディーゼルとおがくずを踏み、ブーツ跡の縁を押し潰す。土は裂け、軍用ブーツの形は廃タイヤの荒い模様の下へ消える。
「止めろ」
ドギョムが言う。
ルーファスはブレーキを踏む。廃トラックは一度揺れ、止まる。新しいタイヤ跡が一本、裏庭の中央を斜めに走っていた。自然ではない。だが解体屋では不自然すぎない。廃車が動き、油がこぼれ、土が乱れる場所だ。
ドギョムは最後の一点を見る。フェンスの脇、雨樋から水が落ちる場所に、浅いくぼみが残っている。そこへおがくずを足し、手の甲でならす。
その瞬間、未舗装路の端に光が浮いた。
一つ。続いて二つ。ヘッドライトが雨の幕を割り、解体屋の看板の下を白くなぞる。車体はまだ見えないが、エンジン音は保安官事務所のものだ。ルーファスの肩が少しだけ固まる。
「中へ戻れ」
「あんたは」
「見えない場所へ行く」
「見つかったら」
「話すな」
ルーファスは一拍だけドギョムを見る。怒りでも恐怖でもない。ここで引けば、もう自分の名前を自分で選べないとわかっている目だった。それから彼はポリタンクを作業小屋へ蹴り込み、両手に油をさらに塗りつける。カウンターの内側に立つための手だ。
ドギョムはコンテナの間へ身を低くして入る。雨水が背中を伝う。ダッフルバッグが金属に触れないよう、片手で抱える。隙間の奥は暗く、錆びたドアと古いボンネットが壁になっている。そこからなら裏庭の三分の二が見える。自分は見えない。
保安官代理二人が車を降りる。星形バッジがヘッドライトを返す。片方は懐中電灯を持ち、もう片方はカメラを下げている。ルーファスは作業場のシャッターを少し上げ、片手に汚れた布を持ったまま出る。
「閉める時間だ」
「まだラジオが鳴ってる」
代理の声は硬い。ルーファスは肩をすくめる。
「古いラジオでな。こいつは俺より残業好きだ」
「裏庭を見せろ」
「令状は」
「保安官の確認だ」
ルーファスはそこで押し返さない。押し返せば、彼らは押し破る。舌打ちだけを残し、横へ退く。手の油が布に黒く移る。
懐中電灯の白い円が裏庭をなぞる。廃車の腹、コンテナの角、こぼれたエンジンオイル、ディーゼルで濡れた土。光はドギョムのいる隙間の一歩手前まで来て、廃トラックの新しいタイヤ跡へ落ちる。
「これ、いつ動かした」
「さっきだ。部品取りのフレームをどかした」
「夜中に?」
「昼に客が来ないからな」
代理は返事をしない。膝を折り、タイヤ跡の端へライトを近づける。もう一人がカメラを構える。雨粒がレンズの前を白く落ちる。
ドギョムは動かない。呼吸も肩も止める。ラウクなら、部下の写真だけで土の深さを見る。タイヤ跡が新しいことも、油がわざと広げられたことも読む。だが読むには材料が要る。材料を減らすために、今ここに来た。
カメラのシャッター音が鳴る。
乾いた、小さな音だった。だが夜気を短く裂いた。ドギョムの指がコンテナの錆に触れたまま止まる。代理はタイヤ跡を二枚、オイル缶を一枚、フェンス側を一枚撮る。
「保安官に送れ」
「圏外です。戻ってから」
「ならカードごと渡す」
ルーファスは口を閉じている。油まみれの手を見せるように布で拭き、余計なことを言わない。ドギョムは影の奥で、その沈黙を聞く。人は嘘をつくとき喋る。今のルーファスは、まだ書類の上で殺されていない。
懐中電灯が最後にもう一度、裏庭の端をなぞる。ディーゼルで覆ったブーツ跡の横を通り、廃トラックのタイヤ跡へ戻り、そこで止まる。
代理の一人が少し首を傾けた。
ドギョムの視線も、同じ場所へ落ちる。
ディーゼル油を撒いた帯のすぐ外側、雨樋から落ちる水の届かない土の上に、濡れたままの足跡が一つ残っている。軍用ブーツではない。ルーファスの作業靴でも、代理の制式靴でもない。つま先の細い、古い払い下げの靴底。
さっき彼が見落とした足跡だった。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
42話 封鎖宣言と赤い無線灯
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